薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

月乃宮 夜見

文字の大きさ
26 / 200
一年目

26:冬の始まり。

しおりを挟む
 この国の冬は、酷く寒い。特に北の、墓地群のある方向は酷く荒れた地で乾いた風が強く吹き込む。
 魔術アカデミーがある王都は国の中央部だが、数日後には雪がちらつき始めるだろう。

「んー、寒いね」

「まあ、冬だものね」
「早く教室に行こうよ」

 アザレアはいつものように友人A、友人Bと共に教室を移動している所だった。常緑樹以外の植物はほとんど葉を落としアカデミー生達も厚着をしており、すっかり冬の景色となった。
 魔術アカデミー自体は石造りの建物であるものの、アカデミー内は空調に関する特殊な魔術のお陰であまり寒い思いはしない。

「次、何の授業だっけ」

「えぇっと、確か……」

友人Bと友人Aの会話を聞き流しながら、アザレアは外の景色に目を向けていた。
 冬になると山や森で手に入る薬草の種類が減ってしまう。おまけに、入山などの規制が行われる場所も出る。

「……(早く採りに行かなきゃなぁ)」

自室にある薬草のストック達を思い出し、はぁ、と、悩まし気に溜息を吐いたのだった。

×

 虚霊祭が終わると、冬季休暇前のテストに向けて大体のアカデミー生達は勉強を始める。

ちゃんと法律も取りなさいよ」
「相手の人、宮廷の人なんでしょ? 折角だから教えて貰えばいいのに」

と、前回全く取れていなかった教科に絡めて友人Aと友人Bがアザレアをからかう。学芸祭でのアザレアと相性結婚の相手の様子に何か思うことがあったのか、『向こうが来ないならこっちから押せ』のようなことを二人共に推奨してくるのだった。

「……法律はなんとかするよ」

自力で。と内心でアザレアは呟く。
 早朝に出くわしたあの日から、なんだか彼に顔を合わせにくくなった。
 姿を見かけるとさりげなくその近くを通らないルートで移動するし、なんなら声が聞こえただけで声の聞こえない方に向けて移動したり物陰に姿を隠したりする。
 どうしてもそばを通らなければならない時は、無関心を装い、でも不自然にならないようにを心がけて自然な様子で通り過ぎた。
 別に仲違なかたがいをしたわけではない。そもそも、仲違いするほども会話をしていないのだから。
 ただ、彼の姿を見ると落ち着かないのだ。なんだか身体の内側がそわそわして、逃げ出したくなる。

「(なんで気まずいんだろ)」

 そんな、自身でもよくわかっていないこの心境と状況にアザレアは首を傾げる。あんまり悪い感覚ではないのだけれど。

 と、

「……」

誰かの視線を感じた。じっとりと、自身を観察しているかのような視線だ。学芸祭前から感じていた、身元不明のその視線はすぐに消えるものの、最近は毎日のように見られている。
 周囲を探っても、怪しい気配はない。今のところ害はなくとも、やはり気になるものだ。

「どうしたの?」
「最近なんだかぼんやりしてるよね」

友人Aと友人Bのいぶかしむ様子にはっと意識を戻し、

「ほら、最近寒いからさ! ちょっとぼんやりしちゃうよね」

そう、明るく返した。

×

 テストが終わると、その結果が廊下に張り出される。

「まあ、毎度ながら一位おめでとう」
「今回は法律も取れたっぽいね。10点上がったくらいだけど」

「まあね。これでも頑張ったんだよ」

アザレアが得意そうにえっへん、と胸を張ると友人Aと友人Bに頭を撫でられた。
 テストの前に、法律の内容が分からなすぎてフォラクスに聞いてみようかと一瞬血迷ったことが頭によぎったが、アザレアは自力で復習と暗記を行い、前回よりも多少点が取れるようにしたのだった。……代わりに、一般常識の点数をやや落としてしまったのだけれど。
 そして、

「あ、やっぱりいた」

前回のテストで6位だった、薬術コースの女子の名前を見つけた。前回と全く同じの、6位の順位だ。

「何がいたの?」

と聞きながら、友人Aはアザレアの視線の先を見る。

「ほら。大体いつも貴族コースの人達が上位埋めてるけどさ」

「あぁ、その子ね」

と、友人Aは合点が言ったように頷く。

「転入生なのに貴族コース押さえてかなり上位に食い込むって凄いわよね」

「え、転入生の子なの?」

目を見開くアザレアに、友人Aと友人Bは呆れた。

「あなたまだ転入生達の名前覚えてなかったの?」
「その様子だと、他のクラスメイトも覚えてなさそうだね」

実際、他のクラスメイトの顔もほとんど覚えていない。

「この子、前も6位だったんだよ。すごいよね」

「……」
「それあなたが言う?」

×

「……あれ? ないな」

「え、また?」

 アザレアの困った様子に、友人Aも困ったように聞き返した。
 テストが終わってからというもの、なんだか無くし物が増えた。それは筆箱や提出したノート、実験道具などの、無くすと少し困るものだ。
 その無くし物は少し離れた場所で見つかるだとか、落とし物を保管してくれる事務室に問い合わせればすぐに見つかる程度の、なんとなく軽いものだった。
 頻度は毎日ではないし、気のせいだろうとアザレアは無視をしていた。
 今回見当たらなくなったものは、提出したノートだった。
 ノートは明日の薬学の実験で使う上に、過去の薬学の記録なども書き込まれているものなので、無くなると厄介なものだ。

「先にご飯食べといでよ。わたしのことはいいからさ」

今は2限目の授業が終わったところで、アザレア自身と友人A以外誰もいない、空っぽの教室に居た。

「……でも」

「いいよ。どうせ落とし物のところにでもあるから」

そう言い、アザレアは友人Aを送り出す。

「んー、仕方ないなぁ」

 事務室に連絡でもするかと、誰もいなくなった教室を見回し、教室の後方にあるゴミ箱に目が向いた。
 そっと近付き、中を覗くと

「……」

ノートが、ゴミ箱の中に捨てられていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...