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同棲生活

156:道中での出来事。

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 翌朝、ラファエラは窓の外を眺めて首を傾げた。

「あれ、晴れてるね?」

真っ青な綺麗な色の空が覗いている。彼の告げた予想の占いでは雨だったはず。

「えぇ。様子で」

 同じく、窓の外へ視線を向けたフォラクスは答える。占いが外れた訳ではないと、言外に彼は云ったのだ。

「へぇー、そうなんだ」

 頷きながら、やっぱり負けず嫌いみたいだな、とラファエラはなんとなく思った。占いが外れたと思われたくなったのだろう。

「矢張り、『目出度めでたいもの』とはいえ、雨天では色々と不便は有りますからね」

「んー。そう言われてみれば、そうだね?」

場所は違うけど、去年行ったお祭りみたいに雨の降る中で行うのも悪くないのに、とラファエラは思う。湿度が高いことや水で濡れてしまうことはあれど、なんとなくそれが『あるべき姿』のような気がした。

「……雨天の方が宜しかったですか、アザレア」

 首を僅かに傾け、フォラクスは彼女に問いかけた。拍子に、彼の黒紫色の髪がさらりと動く。

「ううん。きみと出かけられるなら、割とどんな天気でもいい気がする」

ラファエラは頬杖を付き、

「……それなら、晴れの方がいいかもね」

と、空を眺めながら彼女は答えた。

×

 いつのまにか用意されていた朝食を食べ、二人は出かける準備をする。

「この服なーに?」

 式神に着付けられながら、ラファエラは問いかけた。それは、生地の薄い鮮やかな柄の服だ。

「夏場等に着る為の簡易的な衣類です」

衝立ついたての向こうでフォラクスの声がする。フォラクスはラファエラの方にだけ式神を寄越していたので、恐らく自身で着られるのだろう。

「ふーん?」

 以前呪猫フェレスで着た、就寝時の服に少し似てると思いつつ相槌を打った。

×

 着替えが終わり、ラファエラは衝立で囲われた場所より出る。すると、着替え終わっていたらしいフォラクスが待っていた。彼の服はラファエラが着ている服よりも随分と暗く地味な色合いで、上にもう一枚濃い色の上着を羽織っている。

「ごめん、待たせちゃったね」

「いいえ。女人の服は手間が掛かるもの。気にして居りませぬ」

と、ラファエラのほうを見て微笑んだ。

「矢張り。見立て通り、其の色は似合いますね」

 褒められた、と嬉しくなっていると

「此方へらして下さいまし」

そう、フォラクスが手招きをする。

「なに?」

招かれるまま近付くと、彼は背後に回った。そのままラファエラの髪に何かを塗り始める。随分と慣れた手付きのようだ。

「髪を結って差し上げる」
「え、結ぶだけでいいよ?」

縫っているのは整髪料だろうか、と思いながら彼に言葉を返す。

「御遠慮召されるな。折角です、御髪おぐしかんざしを挿してみましょう?」
「なに?」

いう間にするりと髪が巻かれてゆく感覚があった。最後に何か硬いものが頭皮に触れる。それから、きゃらきゃらと高い音が聞こえた。

「其れと。化粧を少々、致しましょうね」
「わ、いいよ、そんな」

前側に回り、彼はラファエラに目を閉じるように促す。止めても聞かないなと思ったので、おとなしく目を閉じた。

×

「完了致しました。似合うておりますよ」
「そうかな? お面で顔隠しちゃうけど」

 差し出された手鏡越しにラファエラは自身の顔を見る。目を凝らせばようやく判別できる程度に薄っすらと肌を白く塗られ、目元や口元に淡く赤い色がついていた。
 少し頭を傾け髪のほうを見ると、五枚の花弁の鮮やかな色合いの花を模した飾りが付いている。きゃらきゃらとした音はその飾りの一部からするらしい。

「良いのです。貴女が化粧をしていると
「うん?」

 よくわからないが、変ではないので良いか、とラファエラは思うことにした。

「髪を揚げているのも良い」

にこ、と目を細めるフォラクスに、なんとなく頬に熱が集まる。

「こういうのが好きなの?」

 照れを隠し、そう聞いてみと

「いいえ。貴女に似合っているので良いのです」

そう、彼は答えた。

「え」
「では、祭りに行くついでに貴女の要望通りに街を歩きましょうか」

戸惑う間にフォラクスが提案をし、外へ出ることにする。


「なんか雨降りそうな空気なのに、雨が降ってないから、ちょっともやもやする」

 空を見上げながら、ラファエラは呟いた。

「……ふむ。分かりますか」

「うん。山とか入ったら天気はすぐに変わるから、空気の気配のは気を付けてるんだ」

成程なるほど

×

 街は少し賑やかで、二人と似た格好の者が多く居た。

「なんだか結構活気があるね」

「そうですねぇ。庶民区域此方上流区域向こうでは、少々仕様が変わりますから」

 フォラクスは微笑む。

 と、

「あ、アンタ来てたのか」

突然、若い男性がフォラクスに声をかけた。近くに野菜を並べた店があるので、その店の者だろうか。

「この間のまじない、すっごく効いたんだ、助かったよ」

 男性は手が届くほどの距離にまで近付き、会話を続ける。

「……だれ?」

やや近い気がするその距離に驚き、少しフォラクスの影に隠れるようにしてラファエラは問う。

「以前、怪我をしておられた方です。の節はどうも。未だ痛むようでしたら医者に診て貰いなさい」

「そうだな、金があればなぁ」

フォラクスの言葉をけらけら笑い飛ばす男性に、フォラクスは小さく溜息を吐いた。

「……まじないは万能ではないのですよ」

「わかってるって。いやぁ、助かったから礼をさせてくれよ」

いうなり、男性は店の奥に引っ込み

「ほら、形は悪いが出来の良い野菜だ。うまいやつだから持っていってくれ」

と、大きな葉野菜をフォラクスに押し付けるように手渡したのだった。

「なぁ、そこの小さい別嬪べっぴんさんはどうしたんだい」

「わ、わたし?」

 男性はフォラクスの影に隠れていたラファエラに気付き、問いかける。

「娘さんかい? それにしちゃあ随分育ってる気もするが」

「…………伴侶になる予定の方です」

目をやや横に逸らしながら、フォラクスは答えた。その言葉にラファエラは頬が熱くなる。『相性結婚』で出会ったのだから当然の話だが、それが嬉しかったのだ。

「へぇ、そいつぁ大変だなぁ」

 言いながら男性はもう一つ、根野菜を取り出し

「じゃあその別嬪さんに免じてもう一本付けてやるよ」

押し付ける。

「じゃあなー」

そして、男性は用は済んだとばかりにさっさと去った。

「……押しがすごかったね?」

 遠ざかる背中を眺め、ラファエラは呟く。

「…………そうですね」

曖昧に微笑み、フォラクスは相槌を打った。

 そして。

「最近、見かけないからどうしたもんかと思ってたんだ。これやるよ」
「へぇー、嫁さんもらったのか。じゃあもう一つおまけだ」
「可愛い子だねぇ、これあげるよ。お食べ。アンタもでっかいんだからよく食べるだろ、これ持っていきな」

 というのを道中で数度繰り返し、いつのまにか大量の野菜や魚、肉、果物、米、菓子などを受け取る羽目になっていた。
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