薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

月乃宮 夜見

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二年目

76:兆候

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 温かい紅茶を飲みながら、アザレアはフォラクスが菓子を食べている様子を眺める。

「……の様に。わたくしを眺めて居ても詰まらないかと思いますが」

「んー、なんか」

 手を止め目線を向けるフォラクスに、アザレアは首を傾げた。

「歯、とがってる?」

普段の彼はあまり口を開けて喋らないし、食事の際も同様に口を大きく開けない。
 ただ、今回は菓子を口に入れる時に偶然見えたのだ。人間のようで肉食獣のような、異常に尖った歯牙達が。

「…………そうですね」

ゆったりと目を閉じ頷き、同意した彼は

「……ですが、人の口内を許可無く観察なさるのは如何いかがな御趣味かと」

口元を隠し薄く微笑んだ。

「……ごめんなさい」

 その言葉に含まれた、鈍感なアザレアが気付くほどに明確な拒絶に、彼女は一瞬怯む。

「いいえ。……貴女は、如何どう思われましたか」

 口元を隠し微笑んだままで、フォラクスは彼女を見た。

「ただ『とがってるなぁ』としか思わなかったけど」

他に何があるのだろうか、とアザレアは思考を巡らせる。本当に『尖った歯が珍しい』と少し思った程度だった。他に何を思うというのだろう。

「……ふふ。然様ですか」

「なに?」

 心底不思議そうな彼女の様子を、フォラクスは静かに、息を溢すようにして笑った。

「何も。れには複雑な理由が有りまして……ですが、」

笑いをゆっくりと止めた。

「……あまり、お気になさらず」

「うん」

 無表情のようでいて寂寞せきばくが滲んだ表情で静かに彼は告げる。何かに触れられそうだったのに逃げられたような心地になった。
 なんか面倒な人だな、と思いながら視線を動かし、

「(……あ)」

いつのまにか空っぽになっていたお菓子の箱を見つける。

「(全部、食べてくれたんだ)」

 その事実が、アザレアの心をじんわりと温かくさせた。口内を見た事は拒絶されたけれども、アザレアが与えた菓子については嫌な顔も残す事もせず、全てを受け取ってくれたのだ。

 その事実を嬉しく思ったところで、

「……(そういえば去年、その3から焼いたお菓子もらってたけど返してないなぁ)」

と、ふと思い出した。

×

 空になった箱を持ち、フォラクスは立ち上がる。

「……さて。私はそろそろ仕事へ向かわなければいけませんのでおいとま……と言う言葉は可笑しいですね」

口元に手をり少し沈黙した後、

「…………まあ。貴女は札で魔術アカデミーの寮へ戻られると良いでしょう」

と、アザレアへ帰宅を促した。言葉を探そうとしたが、途中で止めたようだ。

「書庫で読書……等をして頂いても構いやしませぬが」

 フォラクスは、ちら、と彼女に視線を向けて新しい提案をする。

「……いても良いの?」

アザレアは、すっかり『仕事に行くから帰れ』と遠回しに言われるかと思っていた。どう言った心変わりだろうと思うが、心当たりは無いので推察はできない。

「はい。の屋敷は『相性結婚の付属品』ですので、私と貴女が婚約している間くらいは問題は無いかと」

「ふーん。でも帰るよ。だって一応、『他人ひとの家』だもん」

 彼の言葉に、なんて事もない、ただの義務感での提案なのかと察する。それを少しつまらなく感じてしまった。

「そうですか」

「うん。用事も思い出したし」

 お菓子のお返しを用意しないと、とアザレアは頭の隅っこで思う。

「……用事、ですか」

「ん。こっちの話だから気にしないで」

「然様で」

「じゃあ、先に帰る」

「はい。お気を付けて下さいまし。……私の作った札なので、事故等起こる訳も無いのですが」

「ばいばーい」

 本当に何も気にしていないらしい。引き留めるつもりもないらしい。
 いつもの冷ややかで味気のない返答が、相手の何もかもを気にしていない態度が少しだけ、寂しい。
 そう、惜しむ気持ちが確かに有った。

×

 次の日、魔術アカデミーでアザレアはその3に去年の『愛の日』でもらった菓子のお返しができなかったことを謝った。用意ができたら返したいとも。
 その3は

「別に返さなくて良いのに」

と笑っていたが、やはり気になるのだと伝える。すると、

「……じゃあ。何か……例えば、腕輪があったら欲しいんだけど」

そう、はにかみながら提案した。

「……腕輪?」

 唐突な単語にアザレアは首を傾げる。

「うん。なにか持ってない?」

 聞かれた瞬間に、なぜか枕元に置いてあった古い腕腕のことを思い出した。……確か、今日は偶然にも鞄の中に入れていたのだった。

「どんなの?」

 好みでなければあの腕輪はあげられないので、ひとまず欲しいものの特徴を聞き出す。

「こう……なんか古くて黒ずんだ金属の」

「んー、まあ。持ってるけど」

 その特徴がほとんど一致したことに驚きながら、アザレアは自身の鞄を漁る。

「よかった!」

「えーっと……はい。生産元不明な腕輪」

「ありがとう!」

「うん」

 あまりにもな言い方であったがそれは事実だった。その上、その3自身もその腕輪がもらえるなら他は全く気にしていない様子だ。

 差し出した古い腕輪の色と、その3の燻んだ金色の髪の色がよく似ていた。
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