伏魔殿の静寂

あづま永尋

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日常化しつつある非日常

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 幼馴染の手伝いをするようになっても、晃心の起床時間は変わらない。ただ、場所が変わるだけで。
「……朝?」
 朝日と鳥のさえずりで目を覚ましながら、下に敷いてしまっていた書類に汚れやしわがないか無意識にチェックする。記憶にある最後の書類にはミミズののたくったような字が書かれていたが、消せるので良しとする。そういえば、備え付けのベッドで休んだのは一体いつだったか。
 凝り固まった身体を伸ばしながら机を後にして、向かう先はバスルーム。この時間部活持ちの同室者はすでに朝練に行っているはずなので、音を気にせずに浴びる事ができる。
 頭をスッキリさせた所で、部屋の端に積み上げてあるゼリー飲料と適当な栄養補助カプセルを口に放り込みながら濡れた髪を乾かす。同時に処理しなければならない書類を思い起こして羅列しながら、本日の計画を組み立てていく。
 ……どうやり繰りしても、やっぱり今日も用務員の鈴木さん夫妻とお茶できない。
 弾き出した答えに知らず溜め息が漏れる。
 なぜか緩くなりベルトを一段階きつくしたスラックスと、手首の辺りが以前よりも余るワイシャツの理由に気付かなかった振りをして、暖かくなってきた気候にブレザーの不要を知らされる。ここの学園は今後スーツの着用も考えてか、ホックやボタンで留めるタイプではなく普通のネクタイだ。慣れてきた晃心の学年はまだしも、新入生たちのソレは見るも無残な姿となっているのは通例。
 学生カバンの大半に生徒会の書類を詰め込んで、主食のゼリー飲料も一応放り込む。教材は学校の自分のロッカーに置いてあるので不要。持ち帰ってもどちらにしろ予習復習をする余裕はないので重いだけで意味はない。
 文書は役員ごとにファイルを変えてまとめて取り出しやすくしてある。その横で存在感を発揮している、分厚いリコール署名。いつぞや不法侵入した委員長サマは、晃心の眠りこけていた机へ重箱と共にわざわざ置いていった。本当に何をしたかったのだ、あの男。
 登校は徒歩で。同じ敷地内にあるのに、なぜ十五分も掛かるのか。
「隊長、おはようございます」
「おはよう。髪型変えたんだね、似合うよ」
「ッえ!? 解りますか?」
 内心無駄に広大な土地を恨みつつ、笑顔を振りまいて隊内外の子たちやクラスメイトとあいさつを交わす。人との会話って何てステキなんだ。あぁ、癒される。
 下駄箱に入っていた手紙たちは後で目を通すとして本日の授業の教科書やノートを揃えていれば、スリッパを鳴らしながら白衣をはためかせた無精ひげの担任の登場。
「SHRだ席つけ」



 昼休みを挟んで授業もつつがなく終わり、人がまばらになった教室で晃心は授業中に進めた書類を束ねる。
「あと半分。間に合うかな?」
 首を傾げつつ、間に合うかではなく間に合わせるのだと自分に言い聞かせる。
「あれ? 部活いいの?」
木谷きたにくん……」
 この時期は植え付けだの何だのと忙しくしているはずの家庭菜園部のクラスメイトがなぜか残っていて、声を掛ければ振り返った表情にギョッとする。
「あの──」
 突然抱きついて泣き出してしまった彼の好きなようにさせつつ、その震えている背を撫でてやる。今日はいつも以上に生徒会室に行くのは遅くなりそうだと、早々に諦める。
「……ご、ごめ」
「何もしてないよ。君もボクもね」
 しゃくり上げ謝罪を口にしながら、眼を擦る指をいさめてハンカチを差し出す。上質な布ではなく極普通のありふれた物で申し訳ないが、指や掌よりはマシなはず。
「……この、この前ね、植えた野菜たちが、ッふぇっ」
 話して思い出したのか、再び涙を溜めて歪めた顔。
「我慢しなくていいよ。泣きたい時に泣くのが一番」
 野菜に何があったのかは不明だが、晃心が言えるのはそれだけだ。涙を堪えるのはあまり良くない。吐き出してしまうのが、心身ともに楽になれる一番の秘訣だと考えている。
 学園の端に存在する家庭菜園というには規模のデカイ、これまた広大で本格的な農地を思い起こす。近頃自然災害が起きたとは聞いていないので、虫にでも食われたのだろうか。それとも苗が根付かず枯れたとか。しかし、植物好きな彼は高等部に上がる前から携わっているはずなので、今さらといえば今さらだ。それとも経験を上回るほどの大損害だったのか。
「やさ、植物たちは、なんにもして、なぃ……のに、」
 とつとつと語られる話をまとめると、どうやら人為的に畑を荒らされたらしい。週末申請すれば街に行けるが、もともと豪華な箱庭に放り込まれた力有り余っている生徒たちの住む学園である。今までもある程度イタズラはあったが、今回は畑のみならず農具を収納していた小屋まで破壊され夏の収穫は絶望的であるとのこと。
「そっか。野菜たちもこんなに想われて、うれしいと思うよ」
「……っふぅっ、ぃたに、くん……」
 新たに種を苗を農具を小屋を買えば、見てくれは元に戻るだろう。
 悲しいね、悔しいね、またやろうよ。第三者が言葉で、上っ面で、取り繕うのは簡単だ。厳しいかもしれないが、これから心の折り合いをつけるのは彼らだ。作物を作るにしても、やめるにしても、他の選択があるにしても。
「ボクは家庭菜園部が作ってくれる、学祭で出展してる野菜も後夜祭で食べる焼き芋も、味が濃くて好きだよ。暑い夏に朝早くから水掛けしたり、冬に備えてわらを敷いたり、ビニール掛けたり、大切に育てるんだろうなって思うよ」
 負けないで欲しいというのは、勝手なエゴだろう。
 泣き寝入りをしろとは言わない。
 いつの間にか他に誰も居なくなった教室で、声を上げて泣きはじめた心やさしいクラスメイトの背を擦りながら晃心は人知れず復讐を誓った。



 普段は校舎内を巡りながら、目安箱の中身をコッソリと確認するのだが──秘密裏に投書を確認する理由は、何てことない晃心が生徒会役員でないからだ──本日は予定が変わったため、そのままクラスのある棟とは別棟の生徒会室へ赴く。一日くらい見なくても問題はないだろう。それでなくとも、生徒会が機能しなくなった時に少なくとも半月は放置されていたのだから。これまたコッソリと監視カメラと親衛隊の死角を縫って生徒会室に辿り着き一息つく。居ないはずの存在というのは大変肩身が狭い。
 注意深く中の様子を探りながら扉を開けば声を掛けられる。
「おつかれ。もうそんな時間か」
「そっちこそ、おつかれ」
 伸びをして時計を見上げる幼馴染が。役員に与えられる授業免除を最大限に使って、部屋に缶詰となっていれば時間の感覚もアヤフヤになるだろう。今日はまだ榛葉しんばは来ていないらしい。
「何か淹れる?」
「ん? いいよ。サンキュ」
「じゃあ、コレあげる」
 カバンに入ったままのゼリー飲料を投げれば、呆れた顔をされる。
「飲むなとは言わないけど、食事もしろよ」
 誰も彼も同じことを言う。
 適当に返事をした晃心はパイプ椅子を引き寄せて、仕事の山に向かった。



 寮が敷地内にあるとはいえ、学園は24時間営業ではない。ある一定の時間になれば教師たちも職場から帰るし、いくら生徒の自主性に任せているとはいえ帰宅を促される。副会長の大倉おおくらと顧問での押し問答の末、決めた時間に仕方なく生徒会室を後にする。
「夜になると冷えるな」
 郊外に立地するためか近くに大きな照明がないためか、満天の星を拝める。大倉と榛葉が先を歩く暗闇の中、物音を拾って晃心は警戒心を強めた。
「木谷センパイ」
「……どちらさま?」
 口ぶりからしてどうやら後輩らしいが、見上げた先の顔に覚えはない。
「手紙の──」
「手紙……あ、」
 まだ読んでなかった。たぶん朝クツ箱に入れられた物だろう。まさか日の変わる少し手前のこの時間までずっと待っていたのか、この男。
「お付き合いしていただけますかッ?!」
「え、えっと……」
 どうしよう。
 すっぽかした訳ではないが後回しにしていた手前、大変断り辛い。
「どうした晃心?」
 イヤな汗をかいていれば、いつの間にか背後に居た幼馴染によって肩に手を回され引き寄せられる。わざとらしく耳元で囁かれる声は通常よりも低め。
「……やっぱり、副会長と付き合ってるんですね……でも、あきらめません。」
 やっぱりって何だ。
 勝手に納得したらしい彼はどこかに行ってしまった。
「お前も大変だな」
「……そっちもね。」
 たぶん本人無自覚なのだろうが、目を見開いて固まっている榛葉を示せば一転大倉は大慌てで彼に走り寄る。ましいことなどないと一生懸命の説明を聞きながら、こうして噂は一人歩きするのだろうと納得する。
 自室に帰宅した晃心は冷蔵庫から冷えた野菜ジュースを取り出して、行儀悪く口に銜えながら書類とにらめっこする。学園で処理できなかった分、且つ生徒会室に限定されない文書を持ち帰って片づけるのがここの所の通常となっている。それでなければ期限に間に合わない。
「……そういえば」
 プリントに示された電話番号を見ながら、スマートホンの充電が残り少ないと見たのは確か三日くらい前だったはずと思い出す。案の定、電源が落ちている気の毒な携帯を充電しはじめれば、けたましく震える。もうバイブだったかメロディだったかも忘れていた。
「は──」
『何かあったのかッ!!』
 プツ。
 耳をつんざく大声に反射的に通話を切る。
 震え続けるスマホをベッドに放り、更に掛布を掛けて存在を隠す。この時間はすでに同室者は就寝している。彼の生活に影響が出たらどうしてくれる。しかも家主を差し置いてベッドを占領する機器に傍迷惑な苛立ちを覚える。寝不足なせいであるはず。
「……」
『……ひどい。切らなくってもいいじゃないか』
 しばらく経ってほとぼりが冷めた頃、晃心は仕方なく携帯を拾い上げた。
 いじける父を適当にいなしながら、冷めた息子の視線は書類から外れない。
『ひとり息子の声を聞きたいと思う、この親心解ってくれないの?』
「はいはい」
 嫌いではないのだが、なんせ面倒臭い。
 晃心と同い年の子を持つ親から見れば年若い彼は、どちらかといえば父というよりも兄としての認識の方が強い。たぶん自身もそんな感じだろう。そのためかバイタリティー溢れ世界中を渡り歩いて、時々電話を寄越す。今ドコの国に居るのかすらも晃心は知らない。
『じゃあね、しっかり睡眠と食事取ってね』
 本当にみんな同じことを言う。
 あくびで潤んだ眼を擦りながら、晃心は東の空が白み力尽きるまで机に向かった。


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