転生者・西野森青葉は、史上最強の勇者だった。

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第7話 勇者の秘密と静かな決意

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 湯屋を後にして、勇者パーティはめいめいに帰路に着いた。
 普段であれば風呂上がりに飲みにいくのがお決まりではあったが、翌日から魔王討伐の準備をしなければならないことを考慮すると、万一にでも二日酔いで動けないなどという事態は避けたかったのだ。
 あらゆる回復薬が揃う世の中ではあるが、未だ二日酔いを瞬く間に治すような薬は生み出されていないのである。

 ともあれ、そうしてひとり宿に戻った我らが勇者、アオバは部屋に着くや否や、電池が切れた人形のようにベットに倒れ込んだ。エレガントバードの羽毛がこれでもかと敷き詰められた高級布団が、ばすんと音を立てる。そのまま大きく息を吸い、枕に顔を埋めると──

 「あああああああああああああああああああああああああああああああ疲れたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 勇者、絶叫である。

 「今日もなんとか乗り切ったー!もう本当に大変だった!何度も死ぬんじゃないかってヒヤヒヤした!!!なんで生きているのかっていう今日だった!!!!」

 堰を切ったように溢れ出る弱音の数々からは、普段の飄々とした様子は見る影もない。どころか、その矛先はパーティメンバーへ向かう。

 「いやさ、魔獣が怖いのはいつものことだよ。それはいいんだよ。百歩譲ってさぁ⁉︎だけどさ、何で俺だけ5体もタゲ引きつけてるの⁉︎おかしいでしょ!だってルークとか一体だぜ?終わった後とかめっちゃヨユーみたいな顔して合流したけどさ、いや誰か助けてよ!ってめっちゃ思ったんだからな!!!!」

 そこまで言うと、勇者は枕から口を話し、肩で大きく息をする。そして次の瞬間、苦悶の表情を浮かべた。

 「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!またこれだ!毎日これだ!!!!痛い痛いいいいいいいい──」

 再度の絶叫もそのままにベッドから出て、棚までずるずると這い進む。ガサゴソとやって小さなビンを取り出すと、木べらで中の軟膏をかき出し、腕と足に塗っていく。

 そのビンには「部分痺れ薬」との記載があった。痛みを誤魔化すために、彼は腕と足を痺れさせたのである。もちろん効果が切れるまで、アオバは動けない。棒のようにピンと伸びた姿勢で床にしばらく横たわることになった。その目からは一筋の涙が溢れる。

 「どうして俺ばっかこんな目に……」

 こんな惨めな地獄を毎日帰ってから味わっていることを知る者は、いない。

---

  再三になるが、アオバは決してとりわけ勇敢でも、傑出して精神が成熟しているわけでもない。彼はとにかく見栄っ張りで、責任感が強いだけなのだ。

 彼が持つスキルがそんな彼の性格と強い親和性を持っていた、それが不幸なことに彼を勇者に押し上げてしまったのだ。

 そんなアオバの能力、それは【超再現オーバートレース】である。

 彼は何を隠そう、その場にいる人間の能力であればそれを本人以上に使いこなすことができるのだ。動物や魔獣などの人外や、魔族のスキルには適応できないとはいえど──

 ルークの炎剣も、
 ワタリの耐久も、
 ミサキの回復も、
 ミラの魔術も、

 たちどころに使いこなしてしまうのだから、その能力の規格外さは推して知るべしであろう。
 しかし、それだけでこの能力は完全無欠にして無敵である──と結論するのは早計というものだ。強大な能力にはそれなりの対価があり、突出した性能にはそれに見合うだけの大きなデメリットがある。

 まず、この能力の使い勝手は恐ろしいほどに悪い。

 魔法をはじめとした技能スキルは己の魔力をそれに見合った形で放出して初めて発揮される。それに至る工程は決して少なくない。たとえば炎剣はルークの中にある炎の魔力を丹田で練り上げ、それを掌から放出したものを剣に纏わせて、留めておき、それを用いて斬りつけることでようやく攻撃として成立する。大雑把に言えば魔力錬成・魔力放出・魔力操作・剣技ソードスキルの4要素が必要になるわけだ。

 ひとつの技能ですらそれだけ頭を使う工程があるのだから、それを細かにスイッチして戦うとすれば、信じられないほど高速で頭を回し続けなければならないわけだ。しかも激しく体を動かしながら。フラッシュ暗算をしながら曲芸をするが如き難しさ、である。

 能力を高度に使えることと、能力を簡単に使えることはまったく別の意味を持つ──という話。

 そして第二にして最大の欠点が、先ほどアオバが苦しんでいた壮絶なまでの反動だ。

 彼の身体能力が普通であることは再三述べているわけだが、その普通の器で超常の力を振るうのだから

 本来自分が使えるわけがない能力をスキルによる補正で無理やり再現しているような状態──それに耐えかねた体が夜な夜な大きすぎる悲鳴を上げるのである。

 その苦痛はどんな回復薬を使っても逃れられるものでも軽減できるものでもない。だからこそアオバはああやって苦肉の策として麻痺させることでどうにか痛みと付き合っているわけなのだが、とかく辛すぎる。

 ただ、唯一救いなのは気を張っている場面では痛みが押し寄せてこないことだろうか。そのため、未だパーティメンバーにもこの秘密はバレていない。

 しかし、そもそもなぜアオバはこの能力について誰にも語らないのだろう。その弱点を話してしまえばパーティで対策を立てられるし、そもそもアオバへの負担だって減らしてくれるだろうに。

 実はアオバは以前の世界ではサッカー強豪校である高校サッカー部のエースを務めていた。いや、それだけではない。小学校5年生から転生の直前まで彼はずっとエースであり続けた。
 彼がサッカーを始めたのは小学校2年生。そこからサッカーにのめり込み、死に物狂いで練習をして上り詰めたエースの座を、彼は決して譲りたくないと考えていた。チーム全体から頼りにされることを、余裕を持って団体を鼓舞することを、彼は誇りに思っていたのだ。しかもそれは泥臭くやっていたら格好がつかない。血の滲むような努力は影でこそ光るのだ──そんな美学は、彼の生き様であるとも表現できる。

 ただ、アオバがスキルについて語らないのはそれだけが理由ではない。

 彼自身が抱える罪悪感も、彼の口を重くした。この能力は自分がどれだけ努力したかではなく、他人の努力次第で強くなっていくものである。だからアオバはそれを、「まるでいいところを掠め取っているみたいだ」と考えていた。他人が研鑽してきたものを我が物顔で使う──そんな太々しいコソ泥みたいな能力を喧伝したくない、知られたくないという思いが深く心に根ざしているのだ。彼の能力にしたって、使い方を覚えるまでには並々ならぬ苦労があったのに。

 自尊心と劣等感──信条と罪悪感が入り混じった結果、彼は求められることならなんでもこなそう、成果はなるだけ他人に還元したいと思うようになった。血の滲むような努力と、身を灼くような痛みを裏にひた隠しにして。

 そんな決意の果てが皆に褒めそやされ、崇め奉られる「勇者」だったのは本人としてはとても皮肉なことであるが。

 「俺なんて、ハリボテなんだよな……」

そんな勇者ことアオバはようやく痺れと痛みが取れたので再度ベッドに身を横たえながら、呟いた。このセリフも、もう何度目になるだろうか。

 「俺は自分がどうしても勇者だなんて思えないんだよ。ただ与えられた技能が良かったから──否、卑怯なくらい強かったからせめてみんなの役に立とうと頑張ってきただけでさ」

 アオバはわかっているのだ。「勇者」が自分には重すぎる称号だということを。

 「だから、そういう意味でも魔王討伐は怖いよ。俺は自分が絶対に勇者に相応しくないことを知っていて、だけれど勇者として魔王と向き合わなくてはならなくて──」

言葉を一瞬切り、アオバはしばしの逡巡の後、淡々と言葉を紡ぐ。

 「怖いよな。どう転ぼうと、これまで通り勇者を演じる平和な日々はやってこないんだろう。なんにせよ、俺のメッキは剥がれるはずだ。自分の存在が根底から揺らぐ──どころか死んでしまう公算の方が高いのかもしれねぇ。でも、だとしたらと俺は希っているのさ」

 その声には、痛みに取り乱していた時の情けなさはなく、勇者として過ごしている時の虚飾もなく──

 「俺の屍を超えて、本物の勇者が魔王を討たんことを」

 そこには、ただ静かで悲しい決意だけがあった。

 そして、アオバは目を瞑る。
 それは眠るためではない。彼は毎日かつての罪を遡り、勇者としての自分を奮い立たせているのだ。
 かつての罪──そもそもの始まり。
 それこそがもしかすると彼がこのような生き方を続けられている一番の原動力なのかもしれない。いや、それは原動力なんていう美しい言葉で装飾できるほど、綺麗なものではないだろう。

 この世界に足を踏み入れたあの地獄の1日を──アオバが喚び込んだ地獄を、彼は静かに、噛み締めるように思い出し始めた。
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