84 / 200
二年目
84:心配
しおりを挟む
結局のところ便利な魔力袋を捨てることはなく、『今まで通りの扱いになるらしい』と、聖女候補が伝えに来た。だが、大事をとってしばらくの合間、自宅ではなくこの部屋に泊まることになるようだ。
「……」
婚約者であるアザレアへ、何か伝えることはあっただろうかと思いながら、「どうせ、自身が中々屋敷へ戻らなくとも、何も気にしていないのだろう」と、思い至った。
彼女は春休みの間、何度か屋敷の地下へ赴き本を読んでいたらしいことを式神が伝える。
×
今日は春来の儀の後に行われる祝賀祭に参加するために、部屋の外へ出る許可が出た。
腕に巻かれた紐はそのままで、出入り口の仕切り紐だけが外された。
その上から見栄えの良い宮廷魔術師の衣装を纏い、会場へ足を運ぶ。
祝賀会の様子を、気配を希薄にさせ壁際で眺めていた。
「……」
病み上がりに祝賀会の派手さと騒がしさは毒だと、痛む頭を少し押さえながら、小さく息を吐く。
『春の神』の声を聴いてから、頭が酷く痛むようになっていた。声を聴いた瞬間の痛みの余韻のように、じくじくと鈍く、痛む。心なしか、一度神に潰された筈の目の奥も熱を持って痛かった。
「……お前よ、何をされた?」
「っ!」
気付けば、横に呪猫当主が立っていた。フォラクスは急いで周囲に視線を向けるが、誰もこちらを見ていない。
「安心しなさい。向こうには私の代わりに式神が居る」
焦るその姿に目を細めながら、兄は静かに、諭すように云う。周囲の相手を、式神にさせているのだと。
「本当はお前の方に式神を寄越す予定だったが、そうは行かないようでね」
追い詰めるかのように半歩、フォラクスの方へ足を動かした。
「もう一度聞く。お前は、『神』に何をされた?」
フォラクスは鬱陶しげにその顔を見、内心で驚く。その顔には普段のような軽薄な笑いはなく、何かを見定めようとしている真剣な顔だったからだ。
だが、フォラクスは半歩ほど横に下がり、痛みも辛さも全て隠して外面の笑みを浮かべる。
「何か、奇怪しな処でも有りましたか」
貴様の助け等不要であると、彼は兄を笑顔で睨み付ける。このぐらい、自身で対処しなければ、誰も助けてくれやしないのだと、フォラクスは思っている。そう、今までの生で思い知らされていた。
「連日の仕事が祟ったのやも知れませぬ。ですが、この程度、自身で対処出来ます故」
彼の返答に、は、と短く息を吐き、
「……珍しい事もあるものだね」
兄はやや呆れた様子で呟く。
「お前が『仕事が大変だ』と弱音を吐くとは」
その言葉は間違いなく、フォラクスの神経を逆なでする言葉だった。
直後に沸き上がった怒りに近い感情を、彼はすぐさま押さえ込み、笑みを浮かべる。
「……ついうっかりと、口を滑らせてしまいました。……酒の場はどうも気が緩んでしまう様で、いけませんね」
「そうだね。私もよく有るよ」
兄は白々しくもそう相槌を打つ。一度も滑らせたこと等無い癖に、と内心で舌打ちをしながら、
「……大変名残惜しくも、私、用事を思い出しましたので御暇させて頂きます」
と、フォラクスはその場から去る。
余計に頭痛が酷くなったような気がした。
×
「……暫くは、問題は無さそうか」
離れる後ろ姿を眺め、兄は安堵の息を吐く。
久々に、とんでもないものを見せられた。いつ振りかといえば、弟のために用意した契約用の獣を殺した時だろうか。
他の古き貴族の者も近付き難い程の強力な穢れを纏ったその姿に、直視することができなかった。どうにか祈羊の者の手によって抑え込まれているようだが、それでも酷かった。
何故歩けるのかと、訊きたい程の穢れを纏っていたのだ。
恐らく、王家が春のために喚び寄せる『神』のせいだろうが。
「……約束と違うではないか」
古の約束とも、直接結んだ約束ともに。
呟くその声は非常に小さく、祝賀会の喧騒の中に溶けて消えた。どうしてくれようか、と思考しても行う事は既に決まっている。それの準備をせねばなるまい。
それに、弟をそうやって使えばいつかはどうせそうなると、とうの昔に知っていた。
来年……できれば今年中でも、再び顔を合わせたその時に、まだ異常が残っていれば予定より大分ずれてしまうからどうにかしなければと、呪猫当主は呟く。
「…………然し。結局、妻は連れて来ぬ上に、質問には答えてはくれなかったなぁ」
まあ、来年には会えるだろう。と、笑いを零した。
「……」
婚約者であるアザレアへ、何か伝えることはあっただろうかと思いながら、「どうせ、自身が中々屋敷へ戻らなくとも、何も気にしていないのだろう」と、思い至った。
彼女は春休みの間、何度か屋敷の地下へ赴き本を読んでいたらしいことを式神が伝える。
×
今日は春来の儀の後に行われる祝賀祭に参加するために、部屋の外へ出る許可が出た。
腕に巻かれた紐はそのままで、出入り口の仕切り紐だけが外された。
その上から見栄えの良い宮廷魔術師の衣装を纏い、会場へ足を運ぶ。
祝賀会の様子を、気配を希薄にさせ壁際で眺めていた。
「……」
病み上がりに祝賀会の派手さと騒がしさは毒だと、痛む頭を少し押さえながら、小さく息を吐く。
『春の神』の声を聴いてから、頭が酷く痛むようになっていた。声を聴いた瞬間の痛みの余韻のように、じくじくと鈍く、痛む。心なしか、一度神に潰された筈の目の奥も熱を持って痛かった。
「……お前よ、何をされた?」
「っ!」
気付けば、横に呪猫当主が立っていた。フォラクスは急いで周囲に視線を向けるが、誰もこちらを見ていない。
「安心しなさい。向こうには私の代わりに式神が居る」
焦るその姿に目を細めながら、兄は静かに、諭すように云う。周囲の相手を、式神にさせているのだと。
「本当はお前の方に式神を寄越す予定だったが、そうは行かないようでね」
追い詰めるかのように半歩、フォラクスの方へ足を動かした。
「もう一度聞く。お前は、『神』に何をされた?」
フォラクスは鬱陶しげにその顔を見、内心で驚く。その顔には普段のような軽薄な笑いはなく、何かを見定めようとしている真剣な顔だったからだ。
だが、フォラクスは半歩ほど横に下がり、痛みも辛さも全て隠して外面の笑みを浮かべる。
「何か、奇怪しな処でも有りましたか」
貴様の助け等不要であると、彼は兄を笑顔で睨み付ける。このぐらい、自身で対処しなければ、誰も助けてくれやしないのだと、フォラクスは思っている。そう、今までの生で思い知らされていた。
「連日の仕事が祟ったのやも知れませぬ。ですが、この程度、自身で対処出来ます故」
彼の返答に、は、と短く息を吐き、
「……珍しい事もあるものだね」
兄はやや呆れた様子で呟く。
「お前が『仕事が大変だ』と弱音を吐くとは」
その言葉は間違いなく、フォラクスの神経を逆なでする言葉だった。
直後に沸き上がった怒りに近い感情を、彼はすぐさま押さえ込み、笑みを浮かべる。
「……ついうっかりと、口を滑らせてしまいました。……酒の場はどうも気が緩んでしまう様で、いけませんね」
「そうだね。私もよく有るよ」
兄は白々しくもそう相槌を打つ。一度も滑らせたこと等無い癖に、と内心で舌打ちをしながら、
「……大変名残惜しくも、私、用事を思い出しましたので御暇させて頂きます」
と、フォラクスはその場から去る。
余計に頭痛が酷くなったような気がした。
×
「……暫くは、問題は無さそうか」
離れる後ろ姿を眺め、兄は安堵の息を吐く。
久々に、とんでもないものを見せられた。いつ振りかといえば、弟のために用意した契約用の獣を殺した時だろうか。
他の古き貴族の者も近付き難い程の強力な穢れを纏ったその姿に、直視することができなかった。どうにか祈羊の者の手によって抑え込まれているようだが、それでも酷かった。
何故歩けるのかと、訊きたい程の穢れを纏っていたのだ。
恐らく、王家が春のために喚び寄せる『神』のせいだろうが。
「……約束と違うではないか」
古の約束とも、直接結んだ約束ともに。
呟くその声は非常に小さく、祝賀会の喧騒の中に溶けて消えた。どうしてくれようか、と思考しても行う事は既に決まっている。それの準備をせねばなるまい。
それに、弟をそうやって使えばいつかはどうせそうなると、とうの昔に知っていた。
来年……できれば今年中でも、再び顔を合わせたその時に、まだ異常が残っていれば予定より大分ずれてしまうからどうにかしなければと、呪猫当主は呟く。
「…………然し。結局、妻は連れて来ぬ上に、質問には答えてはくれなかったなぁ」
まあ、来年には会えるだろう。と、笑いを零した。
0
あなたにおすすめの小説
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる