薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

月乃宮 夜見

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三年目

132:いつもとちがう

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 翌朝。

「わー、みてみて! プレゼントあったー!」

 と、祝福のプレゼントが枕元に有ったとアザレアはフォラクスに嬉しそうに報告する。そのおかげで推測は確信へと変わった。

「然様でしたか……貴女は『良い子』ですからねぇ」

 返しながら、フォラクスは朝の支度をしていた。ちら、と視線だけアザレアに向けると

「中身はー、お。本とぬいぐるみだ。おっきいねこのぬいぐるみー」

楽しそうな様子でプレゼントを開けているようだ。

「って、この本、廃版になっててすっごい高いやつだ?!」

「良い物が貰えましたか」

 本を掲げて驚く、アザレアに問うと

「うん! いつもとなんか違う気がするけど、それでもうれしい!」

そうフォラクスに言葉を返した。

「……あ、そっか。来年から成人になるから貰えないんだった」

だから、いつもと違ったのかな、と口を尖らせアザレアが寂しそうに呟く。

「……さぁ。如何どうなのでしょうね」

 フォラクスは薄く微笑んだ。

×

 それから数日、アザレアはフォラクスの屋敷で実験を行ったり地下の書庫で本を読んだりして過ごしていた。
 屋敷の持ち主であるフォラクスは、祝福の日以降はまだ日も登らぬような早朝に屋敷を出、日付が変わる頃に帰宅する。なので、ほとんど顔を合わせなかった。

 今日は年越しの儀のある日だった。要するに、年が切り替わる日だ。

「……」

 玄関の扉に手を掛けた時、フォラクスはなんとなくアザレアの顔でも見ておこうかと、足を止めて振り返る。と、

「ぁれ、もうおしごと?」
「っ!」

寝巻きのままで、アザレアが廊下に立っていた。
 祝福でもらったらしい猫のぬいぐるみをかかえ、眠そうな顔でいる。

「……えぇ。今から、仕事です。今日は大晦日ですからね」

「ん、まにあってよかった。いってらっしゃい」

「…………行って参ります」

 まさかアザレアが起きているとは思わず、フォラクスは動揺してしまった。それに、今の発言を考えると、彼の出勤時間に起きようとしてくれたようだ。
 彼女は動揺には気付かず、眠そうな様子で彼が出るのを待っていた。

 フォラクスは扉から屋敷を出る。扉が閉まる前にふと振り返ると、アザレアは小さく手を振っていた。

×

 年越しの儀のある日は早朝に準備を行い、昼ごろまで普段通りの仕事を行う。
 昼の終わり頃になると式典が始まり、王や他の貴族によるありがたい言葉を聞くのだ。(フォラクス自身は、この時間が最も無駄な時間だと思っている。)それが終わると貴族達は簡易的な宴を開くが、宮廷魔術師や聖職者達はみそぎを始める。
 そして、全員の禊ぎが終わるとようやく年越しの儀が始まるのだ。

 フォラクスは、今回の年越しの儀はあまり集中出来ていなかった。

「(……早う、帰りとう御座いますね)」

 ずっと、なんとなくそう漠然とした思考がよぎる。
 儀式の役割、重大さ、色々を理解している上で、にいる事の方が自身にとって重要だと判断してしまったのだ。

「(…………何とも、奇妙な事だ)」

 今まではどこにいても同じだと思っていたのに。
 ただ彼女がいるだけで、そちらに価値があるように思える。
 あまり集中出来ていなかったが、周囲に悟られる事もなくフォラクスは年越しの儀式を終わらせた。

×

「あ、おかえり!」

 着替えるために一度屋敷に戻ると、やはりアザレアが待っていた。日付が変わった頃なので寝巻きをまとっている。近くに猫のぬいぐるみがあったので、それが相当気に入ったのだろうか、と思う。
 何やら食事を作っていたようで、食べ物のにおいがした。

「きみは、今からパーティに行くんだよね?」

 アザレアは首を傾げる。

「えぇ。そうですね」

何を作っていたのか気になったが、恐らく既に無いだろうと思い訊かなかった。

「そっかー」

 少し残念そうな様子で、アザレアは口を尖らせる。

「……ちょっとだけ、ごはん残ってるんだけど食べないよね」
「頂きましょうか」

 やや食い気味で答えてしまった。

「え、大丈夫? パーティのごちそうとか入らなくなるよ?」

「向こうの食事など食い飽きておりますし、然程さほど美味うまくも有りませぬ」

 上着を脱ぎ、フォラクスは答える。多少の時間の余裕はあるとはいえ、ゆっくりもしていられないからだ。

「……そうなの?」

「えぇ。然し、一口だけにしておきましょうかね」

脱いだそれを式神が受け取り、宴でも着られるローブを別の式神が差し出した。普段は中身も着替えるが、今回は簡易的に上だけ着替えることにしたのだ。

「んー、じゃあこれとかどう?」

と、差し出されたのは一口大の穀物をねたものだった。これは年越しの時に食べると良いとされるものだ。

「餅ですか。良いですね」

ローブに腕を通しながらフォラクスは頷いた。

「では、食べさせて下さいまし。手が使えませんので」

「ん、はい」

 フォラクスが着替えているのを思い出し、アザレアはその口元に餅を届けようと腕を伸ばして少し背伸びをする。それをやや上体を曲げたフォラクスは口に入れた。

「……ふふ」

 咀嚼そしゃく嚥下えんげした後、フォラクスは小さく笑う。

「え、なに?」

「いえ。薬草の風味が貴女らしいと」

「……別にいいでしょ。薬草おいしいんだから」

「然様ですか」

 拗ねて口を尖らせるアザレアを目を細めて見る。美味しいかはともかく、何も混ぜていないものよりも良い風味がしたのは確かだった。

 着替えを終え、フォラクスは再び城に戻る準備をする。
 用意した魔法陣の前に着くと、

しばらく、儀式の片付けで忙しいので戻れないと思います。なので私が戻らなくともお気になさらず」

付いてきたアザレアに告げる。

「…………いつ帰ってくる?」

 不安そうなその顔を見て、

「……1週間程過ぎた頃、でしょうか」

そう、思わず答えてしまった。2週間ほど戻らない予定だったのだが。

「わかった。去年みたいに2週間会えなかったらどうしようって思ってたんだ」

 その時の、嬉しそうな彼女の様子に『それでもいいか』と思ったのだった。
 戻る戻らないの話は実際の所、個人的な心境の問題だったからだ。
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