76 / 200
二年目
76:兆候
しおりを挟む
温かい紅茶を飲みながら、アザレアはフォラクスが菓子を食べている様子を眺める。
「……其の様に。私を眺めて居ても詰まらないかと思いますが」
「んー、なんか」
手を止め目線を向けるフォラクスに、アザレアは首を傾げた。
「歯、とがってる?」
普段の彼はあまり口を開けて喋らないし、食事の際も同様に口を大きく開けない。
ただ、今回は菓子を口に入れる時に偶然見えたのだ。人間のようで肉食獣のような、異常に尖った歯牙達が。
「…………そうですね」
ゆったりと目を閉じ頷き、同意した彼は
「……ですが、人の口内を許可無く観察なさるのは如何な御趣味かと」
口元を隠し薄く微笑んだ。
「……ごめんなさい」
その言葉に含まれた、鈍感なアザレアが気付くほどに明確な拒絶に、彼女は一瞬怯む。
「いいえ。……貴女は、如何思われましたか」
口元を隠し微笑んだままで、フォラクスは彼女を見た。
「ただ『とがってるなぁ』としか思わなかったけど」
他に何があるのだろうか、とアザレアは思考を巡らせる。本当に『尖った歯が珍しい』と少し思った程度だった。他に何を思うというのだろう。
「……ふふ。然様ですか」
「なに?」
心底不思議そうな彼女の様子を、フォラクスは静かに、息を溢すようにして笑った。
「何も。此れには複雑な理由が有りまして……ですが、」
笑いをゆっくりと止めた。
「……あまり、お気になさらず」
「うん」
無表情のようでいて寂寞が滲んだ表情で静かに彼は告げる。何かに触れられそうだったのに逃げられたような心地になった。
なんか面倒な人だな、と思いながら視線を動かし、
「(……あ)」
いつのまにか空っぽになっていたお菓子の箱を見つける。
「(全部、食べてくれたんだ)」
その事実が、アザレアの心をじんわりと温かくさせた。口内を見た事は拒絶されたけれども、アザレアが与えた菓子については嫌な顔も残す事もせず、全てを受け取ってくれたのだ。
その事実を嬉しく思ったところで、
「……(そういえば去年、その3から焼いたお菓子もらってたけど返してないなぁ)」
と、ふと思い出した。
×
空になった箱を持ち、フォラクスは立ち上がる。
「……扨。私はそろそろ仕事へ向かわなければいけませんのでお暇……と言う言葉は可笑しいですね」
口元に手を遣り少し沈黙した後、
「…………まあ。貴女は札で魔術アカデミーの寮へ戻られると良いでしょう」
と、アザレアへ帰宅を促した。言葉を探そうとしたが、途中で止めたようだ。
「書庫で読書……等をして頂いても構いやしませぬが」
フォラクスは、ちら、と彼女に視線を向けて新しい提案をする。
「……いても良いの?」
アザレアは、すっかり『仕事に行くから帰れ』と遠回しに言われるかと思っていた。どう言った心変わりだろうと思うが、心当たりは無いので推察はできない。
「はい。此の屋敷は『相性結婚の付属品』ですので、私と貴女が婚約している間くらいは問題は無いかと」
「ふーん。でも帰るよ。だって一応、『他人の家』だもん」
彼の言葉に、なんて事もない、ただの義務感での提案なのかと察する。それを少しつまらなく感じてしまった。
「そうですか」
「うん。用事も思い出したし」
お菓子のお返しを用意しないと、とアザレアは頭の隅っこで思う。
「……用事、ですか」
「ん。こっちの話だから気にしないで」
「然様で」
「じゃあ、先に帰る」
「はい。お気を付けて下さいまし。……私の作った札なので、事故等起こる訳も無いのですが」
「ばいばーい」
本当に何も気にしていないらしい。引き留めるつもりもないらしい。
いつもの冷ややかで味気のない返答が、相手の何もかもを気にしていない態度が少しだけ、寂しい。
そう、惜しむ気持ちが確かに有った。
×
次の日、魔術アカデミーでアザレアはその3に去年の『愛の日』でもらった菓子のお返しができなかったことを謝った。用意ができたら返したいとも。
その3は
「別に返さなくて良いのに」
と笑っていたが、やはり気になるのだと伝える。すると、
「……じゃあ。何か……例えば、腕輪があったら欲しいんだけど」
そう、はにかみながら提案した。
「……腕輪?」
唐突な単語にアザレアは首を傾げる。
「うん。なにか持ってない?」
聞かれた瞬間に、なぜか枕元に置いてあった古い腕腕のことを思い出した。……確か、今日は偶然にも鞄の中に入れていたのだった。
「どんなの?」
好みでなければあの腕輪はあげられないので、ひとまず欲しいものの特徴を聞き出す。
「こう……なんか古くて黒ずんだ金属の」
「んー、まあ。持ってるけど」
その特徴がほとんど一致したことに驚きながら、アザレアは自身の鞄を漁る。
「よかった!」
「えーっと……はい。生産元不明な腕輪」
「ありがとう!」
「うん」
あまりにもな言い方であったがそれは事実だった。その上、その3自身もその腕輪がもらえるなら他は全く気にしていない様子だ。
差し出した古い腕輪の色と、その3の燻んだ金色の髪の色がよく似ていた。
「……其の様に。私を眺めて居ても詰まらないかと思いますが」
「んー、なんか」
手を止め目線を向けるフォラクスに、アザレアは首を傾げた。
「歯、とがってる?」
普段の彼はあまり口を開けて喋らないし、食事の際も同様に口を大きく開けない。
ただ、今回は菓子を口に入れる時に偶然見えたのだ。人間のようで肉食獣のような、異常に尖った歯牙達が。
「…………そうですね」
ゆったりと目を閉じ頷き、同意した彼は
「……ですが、人の口内を許可無く観察なさるのは如何な御趣味かと」
口元を隠し薄く微笑んだ。
「……ごめんなさい」
その言葉に含まれた、鈍感なアザレアが気付くほどに明確な拒絶に、彼女は一瞬怯む。
「いいえ。……貴女は、如何思われましたか」
口元を隠し微笑んだままで、フォラクスは彼女を見た。
「ただ『とがってるなぁ』としか思わなかったけど」
他に何があるのだろうか、とアザレアは思考を巡らせる。本当に『尖った歯が珍しい』と少し思った程度だった。他に何を思うというのだろう。
「……ふふ。然様ですか」
「なに?」
心底不思議そうな彼女の様子を、フォラクスは静かに、息を溢すようにして笑った。
「何も。此れには複雑な理由が有りまして……ですが、」
笑いをゆっくりと止めた。
「……あまり、お気になさらず」
「うん」
無表情のようでいて寂寞が滲んだ表情で静かに彼は告げる。何かに触れられそうだったのに逃げられたような心地になった。
なんか面倒な人だな、と思いながら視線を動かし、
「(……あ)」
いつのまにか空っぽになっていたお菓子の箱を見つける。
「(全部、食べてくれたんだ)」
その事実が、アザレアの心をじんわりと温かくさせた。口内を見た事は拒絶されたけれども、アザレアが与えた菓子については嫌な顔も残す事もせず、全てを受け取ってくれたのだ。
その事実を嬉しく思ったところで、
「……(そういえば去年、その3から焼いたお菓子もらってたけど返してないなぁ)」
と、ふと思い出した。
×
空になった箱を持ち、フォラクスは立ち上がる。
「……扨。私はそろそろ仕事へ向かわなければいけませんのでお暇……と言う言葉は可笑しいですね」
口元に手を遣り少し沈黙した後、
「…………まあ。貴女は札で魔術アカデミーの寮へ戻られると良いでしょう」
と、アザレアへ帰宅を促した。言葉を探そうとしたが、途中で止めたようだ。
「書庫で読書……等をして頂いても構いやしませぬが」
フォラクスは、ちら、と彼女に視線を向けて新しい提案をする。
「……いても良いの?」
アザレアは、すっかり『仕事に行くから帰れ』と遠回しに言われるかと思っていた。どう言った心変わりだろうと思うが、心当たりは無いので推察はできない。
「はい。此の屋敷は『相性結婚の付属品』ですので、私と貴女が婚約している間くらいは問題は無いかと」
「ふーん。でも帰るよ。だって一応、『他人の家』だもん」
彼の言葉に、なんて事もない、ただの義務感での提案なのかと察する。それを少しつまらなく感じてしまった。
「そうですか」
「うん。用事も思い出したし」
お菓子のお返しを用意しないと、とアザレアは頭の隅っこで思う。
「……用事、ですか」
「ん。こっちの話だから気にしないで」
「然様で」
「じゃあ、先に帰る」
「はい。お気を付けて下さいまし。……私の作った札なので、事故等起こる訳も無いのですが」
「ばいばーい」
本当に何も気にしていないらしい。引き留めるつもりもないらしい。
いつもの冷ややかで味気のない返答が、相手の何もかもを気にしていない態度が少しだけ、寂しい。
そう、惜しむ気持ちが確かに有った。
×
次の日、魔術アカデミーでアザレアはその3に去年の『愛の日』でもらった菓子のお返しができなかったことを謝った。用意ができたら返したいとも。
その3は
「別に返さなくて良いのに」
と笑っていたが、やはり気になるのだと伝える。すると、
「……じゃあ。何か……例えば、腕輪があったら欲しいんだけど」
そう、はにかみながら提案した。
「……腕輪?」
唐突な単語にアザレアは首を傾げる。
「うん。なにか持ってない?」
聞かれた瞬間に、なぜか枕元に置いてあった古い腕腕のことを思い出した。……確か、今日は偶然にも鞄の中に入れていたのだった。
「どんなの?」
好みでなければあの腕輪はあげられないので、ひとまず欲しいものの特徴を聞き出す。
「こう……なんか古くて黒ずんだ金属の」
「んー、まあ。持ってるけど」
その特徴がほとんど一致したことに驚きながら、アザレアは自身の鞄を漁る。
「よかった!」
「えーっと……はい。生産元不明な腕輪」
「ありがとう!」
「うん」
あまりにもな言い方であったがそれは事実だった。その上、その3自身もその腕輪がもらえるなら他は全く気にしていない様子だ。
差し出した古い腕輪の色と、その3の燻んだ金色の髪の色がよく似ていた。
0
あなたにおすすめの小説
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる