桜桃の憂鬱

あづま永尋

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16.侵蝕




 一枚、二枚、三枚……。
 かの有名な『播州皿屋敷』の如く、奈智は今まで自身に届けられた郵便物を重ねていた。ちなみに彼女が足りないと嘆いた数は疾うに越し、積み上げ続けてついに安定が取れなくなったその薄緑の塔は崩れた。
 行儀悪く机に突っ伏しつつ、それを眺めやる。
『僕の奈智。綺麗な体に傷作っちゃ、ダメだよ。僕のなんだから。僕の奈智。奈智奈智奈智奈智奈智奈智奈智奈智奈智』
 以下同文。
 同封されているのは、撮った覚えのない自分の写真。一度水物に濡れて乾いたような、変に曲がって固まっている。そして何枚かの顔を黒く塗りつぶされた、知人たちの写真。
 またか、との呆れと共に、写真だとしても知り合いの顔をこんなにされた憤り。自分だけならばいざ知らず。
 しかし──
「こんなに、想い続けられたのって、はじめてだなぁ……」
 憤りや不気味さを通り越し、感心してしまう。
 たぶん、自分には無理だ。
 はじめは冬。その季節にしては暖かな日。例によって防寒具を纏って公園で日向ぼっこをして、短い日照時間にため息をついて帰宅した時。
 自分の名前が書かれた差出人不明の郵便物。自分を遠くから見ています、という内容の物だった。何かの間違いか、イタズラかと思った。それからしばらくして、物がなくなることが頻発。学校だけならば、いじめを疑う事もできるが、自宅でも相次いだ。飲みかけのペットボトルからはじまり、箸やコップ、下着まで。
 切手と消印のない手紙が届くようになったのは、いつからだっただろうか?
 自宅での写真だけでなく、学校生活での写真も同封されるようになったのは、いつからだっただろうか?
 入浴中や着替えのときに視線を感じるようになったのは?
 夜道帰宅中に車に押し込められそうになったのは、もしやストーカーだった?
 だが、一時期落ち着いたのだ。
 変わらず手紙は送られてきていたが、写真は減った。
 あれは、春。
 ほとぼりが冷めたのかと思った。
 冬は暇で、進学するなり進級するなり仕事がはじまるなり、忙しくなったのかと。
 しかし、そうでなかったと気付かされた近頃。
 そういえば、あの頃は双子の弟の先輩に声を掛けられて知り合った時期だった。
「っなっちー! 絆されちゃ、ダメー!!」
「っわぁ!?」
 いきなり圧し掛かってきた物体に悲鳴を上げ、奈智は机と更に密接した。
「……痛いよ、沙和」
「だってー、なち、変なこと言ってるんだもーん! ……あれー? このにおいー、あまーい。……んーとぉ、前ダレか付けてたよねー? ダレだっけー?」
 ──さすがに、沙和も解ったのか。
「……気のせいだと……って! ドコ触ってるのっ!? ちょ、は、離して! 沙和!」
 自分を組み伏せている双子の弟の手が、己の服を掻い潜って弄るのは、素肌。
 胸元を這う手に、まさか、と否定する頭も真っ白になって使えない。
「ヤダってばっ! っこんなこと! 多聴兄とにしなよっ!」
 とばっちりは、ごめん被る。
 何が悲しくて、明らかに問題になることを進んでやるか。
「なーち。知ってた? オレもオトコなんだよー?」
 低く、囁かれた。
 ──そんなもん、昔っから、知ってる!!
「っ沙和!!」
 手首を掴んで阻止しようとするも力は強く、逆に顎を上げさせられて非難を塞がれる。
 探られる口腔内に全身に鳥肌を立て、送り込まれる唾液に涙を零した。
 自分とそれほど変わらない眼が、己を射抜く。
 細められる視線を、奈智は瞼を閉じることで遮った。
「──っぅ……」
「……あーあ、そんなにあからさまだと、オレでも傷つくー」
 震える奈智の目尻にちいさな口付けをして、沙和は身体を離した。
「まぁ、でも、これで少しは解ったー? だぁーれかさんとする時と、はんのー違うんじゃないー?」
 あまりのことにぐったりしている奈智を眺めて、双子の弟は企みが成功した子供のように微笑んだ。
「……っぁ、」
 首筋に走る痛みに身を竦ませる。
「お前ら、ナニしてる」
「あっれー? 見つかっちゃったー?」
 悪気無さそうにケロッとする沙和の背後から放たれる、どす黒いオーラに気付いたが、今の奈智には逃げる術も気力も体力も無い。
「……多聴、にぃ……」
「お前は自分の身くらい、護れるようにしろ」
 問題は、ソコですか?
 お兄様。襲った方よりも、襲われた方が悪いのですか?
 断固として、自分は悪くない。だが、自分を無表情に見下す長兄に進言できるはずもない。
「沙和もこんなのに欲情するな」
 コンナノ……。
 俺の人権はどこに行方を眩ませた?
「えー……オレも男の子だし、突っ込む方もきょーみあるのにー」
「……」
 さも残念そうにする弟に、奈智は脱力する元気も無い。
 別に自分でなくとも、他の男の人でも女の人でもいいはずだ。
 ──ナゼ、自分なのか?
「そんなことか」
「えっ? 多聴兄ぃ、ヤらせてくれんのー?」
 わーいと両手を上げる沙和にその恋人は不穏な笑顔を作った。
「いいモノがある」
 どっか、違う場所で、俺の知らない所で、会話して……。
 そのすぐ後、隣の部屋から漏れ出た嬌声に、ついに奈智は力尽きた。


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