魔法道具発明家ジュナチ・サイダルカ

楓花

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(3)ようこそ、サイダルカの家へ

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 さあ始めが肝心だとジュナチは気合いを入れる。ずっと妄想していたゴールドリップと話す瞬間だった。深呼吸してから、自己紹介を始める。
 「はじめまして、ゴールドリップ。私はジュナチ・サイダルカ。こっちの人はダントン・サイダルカだよ」
 ダントンを指さしたジュナチの指先は、力を入れすぎて少し震えている。呆れ顔のダントンから視線をずらし、床にいるルチアーナ――ゴールドリップと特定した少年――を見る。
 「聞いてないぞ」
 「おい! 外せよコレ!」
 ダントンの言葉のとおり、自分のことで精一杯なルチアーナは体をくねらせながら声を張り上げて、もがいていた。
 「外さないよ。魔動作で逃げるでしょ」
 ジュナチは首を横に振った。
 「魔動作」とは、魔法を発動するときに行う体の動きだ。例外もあるが、一般的には手を強く握って開くのを魔動作と呼ぶ。子供のころ、魔法の知識がないジュナチにダントンがそう教えていた。
 それを防ぐために、ジュナチの前に転がっている少年は、後ろ手にされた両手に鉄のヘビがぐるぐると巻きつき、上半身は全く動かせないように固定されている。
 「これ、誘拐だろ! あのサイダルカは犯罪者なのかよ!?」
 ルチア―ナが吠えるように強く問えば、
 「そう思うのは当然だよね。でも、そしたらあなたの家族が騒いで、ゴールドリップの関係者に会えるかもしれない。それもいいって思ってる」
 誘拐犯と言われることまで妄想済みだったジュナチは、ルチアーナの言葉に静かに同意した。彼女のその堂々とした態度に、床に転がっているルチアーナは顔をしかめた。相手がどこまで本気で言っているのか、見極めようとしているようだ。ジュナチはルチアーナを見つめながら、頭の中で妄想が広がっていく。ゴールドリップの家族と楽しくおしゃべりをする姿を想像をして、口元が緩んだところだった。
 「何がしたいんだよ…」
 ジュナチが何を考えているのかわからないルチアーナは、困惑しながらつぶやいた。その声にハッと現実へ戻り、ジュナチはかつてシミュレーションしたように、自己紹介後に「提案」をした。
 「あなたに、私のお願いを聞いてほしいの」
 「はあ~? 縛った上にお願いって、」
 バカなの?と、相手を蔑むように眉間にしわを寄せたルチアーナを無視して、ジュナチは彼に近づく。
 「事情があるんだよ。だけど、その前に…」
 見下したままだと話しづらいので、近くのソファーへ移動させようとした。しかし、ジュナチが彼に触れる前に、ダントンが横入りして軽々とルチアーナを持ち上げ、乱暴にソファーへ投げた。
 「いて…っ」
 不満たっぷりにルチアーナが言うと、ダントンは威嚇するように睨み返して、元の場所に戻る。ジュナチには「無防備に近づくな」と目で合図を送った。ジュナチはその意味が汲み取れず、ルチアーナを移動をしてくれた彼にお礼を言ってから話をつづける。
 「最初に伝えたいことは…」
 ジュナチは、自分の「提案」がルチアーナの中で好感触ではないのを理解していた。そのため、まずは彼をリラックスさせ、自分を少しでも受け入れてもらい、そのうえで詳しく「提案」を話そうと決めた。
 「あなたの正体が、ゴールドリップなのは見破っている。この魔法道具であなたの唇の色が見えるし、本当の姿がわかるからね」
 ストールで隠れていた首元のゴーグルを取り出すと、ルチアーナは見たことがない魔法道具に惹かれたようで、じっとそれを観察した。
 「———、そんな道具あるんだ」
 「あなたを見つけるために初代が作ったの」
 「初代、ね…」
 ルチアーナが納得したようにつぶやいた。相手が自分の話に耳を傾ける様子に安心しながら、ジュナチは説明を続ける。
 「それでね、もうそんな風に姿を変えなくても大丈夫。魔法を解いていいんだよ」
 「解くわけないだろ」
 強い否定をされたのは自分が信頼されていないせいだと思い、ジュナチはもう一度言葉を選びながら伝えた。
 「姿を変えているのって、ずっと魔力を使って疲れるって聞いたことがあるの。だから、ここにいる間はそうしなくて大丈夫。ここには私とダントンしかいない。2人ともあなたの味方だよ」
 悪気はないのが伝わったのだろう、ため息をついてルチアーナは首を横に振った。
 「事情があるから、元の姿には戻らないんだ」
 さっきよりも丁寧に拒否をした。
 ルチアーナはちらりとダントンを見た。威嚇するように睨んでくる彼が、自分の味方にはとても見えなかった。目の前にいるジュナチのほうは、必死に自分へ語り掛けてくるため、まだ信頼が少しはできる。だけど、それはほんのひとつまみだけ。どんな言葉を言われようと、あの発明家「サイダルカ」だとしても、ルチアーナは初対面の人間を信じない。しかも拘束と拉致までしている少女にどんな裏があるのか、探るように見つめる。
 「そっか、ダメなんだね」
 ジュナチが天井を向いて、うーんと唸った。変身を解くことを拒否され、相手はまったくリラックスしていない。不信感を持たれていることがバシバシと伝わってくる。この後は何を話すべきか悩んでいた。
 「今の状態のまま、私のお願いに応じてもらえる確率ってすごく低そう。どうしようかな…」
 本当はここでゴールドリップが本来の姿に戻れば、少しは信頼関係が結べる算段だった。なぜならとっておきの「プレゼント」も用意していたからだ。それを渡した後、「お願い」を話し、お互いを理解し合い急速に仲良くなる、という甘い読みをジュナチはしていた。
 想定していた話の流れが途絶えて、ジュナチは頭の中が真っ白になった。一から考え直そうとして黙り込む。ルチアーナは拘束したくせにまったく敵意がない相手を不気味に思い、今の状況を少しでも変えたくなった。反応を探るために唐突なことを言う。
 「じゃあ、話は終わりだね。元の場所に返してよ」
 「え!? あなたを逃がすわけないよ!? それはないから! 今、次どうしたらいいか考えてるから待って…!」
 ジュナチが急に大声をあげて、ダントンとルチアーナが目を開く。ルチアーナは、穴が開くほど見つめてくる彼女が何を考えているのか知りたくなった。先の言葉を促すように顎をくいとあげて、言う。
 「わかった。あんたのお願いを話してみてよ。伝説のとおりに「魔力が欲しい」とか? 残念だけどさっき言ったように、僕は魔法が使えないからその希望には答えられない。魔力の伝授は、魔法を使う以外できないからね」
 「それって、ゴールドリップは本当にナシノヒトをマホウビトに変える力を持ってるってこと?」
 「そうだよ」
 「すごい! 伝説は本当なんだね!」
 誰もが欲しがる力の存在を肯定されて、ジュナチがパッと明るく微笑んだ。その表情はとても幼く、ルチアーナは相手を愛らしいとさえ感じた。そして、「自分の命を狙う人々」と同様に、彼女も魔力を求めていることにイラつきもした。
 「魔力はやれない。命令されても、拷問されてもね」
 厳しい口調で吐き捨てるように言えば、ジュナチは焦ったように頭を振った。相手の急激な強い怒りを感じて、驚いていた。
 「私は、魔力をもらおうと思ってないよ。別の目的があるから…」
 「目的って?」
 ルチアーナの詰めるような問い方に、ジュナチの目が泳ぐ。思うままに話していいのか、どうするべきなのかわからなくなっていた。そのとき、机の上に置かれていた『サイダルカ家の歴史』が視界に入る。最初のページの文言を、一言一句たがわずにジュナチは言う。それはまるで刷り込まれたようにすらすらと。
 「私は、 “ゴールドリップが自由になり、ナシノビトが不自由しない世界を” 作りたいの」
 そして、常に考えていた言葉を続けた。それにはジュナチの強い意志を乗せていると、ルチアーナは察した。
 「これは「サイダルカ一族の信念」なんだ。魔法が使えないナシノビトにとって不満がない世界にしたい。そして、魔力伝授ができるゴールドリップを求める必要がなくなってほしいって意味。私はその信念を実行したいの」
 まっすぐにルチアーナを見ていたジュナチは、目を伏せた。極悪人も聖人も山のように見てきた彼は、ジュナチの様子に違和感を覚える。
 「それで?」
 彼女が何かを隠していると気づき、先を促す。それと同時に、ジュナチの言葉が、『サイダルカ家の歴史』から引用されているものだとわかった。その文は、ルチアーナが捨てた希望を思いださせる。
 (…自由になれたらいいのに)
 今までの人生を振り返ると、「いつも誰かに狙われている」恐怖を常に感じていた。それが消えてほしいと望む気持ちをこらえる。この運命は受け入れなくてはいけない。相手の言葉に惑わされるな。そう自分へ言い聞かせた。
 黙ったままのジュナチへ、ルチアーナは強い口調で言う。
 「何も言わないなら、これで終わりだ」
 次の返事によっては、相手を物理的に傷つけても絶対に逃げてやる、と心に決めた。だけど、伝えた言葉の裏に「気持ちを伝えれば状況が変わる」可能性があるのだと、ジュナチに理解してほしいとも思っていた。
 「―――、」
 ジュナチは、蔑まれてもいいと思いながら心の声をゆっくりと口にする。
 「私は発明家としての才能がない。このままじゃサイダルカなのに、魔法道具を発明しなかった人として終わる。絶対にそうなるってわかるの」
 ジュナチの後ろに控えていたダントンは、ため息をついた。思い込みが激しく、自己肯定感が低いジュナチの思考は、子供の頃から変わっていないと残念に思った。彼はかつて、魔法道具が作れなくて泣いているジュナチを何度も慰め、前を向けと背中を押していた。彼の励ましが、彼女に届かなかったことに寂しくなる。ダントンの心など知らず、ジュナチは言葉を続ける。
 「…だから、他の道を選びたい」
 壁に掛けられた額縁に納まる国王からの感謝状を見て、マントを握る。ずっと胸に秘めていた気持ちを、誰かに打ち明けるのは初めてだった。魔法道具が思い浮かばなくて、落ち込む毎日をやめたい。そう本当はずっとずっと思っていた。
 「ゴールドリップを「自由にする役割」を務めたいって思った。サイダルカ家は自分たちも狙われていた経験があるから、身を隠すスベを持っている。それを使えば、ナシノビトに狙われているゴールドリップを、いざと言うとき絶対に守れる」
 ジュナチの「絶対に」という言葉に、ルチアーナは反応した。それが叶うならどんなにいいだろうと、彼女に手を伸ばしたくて体がうずいた。
 ジュナチは緊張で唇が渇きながら、話し続ける。
 「身の安全が保障されていれば、あなたは自由に人生を楽しめるでしょ? そしたら私は「サイダルカの信念」を守れるって思ったの。いつも家族に言われていた “ゴールドリップとナシノビトのために全てを懸けろ” って約束も半分は果たせる…」
 自分に言い聞かせるように一度うなずいてから、ジュナチはもう後に引けないと心の内をさらした。
 「あなたを支える人生を選べたら、私は発明家じゃなくても、誇りをもってサイダルカとして生きていける」
 部屋に散らばる魔法道具がジュナチの視界に入る。本棚に置かれた一族の茶けた研究ノートも。白紙のページばかりの自分のノートも。
 「これが本心。私は私の誇りのために、あなたを助けたい。…ごめんなさい、こんな悪い理由であなたを無理矢理つかまえて、すがってるんだ」
 最後は苦しそうに顔をゆがませて笑ったジュナチを、ルチアーナは愉快だと思った。ずっと試すような鋭い視線を送っていたが、頬が緩んで、ふふふと控えめに笑う。
 「謝んなくていいよ、あんたって可愛い」
 「か、かわい…?」
 とまどうジュナチを無視する。
 「すごく優しくていい子だよね。どこが悪い理由なの? あんたが悪いと思っていることなんてさして悪くないよ。世の中にはもっとひどい奴がいるんだから」
 ルチアーナは過去の記憶を呼び起こして、胸が苦しくなった。ゴールドリップを狙う人々の残虐さに比べたら、目の前の少女の「お願い」なんて、ハッピーエンドが約束されたおとぎ話のように甘ったるいと思った。
 「とってもかわいいなぁ…」
 「き、気を遣わなくていいよ。私は、あなたみたいに美人じゃないもん」
 ジュナチは、ルチアーナが言う「かわいい」が「考えが拙い」という意味合いで使っていることに気づかず、容姿のことだと勘違いして訂正をした。顔が赤くなり、言われ慣れていない言葉に慌てた。その様子を見て、言葉の意味のすれ違いを指摘しないまま、ルチアーナはジュナチに聞く。彼にとって、とても気になる言葉をもらったからだった。
 「美人?」
 「うん、すごく…」
 「そのゴーグルで見えるのか。いいな、僕は元の姿をもうずっと見てないから」
 「そうなんだ…? 魔法が使えないから?」
 ジュナチが首をかしげながら聞けば、するりとルチアーナは自分の秘密を話す。澄んだ目と見つめ合っていたら、彼女の疑問に答えたくなった。
 「ゴールドリップが魔法を使えば、国王の使いに殺されるんだよ」
 前に立つ2人が息を詰めたのに気づきながら、続ける。
 「魔法が発動した「匂い」をすぐに嗅ぎつけて、奴らがやってくる」
 固く口を閉じたジュナチは、眉間にしわを寄せる。ゴールドリップがなぜ国王から逃げているのか疑問に思う。そして、話の矛盾が気になった。
 「でも、魔法を使ったから今は変身した姿でいるんだよね。それなら、もうすでに殺されているはずじゃないの?」
 ジュナチは戸惑いながら、唇に手を寄せた。これは彼女の考えるときの癖だった。
 「それはね…」
 ルチアーナは真実を話そうとしたとき、胸の鼓動がバクバクと聞こえ、心拍数が上がっているのに気付いた。自分がなぜこんな簡単に自分の秘密を伝えてしまうか、頭が整理できないまま口を開く。
 「ゴールドリップは何度も殺されている。殺されるたびに、ランダムでマホウビトにその力と記憶を移動していく」
 聞いたことがない話に、ジュナチとダントンは驚きで目を見開いた。
 「僕は13才のとき、自分の部屋にいたら体が急にすっごく熱くなった。収まった後に鏡を見たら唇は金色になって、そして「今までのゴールドリップたち」の記憶が一気に頭の中に入ってきた」
 ジュナチの目に力が入っていく。情報を一瞬も逃すまいと、前かがみになる。ダントンも話に集中しているのが、鋭い目の輝きからわかった。ルチアーナはそんな2人を見ながら、淡々と話し続ける。
 「その記憶が生き残る方法を教えてくれた。今までのゴールドリップがしたように「魔法で姿を変え、そのあとすぐに遠くへ飛べ」ってね。そして見知らぬ土地で、親に捨てられたナシノビトのふりをして生きていく。そうすれば追手に見つからず、一生を全うできるんだ」
 最初に魔法を使った場所には「匂い」が残ったせいで追手が来るから、そこには居れないのだろうと、ジュナチは話を聞きながらそう理解した。そして、続くルチアーナの言葉に引き込まれていく。
 「それ以降にもし魔法を使ったら、その人生はおしまい。必ず、国王の追手がやってきて殺される。そしてまた、次の人にゴールドリップたちの記憶と力が受け継がれる。そういう風にできているんだよ」
 信じる?と試すように聞かれ、ジュナチはうなずいた。彼の話がウソではないと確信を持った理由がある。初代のノートに「ゴールドリップは殺される前の日に、魔法を使った」と、書かれていたからだった。
 「今言ったことは、全部秘密にしてね」
 ジュナチとダントンは素直に頷いた。それを見たルチアーナはふっと口元を緩ませる。真実を伝えて後悔するかと思ったが、そうじゃなかった。なんだか、肩の荷が降りた気分になっている。2人から秘密がどこかへ漏れる気がしなかった。それはただの予感で、確実ではない。自分を拉致した人間に心を開くなんてありえないとわかっているのに、いつの間にか彼はジュナチが言う「お願い」を、受け入れ始めていた。
 (力を貸してくれサイダルカ! もう、逃げたくない…!)
 心のどこかで誰かが叫んでいる気がした。ジュナチはゴールドリップにすがっていると言っていたが、自分もジュナチ・サイダルカという存在にすがろうとしているのに、ルチアーナは気づく。
 (その選択は正しいの?)
 迷う心が突如現れ、目を閉じて心の中にある答えを探した。
 「―――、」
 ジュナチは黙っているルチアーナを見つめる。彼が命を狙われていることを理解して、改めて彼を「支えたい」と思った。自分のためにも彼のためにも行動したいと。今まではぼんやりと思っていたが、それは「決心」に変わった。だけど支える許可をもらえるか、自信がなかった。
 そして、そのために「国王」という思わぬ人物が邪魔になることに戸惑っていた。
 「…戻って」
 この先のことを考えながら、ジュナチはルチアーナの拘束を解いた。しゅるしゅるとヘビが杖に巻き付き、元の飾りに戻った。ルチアーナは驚いて顔を上げる。
 「おい、」
 ダントンが制しても、ジュナチは首を振った。彼女が再び拘束をする気がないと判断したダントンは、ルチアーナが不審な動きをしたら、すぐに彼女を庇えるように気を張った。
 「魔法が使えないならこんなこと間違っている。ごめんね、痛かったでしょ」
 「大丈夫…」
 両手が自由になったルチアーナは呆けていたが、すぐに薄い作り笑顔をした。ジュナチはそれを見て、自分の計画はすべて失敗したと確信する。不信感はぬぐえず、信頼関係も築けず、お願いを受け入れてもらえないとマイナスな予想をした。自分なんかが、彼の「支え」になる資格はないと自分を責めた。
 もう一度「元の場所に戻して」と言われたなら、すぐにそうしようと決めた。大変な人生を生きる彼を、引き留められるほどに自分の価値は高くないと思ったからだ。
 だけど、ルチアーナはソファーから動かない。ならばと思い、最後の賭けに出た。
 「ルチアーナ、今お茶を入れるよ。そしたら話をもう少し聞かせてくれない?」
 改めて客としてもてなすチャンスが欲しくて、ジュナチは手のひらをさしだした。さあどうなるどうすると緊張しながら、ルチアーナの様子を見守った。彼はまじまじと少女の小さな手のひらを観察していた。そしてゆっくりそれを握り返して、
 「僕の本当の名前は、ルチア。よろしくね」
 さっきとは違う暖かい視線と柔らかい笑顔で、何年かぶりに本名を口にした。
 ジュナチの予想は外れ、ルチアは彼女の支えを求めることに決めたのだった。
 
 
 一方、ジュナチたちが後に訪れる王都では、ダントンと年が近そうな男が公園のベンチで寝そべっていた。サラサラした白色のボブヘアーと丸い目を持ち、フェミニンな雰囲気を醸し出していた。
 「…ダルいですねぇ」
 彼は配達をさぼる常習犯で、オーナーに折檻されたばかりだった。それに悪びれるわけでもなく、またもサボって昼寝に入ろうとしていた。その口調は柔らかく、風に溶ける声だった。
 「ん? 痒い…」
 ふと音を拾わないほうの耳の裏がかゆくなった。そんな時はいい知らせが入ると彼は信じており、搔きながら笑顔になった。「ゴールドリップの噂」を彼はいつでも待っていた。
 「パース! 昨日はありがとう!」
 遠くから声をかけてきた女性と目が合った。道に迷っている観光客へ、街の案内をしたのを思い出す。パースと呼ばれた男は、人懐っこい笑顔で立ち上がった。
 「また道に迷ったんですか? かわいいキミに再会できるなんて、生きててよかったですよ」
 「やだぁ! ね、おもしろいでしょ?」
 「うん、めっちゃイイねッ」
 女性は隣にいた友人に話しかけて、2人で目を合わせて笑いあった。パースはそれを微笑ましそうに見つめる。
 「また道案内頼みたいの、お願いできる?」
 「もちろん。素敵な姫君をご案内できて光栄だなぁ」
 そう笑顔で言えば、2人が声をあげて笑った。その表情は褒められて、まんざらでないものだった。
  女性の横に並んでパースは歩き出す。2人の好きな食べ物を聞いて、街の地図を思い浮かべて行く店を決めた。観光で浮かれた表情をする女性たちを、パースは慈しんで見つめる。
 短い命のナシノビトもマホウビトも、せめて楽しい時間を少しでも多く過ごしてほしいと願いながら、とびきり調子がいい言葉をつらつらと重ねて、2人を笑わせていた。


つづく…
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