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179:背理の枝。
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次の夜。
フォラクスは帰ってくるなり、出迎えに来たラファエラを静かに見下ろし、
「気の所為では無い様ですね。矢張り、知らぬ男の臭いがします」
と、少し顔をしかめた。
「におい」
突然変なことを言い出したぞ、とラファエラも怪訝な顔をする。
あの時、一瞬だけにおいを嗅がれていたかのような気がしていたが、気のせいではなかったらしい。
「ああ、矢張り彼女を外に出した事は間違いでしたかね。魂の気質を鑑みれば、余計な虫が付くと予想は出来た。然し、人除けの呪いを施せば店の客足に影響が出るだろうと控えて居りましたのに。男避けも客層に問題が出ぬ様にと態々施さなかったというのに」
「なに?」
口元に手を遣り、フォラクスは低い声でぶつぶつと言葉を零す。それにラファエラが問うも、彼は聞いていない様子だった。
「此の儘では依り面倒な虫が付く。貴族やら権力持ちに言い寄られでも為れば、平民である彼女も拒めぬでしょう。全く妖精の気質とは厄介なものですね……他者を引き寄せる魔性の魂、でしたか。……兎も角。私の、…………に手を出されては堪らぬ。早々に対処をせねば。取られてなるものか、奪われて堪るものか」
言葉も早口で、何を言っているのかさっぱりだ。取り残されたような気分になり、ラファエラは口をへの字にする。
「何方ですか」
「なにが?」
眉間にしわを寄せ問いかけるも、彼は答えてくれる様子がない。ラファエラの問いかけを無視して
「……いえ。貴女の口から男の話が出るのは聞きとう無いので、此方で」
「んむ、」
呟くなり、口を塞ぐように頬のあたりを掴まれる。そして、彼の虚ろな目と視線を合わせられた。
常盤色の深い緑の虹彩は相変わらず綺麗だが、その奥にある魔獣の様な色は。
思考していると以前の彼に無理やり目を合わせられた時のように、目の奥がフォラクスの目線と繋がったかのような感覚に陥った。
すごく嫌な感じだ。中身を暴かれるような、無理矢理剥ぎ取られるようなそんな気持ちになる。
「……はて」
それから数秒後、彼は首を傾げる。
「え、何?」
急に何をするのだと、ラファエラはフォラクスを見上げた。
「…………記憶して居ない程に、如何でも良い方……という事ですか」
「……」
その声色は、心底安心している様子だった。しかし、ラファエラの心境は心底よろしくない。彼の発言からするに、今の行為で、彼が『記憶を見た』らしいと知ったからだ。
どういった方法かは知らないが、勝手に人の記憶を覗くなんて、と、自由を奪われた心地になった。
「……成らば、其れで宜しいのです」
そう薄く微笑み、フォラクスはラファエラを抱きしめようとする。
「ね、なんかそれいや」
腕を胴体に回された時、彼女は彼を見上げてやや硬い声で訴えた。引き寄せようとするそれを、彼の胸板を押し抵抗の意を見せる。
「何故」
「なんか嫌」
顔をしかめて告げると、フォラクスはやや不快そうな表情になった。
「……………………私を、拒むのですか」
声の温度が少し下がる。
「そういうつもりは、無かったんだけど」
ラファエラが何となく『いや』だと感じたのは、彼からの接触を無自覚に『捕獲されている』と感じているためだった。事実、彼は腕の中に彼女を捕らえることで安心しようとしているのだ。
「……それに、においの話だったら、きみだってちょっと女の人の香水のにおいするよ」
フォラクスを振り向き見上げ、ラファエラは告げる。
「女物……あぁ、此の間に私の研究室へ就いた部下のものでしょうか」
なんともない様子で彼は答えた。
「え、部下って女の人だったの?」
女性の宮廷魔術師は珍しいと驚く。
「……他の人は?」
「私の様な出来損ないの元に人が集まるとお思いで?」
問えば、彼はハッと自身を鼻で笑った。
「きみは出来損ないじゃ無いと思うけど」
言っても、どうせ彼は認めてくれない。そういう風に気質が歪んでいる。
「まあ。奴以外に劣るつもりは有りませんが。私の話等、如何でも良いのです」
「んー」
どうでもよくないよ、と言い返す前にフォラクスはラファエラに詰め寄った。
「私という者が居ながら、他の男に言い寄られているとは」
「へ?」
「いけません。えぇ、実に宜しくない」
「何の話?」
聞いても答えてくれないことは知っていた。
「抑、如何して貴女は……周囲の好意に随分と鈍く、其れでいて周囲に好意を振り撒くのでしょうね。私の腕に捕えてしまえば、其れは無くなるのでしょうか」
低く呟き、彼は何か思考している様子だ。
凄く、悲しくなった。
「(……落ち着こう。)」
ラファエラは、小さく、深呼吸をする。
「ね。わたしって、そんなにきみから離れそうに見える?」
「……突然、何ですか」
「なんでもないよ。もういいもん」
すごく、重い。
「……『もう良い』とは?」
「…………なんでもないよ」
『支えを欲して伸びる枝は、やがて支えを締め上げて殺す』なんて話を、少し思い出した。
フォラクスは帰ってくるなり、出迎えに来たラファエラを静かに見下ろし、
「気の所為では無い様ですね。矢張り、知らぬ男の臭いがします」
と、少し顔をしかめた。
「におい」
突然変なことを言い出したぞ、とラファエラも怪訝な顔をする。
あの時、一瞬だけにおいを嗅がれていたかのような気がしていたが、気のせいではなかったらしい。
「ああ、矢張り彼女を外に出した事は間違いでしたかね。魂の気質を鑑みれば、余計な虫が付くと予想は出来た。然し、人除けの呪いを施せば店の客足に影響が出るだろうと控えて居りましたのに。男避けも客層に問題が出ぬ様にと態々施さなかったというのに」
「なに?」
口元に手を遣り、フォラクスは低い声でぶつぶつと言葉を零す。それにラファエラが問うも、彼は聞いていない様子だった。
「此の儘では依り面倒な虫が付く。貴族やら権力持ちに言い寄られでも為れば、平民である彼女も拒めぬでしょう。全く妖精の気質とは厄介なものですね……他者を引き寄せる魔性の魂、でしたか。……兎も角。私の、…………に手を出されては堪らぬ。早々に対処をせねば。取られてなるものか、奪われて堪るものか」
言葉も早口で、何を言っているのかさっぱりだ。取り残されたような気分になり、ラファエラは口をへの字にする。
「何方ですか」
「なにが?」
眉間にしわを寄せ問いかけるも、彼は答えてくれる様子がない。ラファエラの問いかけを無視して
「……いえ。貴女の口から男の話が出るのは聞きとう無いので、此方で」
「んむ、」
呟くなり、口を塞ぐように頬のあたりを掴まれる。そして、彼の虚ろな目と視線を合わせられた。
常盤色の深い緑の虹彩は相変わらず綺麗だが、その奥にある魔獣の様な色は。
思考していると以前の彼に無理やり目を合わせられた時のように、目の奥がフォラクスの目線と繋がったかのような感覚に陥った。
すごく嫌な感じだ。中身を暴かれるような、無理矢理剥ぎ取られるようなそんな気持ちになる。
「……はて」
それから数秒後、彼は首を傾げる。
「え、何?」
急に何をするのだと、ラファエラはフォラクスを見上げた。
「…………記憶して居ない程に、如何でも良い方……という事ですか」
「……」
その声色は、心底安心している様子だった。しかし、ラファエラの心境は心底よろしくない。彼の発言からするに、今の行為で、彼が『記憶を見た』らしいと知ったからだ。
どういった方法かは知らないが、勝手に人の記憶を覗くなんて、と、自由を奪われた心地になった。
「……成らば、其れで宜しいのです」
そう薄く微笑み、フォラクスはラファエラを抱きしめようとする。
「ね、なんかそれいや」
腕を胴体に回された時、彼女は彼を見上げてやや硬い声で訴えた。引き寄せようとするそれを、彼の胸板を押し抵抗の意を見せる。
「何故」
「なんか嫌」
顔をしかめて告げると、フォラクスはやや不快そうな表情になった。
「……………………私を、拒むのですか」
声の温度が少し下がる。
「そういうつもりは、無かったんだけど」
ラファエラが何となく『いや』だと感じたのは、彼からの接触を無自覚に『捕獲されている』と感じているためだった。事実、彼は腕の中に彼女を捕らえることで安心しようとしているのだ。
「……それに、においの話だったら、きみだってちょっと女の人の香水のにおいするよ」
フォラクスを振り向き見上げ、ラファエラは告げる。
「女物……あぁ、此の間に私の研究室へ就いた部下のものでしょうか」
なんともない様子で彼は答えた。
「え、部下って女の人だったの?」
女性の宮廷魔術師は珍しいと驚く。
「……他の人は?」
「私の様な出来損ないの元に人が集まるとお思いで?」
問えば、彼はハッと自身を鼻で笑った。
「きみは出来損ないじゃ無いと思うけど」
言っても、どうせ彼は認めてくれない。そういう風に気質が歪んでいる。
「まあ。奴以外に劣るつもりは有りませんが。私の話等、如何でも良いのです」
「んー」
どうでもよくないよ、と言い返す前にフォラクスはラファエラに詰め寄った。
「私という者が居ながら、他の男に言い寄られているとは」
「へ?」
「いけません。えぇ、実に宜しくない」
「何の話?」
聞いても答えてくれないことは知っていた。
「抑、如何して貴女は……周囲の好意に随分と鈍く、其れでいて周囲に好意を振り撒くのでしょうね。私の腕に捕えてしまえば、其れは無くなるのでしょうか」
低く呟き、彼は何か思考している様子だ。
凄く、悲しくなった。
「(……落ち着こう。)」
ラファエラは、小さく、深呼吸をする。
「ね。わたしって、そんなにきみから離れそうに見える?」
「……突然、何ですか」
「なんでもないよ。もういいもん」
すごく、重い。
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