薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

月乃宮 夜見

文字の大きさ
120 / 200
三年目

120:選び取る。

しおりを挟む
「ん、」
 少し口を尖らせ、アザレアはベッドに、ぼふ、とうつぶせに横たわる。
「(……なんだか、恥ずかしい)」
そして、はぁ、と溜息を吐いて布団の上を少し転がり仰向けになった。
「(…………やっぱり、『すき』なんだ)」
確信、というかというのか。

 いつも、アザレアは月の綺麗な夜は一人で月を見上げている。だが、今回は無性に、『フォラクスと一緒に』見たかった。理由はわからない。ただ、『綺麗なものを一緒に見たい』『同じ話題を共有したい』そんな気持ちがあったのは確かだった。
 そして。ただ、それだけの話だ。
 彼の屋敷に着いた際に『彼が寝ていたら、居なかったらどうしよう』と思っていたが、どうやら彼も起きていて、偶然にも独りで静かに月を見つめていたのだ。ただそれだけのことが、アザレアはどうしようもなく嬉しかった。
 きっと彼となら、そんな小さな嬉しい幸せなことが、たくさん訪れるだろうと確信する。

 月明かりに照らされ黒紫色の髪が艶やかに輝き、氷像のような顔はぞっとする程に美しかった。思い出すと今でもなんだか胸が苦しくなる。
 だがその姿は、届かないものをただ見上げ諦めようとしているように見え、なぜだか酷く悲しくなった。何か、彼に『大丈夫』だと、『安心して欲しい』と伝えたいと、強く思ったのだ。実際は恥ずかしくて何もできなかったけれど。
 共に月を見ていた時間は哀しくも楽しく、美しい時間だった。彼にとってもそうだったらいいな、とアザレアは願う。

「(『割と幸せ』……か)」
 ベッドに潜り込み、枕に顔をうずめながら目を閉じる。
 それは、アザレアが『今幸せか』と問いかけた質問に対する、彼の返しだ。
 少し考えて、
「(本当に、幸せ……なのかな)」
小さく息を吐いた。いつ見ても、彼はなんだか面白くなさそうな、つまらなさそうな……
「(ううん。どちらかといえば、寂しそうで、辛そうな)」
そんな顔をしている気がした。
 いつも、彼は薄く微笑んでいるか明らかに作り笑いだと分かるわざとらしい笑みを浮かべているか、氷像の様に感情を凍らせているか何か感情を抑えているような顔をしている。
「あっ、でも。わたしと一緒のときは、けっこう楽しそうかも?」
 自然な様子で柔らかく笑っていたり、少し不機嫌そうだったり。
「(……自惚うぬぼれじゃないといいけど)」
思いながら、その事実を認識してなんとなく嬉しくなった。

×

 次の日、魔術アカデミーは毎年のように虚霊祭や学芸祭の話題で持ちきりだった。
 だが、今年は例年とは違う騒がしさを孕んでいた。

「「「『菓子がもらえないと悪霊に襲われる』?」」」

 アザレア、友人A、友人Bは首を傾げる。
「前……小さい頃に居た場所の、話なんですけれどね」
と、その2は気恥ずかしげに答えた。
 要は『お菓子をくれなきゃトリック・オア悪戯しちゃうぞ・トリート』である。危害を加えない代わりに施しを要求する、強盗じみたおまじないだ。
「へぇ! それ面白そう!」
と、友人Bは目を輝かせ、
「お菓子渡すだけで襲わなくなるなんて、安上がりというか、何というか……ねぇ」
と、友人Aは顎に手を充て考え込み、
「へぇー。そのおばけたちは、お菓子が大好きなんだねー」
「お菓子おいしいもんね」と、何故かおばけ側の感想をアザレアは抱いた。
 友人Bの感想は『それに乗じた何か新しい商売の臭いを感じた』もの、友人Aは『お菓子で被害が無くなるなら世話ないわ』という本音、アザレアはそのまま『楽しそう』である。
「あはは、皆さんそれぞれの感想ですねぇ」
 その2は楽しそうに笑う。
「それで。どうしてその話を私達にするのかしら?」
友人Aが問いかけると、その2はにっと笑って高らかに告げた。

「今回の学芸祭で、やってみようと思ったんです!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...