薬術の魔女の結婚事情【リメイク】

月乃宮 夜見

文字の大きさ
151 / 200
同棲生活

151:新しい生活の始まり。

しおりを挟む
「外に出られるようになったんだ、よかった!」

 安心しながらラファエラはフォラクスの元に小走りで近付いた。彼は立ち止まったまま、彼女が来るのを待ってくれている。
 外はすっかり夕方になっており、紫色に空は染まっていた。
 青々と茂る夏の草木の景色の中、少し強く風が吹く。

「大変、御迷惑をお掛け致しました」

 ラファエラがフォラクスの下にたどり着くと、軽く頭を下げ彼は謝罪をした。さらりと揺れる黒紫色の髪に、今日は結んでないんだなとなんとなく思考が過る。かくいうラファエラも、もう魔術アカデミーの制服はもう纏っていない。

「そんな、びっくりしただけでわたしは迷惑だなんて思ってないよ」

微笑み、ラファエラは軽く頭を振った。逆光になって見えにくいが、彼の困ったように笑う声が聞こえる。それに不思議と嬉しくなった。

 傍まで付くと、逆光でもフォラクスの様子がよく見えた。特に体も倒れる前と変わらず、怪我も衰弱もしていないようだ。

「きみが元気そうでよかった」

 安心してラファエラが微笑む。

「……貴女は」

呟き、フォラクスはラファエラの蜜柑色の髪に触れた。

「なに?」

「髪が、伸びましたね。れと、背丈も」

なんとなく、嬉しそうで懐かしそうな声だ。言われてみれば、初めて顔合わせをした時よりも身長差が減ったように思える。

「でも。きみは背が高いから、あんまりそんな気はしないなぁ」

 首を傾げると彼は名残惜しそうに髪から手を離した。

「どうしたの?」

「貴女にお渡しするものが在りまして」

 視線を向けると、フォラクスは虚空から小さな花束を出し、そっとラファエラに差し出す。

「御卒業と成人、誠にお目出度う御座います」

「うん、ありがとう……あ、この花ね、痛み止めに使えるんだよ」

受け取った花束が製薬に使える事に気付き、彼女はフォラクスを見上げた。

れはもう貴女に差し上げた物なので、ご自由にお使い下さいまし」

彼はそう微笑む。

「わかった。……あ、そうだ。もう、わたしは寮には戻れないから、これから一緒に住むことになるけど……大丈夫?」

彼の言葉に頷いた後、ラファエラはこれからの生活について問いかけた。

「ええ。冬季や春季での休業と同様のものがでしょう」

「……なーんか、その言い方やだ」

「そうですか。まあ、兎に角」

 眉間にしわを寄せるも、彼は軽く流し左手を差し出す。

「帰りますよ、

「うん……ん?」

 その手を取ろうとした手を止め、ラファエラはフォラクスを見上げた。

「今、なんて?」

「『帰りますよ』と言いましたが」

 目を瞬かせる彼女に、彼は不思議そうに首を傾げる。

「そっちじゃない」

「何を戸惑って居られるのです、?」

次は意味あり気に、少し口元を歪ませて笑った。

「な、なん……で」

名前を、

 驚き、ラファエラは距離を取ろうと身を引く。

「っ、」

だが、いつの間にか腰元に回されていたフォラクスの腕や手にそれが阻まれた。

「……嗚呼、わたくしが貴女の幼名を呼べる事に驚いていらっしゃるのですね」

目を細め、彼は心底面白そうに微笑んだ。

「なんで」

 なんだか今までと少し違う愉悦を含む微笑みに、彼女は驚きと小さな警戒で身をすくめる。

れは、私には幼名が在りませぬゆえに『癒しの神』の影響を受けない為……やもしれませんね」

安心させるためか、いつものような微笑に変わった。

「え、わたし癒しの神には会ってないよ」

 少し眉を寄せ、ラファエラは答える。あの時に聞こえた声は間違いなく知っている声だった。だから確信は持てている。

「洗礼の際にの神の御声を聴くと聞きますが……洗礼を、受けなかったのですか」

「洗礼は受けたけど」

「では、癒しの神にはお会いしているのでは?」

やや柳眉をひそめ、彼は問うた。『癒しの神』以外が洗礼を施す事など、通常ならばあり得ない話だ。そもそも、そんな話を聞いたことがなかった。

「洗礼は、してもらったの」

 彼女は、はっきりと答える。

「は?」

 ふざけているのかと彼女を見下ろすも、まっすぐなその眼差しは真剣そのものだった。

「わたしのおばあちゃん。よくわかんないけど、よ」

「……道理で、占わずとも貴女の名が直ぐ視えた訳か」

低く、彼は呟く。

「何か言った?」

「いいえ。る意味で御揃おそろいのようだと思うた次第ですとも」

真偽はともかく、『癒しの神』から洗礼を受けていないならば同じであると。そう、フォラクスはラファエラに言った。

「おそろい? そっか」

嬉しそうに彼女は頷く。

「でも、逆になんできみは洗礼を受けてないの?」

 そう聞かれると思った、と言いたげにフォラクスは目を細めた。

呪猫フェレスの家では能力の高い者は付けられた名を変える事なく、要は幼い頃に付けられた名のままで一生を終えます」

 付けられた名は幼名でも洗礼名でもない。だから、成人の儀でも洗礼は受けていないのだと彼は言った。

「へぇー」

 そういう事もあるんだなと、ラファエラは頷く。
 そして、ということはやっぱり彼はただの『出来損ない』じゃないじゃん、と彼女は内心で呟いた。

「それはともかく」

「はい」

 ラファエラは、新ためてフォラクスを見上げた。腰に回した手はまだ離してくれない。

「わたしは成人したんだから、その呼び方幼名呼びはどうかと思う」

 はっきりと目を見て告げる。だが

「何故?」

彼は彼女を覗き込み、逆に問い返した。

「え」
「呼んでも良いと、貴女はおっしゃったでしょう、アザレア?」

 そう言い、腰に回していた手でラファエラを撫でる。
 それは、確かにそうだ。
 幼名だった頃に、『名を呼んでいいか』と聞かれそれを是と答えた。

「でっ、でも!」

 フォラクスの胸板を両手で押し、無理矢理に距離を取る。ようやく彼から離れられた。

「その時は幼名それが名前だった、から!」

必死に叫ぶ。

「そ、そんな、あ、あ、赤ちゃんみたいに呼ぶ、なんて」

ラファエラは顔どころではなく首や耳まで真っ赤にさせて、言い返した。
 
 幼名で呼ぶ。
 それは自分と教えた特別な相手だけが知る、幼き日の秘密の名前で呼ばれるということ。
 つまりは『とても愛おしい人』と呼んでいるに等しく、随分と甘い呼ばれ方であるということだ。

 きゅ、と彼はラファエラの手を取る。

「ねぇ、アザレア」
「なん、うわやっぱり恥ずかしい!」

 顔に上がった熱が、どうもおさまらない。きっと、彼に恥ずかしい呼ばれ方をされているからだ。

「帰りましょうか。暗くなりますし」

 にこやかな笑みで、とんでもなく恥ずかしい呼び方をされる。

「……これから幼名それで呼ぶつもり?」

「ええ。れも、貴女の名前でしょう?」

不安気に問うと、フォラクスは肯定した。どうやら覆す気はないらしい。

「んー……」

 羞恥で体がそわそわする。
 でも覚えてくれていたことが、ラファエラは嬉しく思えた。

「御手を、アザレア。暗くなりますゆえ

「……うん」

 逸れないように、と差し出された左手に、ラファエラはそっと右手を乗せる。

 そうして、二人は家路に就く。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

処理中です...