102 / 200
三年目
102:魂の形
しおりを挟む
アザレアが帰った後、フォラクスはやや呆然とした様子で石版を自室の奥にしまう。
自室にしまった理由は、その場所が屋敷内で最も防御系、守護系の魔術のかかった安全な場所だからだ。万が一窃盗や強盗などに屋敷へ入られても、許可が降りていないならこの部屋にはたどり着けない。防犯関連の術式を、ついでに彼女に分け与えた部屋にもかけておくべきか、と少し考える。
自室内の椅子にゆっくり腰を下ろす。フォラクス自身の体重で椅子の軋む音がした。
「ーー……」
彼女の魂の形が、人間ではなかった。知らずに詰めていた息を吐く。
まさか、と思った。
いや、どこかでは既に気づいていたのかもしれない。彼女の思考は独特だったのだから。あまりにも他者に優しくて、他者を信じるなんて尋常でない。
だからか、思いの外にフォラクス自身は驚いていなかった。
この世界での魂はその人の気質であり思考であり、根本の善悪などの価値観の指標だ。
「(あの形は……妖精、でしょうか)」
思考して、他の形と比べても妖精以外あり得ないだろうと結論付けた。
彼女の、あの善良な気質ならば間違いなくそうだ。
揺らめく植物のような形の魂。
精霊と妖精は別物だ。精霊は魔獣の仲間で、妖精は魔法生物の一種。
人でない妖精であるならば、彼女に精霊や魔獣が集りやすいのも納得がいく。
そして、本当の彼女の監視理由は『高性能の製薬能力』と、『一般人からややずれた価値観』ゆえのものだと気付く。一般の価値観と合わないのでそれを防ぐために監視が付いたのだと。
魂の形が人間でない者は、この国にはそれなりにいる。なので別段珍しいものではない。
10名の人間がいれば、少なくとも一人くらいは人間以外の形をした魂を持っている。
特に、古き貴族の本家に近い者の魂は魔獣に近い形をとる。
フォラクス自身も本家に近い古き貴族なので、魂の形が魔獣に近かった。おまけに兄のせいで猫魈の魂が混ざっており、魂の形はほとんど人間ではない。歪な、獣の形をしている。
だからか、アザレアの魂が人間でないと知った直後、安堵を得ていた。
『この娘は自分と同じで人でないのだ』
と。
安堵とともに、『何故、あの娘は人でないのに恵まれて居るのだろうか』と不思議に思った。
特に、嫉妬などは感じていない。ただ純粋に、婚約者である娘のことが知りたかった。
彼女の感覚がどこまで人間と同じで、どこまで人間と違うのだろうか。
それを、確かめてみたい。
「(……然し、何の様にして確かめましょうか)」
そもそも、彼女の性格は善性であり、かなり人間に近い価値観を持っている。だから、普通の接触では通常以外の反応を示すことはまずあり得ない。二年と少し、ほぼ毎日監視していたのだから、それくらいは分かっている。
「(……成らば、感情を揺さぶるのは如何でしょうか)」
思案する。
彼女は、ころころと表情を変える。だが、それは喜びや小さな不満程度のものばかりだ。
嫌悪や拒絶などの強い負の感情は見たことがない。だからこそ、その感情を見てみたい。善良な彼女の、剥き出しの感情や汚れた部分など。
「(…………いえ。余計な気は、起こさないでおきましょう)」
ふと我に返り、歪みかけていた口元を抑える。抑えていた本来の性格が表出しないように。だが、気を緩めるとどうしても嬉しさと楽しさが込み上げてきてしまう。
「(……鎮まらねば)」
せっかく面白そうなものを見つけたのに、すぐ壊してしまうのは勿体無い。
そう思いつつも、どうにかして彼女の感情を揺さぶってみたいと強く思う。思い返せば、自分ばかりが振り回されているようで、気に入らなかったのだ。(無論、彼の気のせいであるのだが。)
アザレアや一般の人間達とは異なり、フォラクスは善良な気質ではなかった。
元より古き貴族の血筋のせいで人間より攻撃的な魂だというのに、混ぜられた猫魈の魂のお陰で、それが悪い方に傾いている。猫魈は、人に害を成す魔獣あるいは精霊だからだ。
それゆえに、本来としての彼は壊す事と掻き乱す事に楽しみを見出す気質だった。
善悪で分類すれば、間違いなく悪性だ。人が苦しみもがく不幸な様を見る方が好物であるから。
「(彼女の倫理観に触れない程度の軽い悪戯程度成らば、今まで通りに流すでしょう)」
彼女が大きく感情を動かしたのは、どういった状況だっただろうか。少し考えて、とある内容を思いついた。
監視の仕事に影響が出ない程度、一般的な常識から逸脱しない程度、で、仕掛けてみようか。
「……ふふ、楽しみですね」
フォラクスは微笑む。
その時に、彼女がどのような反応を返すのか。
自室にしまった理由は、その場所が屋敷内で最も防御系、守護系の魔術のかかった安全な場所だからだ。万が一窃盗や強盗などに屋敷へ入られても、許可が降りていないならこの部屋にはたどり着けない。防犯関連の術式を、ついでに彼女に分け与えた部屋にもかけておくべきか、と少し考える。
自室内の椅子にゆっくり腰を下ろす。フォラクス自身の体重で椅子の軋む音がした。
「ーー……」
彼女の魂の形が、人間ではなかった。知らずに詰めていた息を吐く。
まさか、と思った。
いや、どこかでは既に気づいていたのかもしれない。彼女の思考は独特だったのだから。あまりにも他者に優しくて、他者を信じるなんて尋常でない。
だからか、思いの外にフォラクス自身は驚いていなかった。
この世界での魂はその人の気質であり思考であり、根本の善悪などの価値観の指標だ。
「(あの形は……妖精、でしょうか)」
思考して、他の形と比べても妖精以外あり得ないだろうと結論付けた。
彼女の、あの善良な気質ならば間違いなくそうだ。
揺らめく植物のような形の魂。
精霊と妖精は別物だ。精霊は魔獣の仲間で、妖精は魔法生物の一種。
人でない妖精であるならば、彼女に精霊や魔獣が集りやすいのも納得がいく。
そして、本当の彼女の監視理由は『高性能の製薬能力』と、『一般人からややずれた価値観』ゆえのものだと気付く。一般の価値観と合わないのでそれを防ぐために監視が付いたのだと。
魂の形が人間でない者は、この国にはそれなりにいる。なので別段珍しいものではない。
10名の人間がいれば、少なくとも一人くらいは人間以外の形をした魂を持っている。
特に、古き貴族の本家に近い者の魂は魔獣に近い形をとる。
フォラクス自身も本家に近い古き貴族なので、魂の形が魔獣に近かった。おまけに兄のせいで猫魈の魂が混ざっており、魂の形はほとんど人間ではない。歪な、獣の形をしている。
だからか、アザレアの魂が人間でないと知った直後、安堵を得ていた。
『この娘は自分と同じで人でないのだ』
と。
安堵とともに、『何故、あの娘は人でないのに恵まれて居るのだろうか』と不思議に思った。
特に、嫉妬などは感じていない。ただ純粋に、婚約者である娘のことが知りたかった。
彼女の感覚がどこまで人間と同じで、どこまで人間と違うのだろうか。
それを、確かめてみたい。
「(……然し、何の様にして確かめましょうか)」
そもそも、彼女の性格は善性であり、かなり人間に近い価値観を持っている。だから、普通の接触では通常以外の反応を示すことはまずあり得ない。二年と少し、ほぼ毎日監視していたのだから、それくらいは分かっている。
「(……成らば、感情を揺さぶるのは如何でしょうか)」
思案する。
彼女は、ころころと表情を変える。だが、それは喜びや小さな不満程度のものばかりだ。
嫌悪や拒絶などの強い負の感情は見たことがない。だからこそ、その感情を見てみたい。善良な彼女の、剥き出しの感情や汚れた部分など。
「(…………いえ。余計な気は、起こさないでおきましょう)」
ふと我に返り、歪みかけていた口元を抑える。抑えていた本来の性格が表出しないように。だが、気を緩めるとどうしても嬉しさと楽しさが込み上げてきてしまう。
「(……鎮まらねば)」
せっかく面白そうなものを見つけたのに、すぐ壊してしまうのは勿体無い。
そう思いつつも、どうにかして彼女の感情を揺さぶってみたいと強く思う。思い返せば、自分ばかりが振り回されているようで、気に入らなかったのだ。(無論、彼の気のせいであるのだが。)
アザレアや一般の人間達とは異なり、フォラクスは善良な気質ではなかった。
元より古き貴族の血筋のせいで人間より攻撃的な魂だというのに、混ぜられた猫魈の魂のお陰で、それが悪い方に傾いている。猫魈は、人に害を成す魔獣あるいは精霊だからだ。
それゆえに、本来としての彼は壊す事と掻き乱す事に楽しみを見出す気質だった。
善悪で分類すれば、間違いなく悪性だ。人が苦しみもがく不幸な様を見る方が好物であるから。
「(彼女の倫理観に触れない程度の軽い悪戯程度成らば、今まで通りに流すでしょう)」
彼女が大きく感情を動かしたのは、どういった状況だっただろうか。少し考えて、とある内容を思いついた。
監視の仕事に影響が出ない程度、一般的な常識から逸脱しない程度、で、仕掛けてみようか。
「……ふふ、楽しみですね」
フォラクスは微笑む。
その時に、彼女がどのような反応を返すのか。
0
あなたにおすすめの小説
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる