桜桃の憂鬱

あづま永尋

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13.コクハク




 奈智は目の前にある物体に眼を丸くして固まった。
 その横では、双子の弟が、うーわぁーと零しているも、そんなこっちゃどうでもいい。
「っか、川嶋さん、これは……?」
 意図が全く見えない。
 血の気を引きつつ、ジリジリと後ずさっていると金髪の彼は何てことの無いように言い放った。
「何って、天使。婚約指輪と婚約届けに決まってるだろ」
「……誰の?」
「俺と天使の」
 ……そっかぁ、天使って今まで時々呼ばれてた事もあったけど、それは他にも居て女の子の事だね。
 よかった。俺じゃなくって。
「奈智、現実とーひしてるみたいだけど、たぶんカワちゃんゆってるの、奈智のことだと思うよー」
「もちろんだ!!」
 ──オレハ、オトコノコデス!
 引き攣った顔で壁に背を預けている奈智を追い詰め、のっぽな男は怯えている左手を捕らえる。近づく光る輪っかに、奈智は泣きたくなった。
「ねぇー、それって給料何か月分ー?」
「何だ、天使の弟。文句あるのか?」
 ややのんびりした声音に、男は沙和を振り返る。
 ──お願い、沙和! 何でもいいから、文句つけて!!
「基本は、三か月分の給料じゃないのー?」
「三か月分なら、確実に億だぞ。天使が望むなら出なおしてくる」
「……」
 奈智の心の声はあまり届かなかった。
 もう、どこから突っ込みを入れればいいのかも解らない。
 半泣きになって、微かに首を振るだけだ。
「ねぇ、カワちゃん。もしも奈智と結婚するなら、多聴兄ぃがカワちゃんのおにーさんになるってこと?」
「そんな障害、愛で乗り越える!」
 ……左様でございますか。
 意気込むのは全く問題ないのだが、俺を巻き込まないで。
 奈智が望むのは、唯そこ、一点のみなのに、それが叶えられるのは何故か少ない。
 ──俺は、普通の日常を送りたいだけなのに……。
 遠くなる意識の向こうで、奈智はギラギラとする太陽を見上げた。



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