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第一話 優しい日常
第一話 六
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洗濯は朝食前に紫苑が終わらせていたので、夜桜は朝食の後片付けと掃除を紫苑の指南を受けながら初めてとは思えないほど手際よくそれらをこなした。
巳の刻を告げる鐘の音が薄雲のたなびく青空に響き渡る。
磨き上げた縁側を清々しい心地で見下ろし、夜桜がふうっと息を吐くと、庭の掃除をしていた紫苑が顔を上げた。
「こっちもちょうどきりがついたし、休憩にしよう」
紫苑は隣の縁側から室内に入り込む。そちらは紫苑の私室だった。
夜桜が掃除道具を片付け、手を洗って戻ってくるのとほぼ同時に、盆を持った紫苑も縁側に戻ってきた。盆の上には緑茶の入った湯飲みが二つと、落雁ののる小皿が一つ用意されている。
手を合わせて早速緑茶を口にする。
動き続けていたせいか喉が渇いていたこともあって、その緑茶はいつも以上に美味しく感じられた。さらに淡い桃色をした落雁を一つ、口の中で転がすと、ほろりと形が崩れ、じんわりとした甘みが舌の上に広がる。
夜桜に自覚はなかったが、無表情だった顔がほんの僅かにほころんだことに紫苑だけは気がついた。
紫苑が小さく微笑みながら「美味しい?」と訊けば、夜桜はこくっと頷きを返した。
それからまた短い間の沈黙が降りるが、不思議と気まずさはない。
春風に庭の花が揺れ、葉が擦れあうさわさわという音が沈黙を埋める。
風が止んだところで紫苑が口を開いた。
「家事をやってみてどう? 辛くない?」
「はい、辛くないです」
それどころか記憶を失う前の夜桜は家事をよくやっていたのかもしれない。記憶を思い出すことこそなかったが、体は馴染んだ動作をなぞるようによく動いた。
ただ部屋の中で過ごしていたときよりも表情をほのかに明るくする夜桜を見て、紫苑は微笑んだまま独り言ちるようにささやく。
「……そう。なら、良かった」
その微笑みは安心しているようにも嬉しそうにも見えるのに、今にも泣き出しそうな寂しさをも隠しているような気がした。
紫苑は時折こうして切なく痛々しい微笑を浮かべることがある。それが『美桜』にまつわることだと、さすがの夜桜にも察しがついていた。
『美桜』については全く気にならないわけではないが無理に訊こうとも思わない。
今の夜桜と紫苑の間柄で踏み入ったことを訊くのは憚られるし、夜桜としても今は誰かのことより自分のことを知るので手一杯だからだ。
今はただ、こうして穏やかな時間を過ごすことができればそれでいい。
そう思っていた矢先、この穏やかな時間に第三者の声が割り込んできた。
「紫苑ー? いるんでしょー?」
明るく朗らかな男性の声に、夜桜は跳びあがって驚いた。
警戒を露わにした夜桜は狐の耳と尾をぴんと立て、毛を逆立てる。
「楓か……」
紫苑は面倒そうにため息を吐くと、『楓』と呼んだ男性の声は無視して夜桜に向き直った。
「警戒しないで大丈夫。楓は一応、僕の同僚だから」
「一応同僚、じゃなくて、れっきとした親友であり相棒だよね」
玄関の脇を抜け、ひょっこりと庭に現れたのは大きめの風呂敷包みを抱えながら人好きしそうな笑みを浮かべる青年だった。彼が『楓』なのだろう。
猫毛なのかひょこひょこと毛先が跳ねている髪は朽葉色で、垂れ気味の瞳も髪と同じ色をしている。にこにこと笑顔を浮かべる彼は親しみやすそうな雰囲気をまとっていた。
楓は紫苑の顔を見ると、むぅっと頬を膨らませた。ころころと表情の変わる人だ。
「もう、いるなら返事くらいしてよ」
「返事をしてもしなくても、楓は勝手にここに来るでしょ」
「またそんなこと言って。ほら、頼まれてたもの届けにきたんだよ? 少しは労ってよ」
「疲れてるだろうからもう帰っていいよ」
「そうじゃないでしょー!」
夜桜に対して、紫苑はいつも優しい。だから同僚か親友か相棒かは定かではないが、楓にとる紫苑のぞんざいな態度は意外なものだった。
それでも楓は特に気を悪くしたふうではなくけたけた笑っているから、これがこの二人の挨拶であり、距離感なのだろう。
(私にも、こんなふうに気の置けない相手がいたのかしら)
そんなことを考えてみても誰かの顔が浮かぶことはない。思い出せないからか、それともそんな相手は端から存在していなかったのか、わからない。
ぼんやりと紫苑と楓のやりとりを眺めていると、不意に楓の視線が夜桜に向いた。
「や、こんにちは!」
「こ、こんにちは……」
夜桜が気後れしながら挨拶を返すと、楓はにこりと笑みを深めた。
「君が……夜桜ちゃん、だよね? 俺は大庭楓。聞いてた通り紫苑の親友で相棒だよ。夜桜ちゃんとも仲良くなれるといいなー。よろしくね?」
すっと楓が右手を差し出す。夜桜は右手を持ち上げようとして、……できなかった。
頭では握手を求められていると理解しているのに、体はそれを拒絶するかのようにまるで言うことをきかない。次第に脳内までもが恐怖に支配されていく。
その反応は、傾いだ夜桜の体を紫苑が抱きとめてくれたときの反応とよく似ていた。
いよいよ右手が震え出しそうになったとき、間に紫苑が入った。
「それで、頼んでたものは?」
楓はきょとんとしていたが、そのまま紫苑の話に流され、差し出していた右手を下ろした。
「ああ、うん。これこれ」
楓が抱えていた風呂敷包みを夜桜から少し離れた縁側の上に置く。そっと包みを解くと中から薄紅色の布がのぞいた。
畳まれていた布を広げていくとそれは正絹でできた女性物の着物だった。
桜を彷彿とさせる薄紅色の地に、微妙に色味の異なる白の桜の花々が絞り染めで表現されている。着物の下からは生成り色の帯がのぞいていて、他にも長襦袢や小物など一式が揃っていた。
「これは……?」
「急ぎだったから出来合いのもので悪いけど、あなたに」
「え……」
夜桜は今日まで、陰陽省から借りた浴衣や木綿の着物を着て過ごしていた。家から出ることなく休息に時間を充てていた今までならそれでも不便しなかったが、こうして動き出すようになると話は変わってくる。
紫苑の気遣いは有難かったが、ここまでしてもらっていいのかという思いも少なからずあった。
「いいのでしょうか……?」
「いいのいいの。夜桜ちゃんの世話を焼くのは、もはや紫苑の生きがいだからね」
夜桜が紫苑の方を見ると、彼はこくりと頷いた。
「もらってくれたら嬉しい」
「そ、その……。ありがとう、ございます」
「うん」
夜桜がお礼を言うと、紫苑は言葉通り嬉しそうに微笑んだ。
すると楓が目を大きく見開く。
「え、あの紫苑が、笑った……⁉ 普段は俺渾身の冗談も全然受けないのに!」
「それは単純に楓の冗談が面白くないから」
「いやいや、他の奴らは笑ってるからね? 笑わないのは紫苑だけだから」
「無駄話するならもう帰ってもらっていい?」
「無駄話じゃないって! ちゃんと目的があるんだから」
「目的?」
紫苑が訝しげに眉を寄せる。楓の視線は紫苑から夜桜へと移った。
「夜桜ちゃんはここで何してたの?」
「え? えぇっと……家事を教えてもらって、休憩していたところですが……それが何か?」
「その他には? 昨日とかは?」
「紫苑さんはお仕事だったので、一人で留守を預かっていましたけど……」
そこまで聞いて、楓は大仰にため息を吐いた。
「しおーん」
そうしてじっとりとした目を紫苑に向けた。
「……何?」
「何じゃないでしょ。彼女に対して紫苑が臆病になるのも分からなくはないけど、ちょっと過保護が過ぎるよ?」
「それは……」
言いかけた紫苑だったが夜桜の姿を視界の端にとらえると、ぐっと言葉を飲みこんだ。
「だから俺から提案。近いうちに夜桜ちゃんを町に案内してあげなよ」
「……わかった」
紫苑が呻くように呟くと、楓は満足そうに笑って踵を返した。
「じゃ、俺の目的は達成したから帰るね~」
目的とは、夜桜の外出を勧めることだったらしい。
楓は紫苑の隣を抜けて玄関の方へと姿を消した。
すれ違いざま、楓が紫苑の袂に紙を差し入れたことに夜桜は全く気がつかなかった。
巳の刻を告げる鐘の音が薄雲のたなびく青空に響き渡る。
磨き上げた縁側を清々しい心地で見下ろし、夜桜がふうっと息を吐くと、庭の掃除をしていた紫苑が顔を上げた。
「こっちもちょうどきりがついたし、休憩にしよう」
紫苑は隣の縁側から室内に入り込む。そちらは紫苑の私室だった。
夜桜が掃除道具を片付け、手を洗って戻ってくるのとほぼ同時に、盆を持った紫苑も縁側に戻ってきた。盆の上には緑茶の入った湯飲みが二つと、落雁ののる小皿が一つ用意されている。
手を合わせて早速緑茶を口にする。
動き続けていたせいか喉が渇いていたこともあって、その緑茶はいつも以上に美味しく感じられた。さらに淡い桃色をした落雁を一つ、口の中で転がすと、ほろりと形が崩れ、じんわりとした甘みが舌の上に広がる。
夜桜に自覚はなかったが、無表情だった顔がほんの僅かにほころんだことに紫苑だけは気がついた。
紫苑が小さく微笑みながら「美味しい?」と訊けば、夜桜はこくっと頷きを返した。
それからまた短い間の沈黙が降りるが、不思議と気まずさはない。
春風に庭の花が揺れ、葉が擦れあうさわさわという音が沈黙を埋める。
風が止んだところで紫苑が口を開いた。
「家事をやってみてどう? 辛くない?」
「はい、辛くないです」
それどころか記憶を失う前の夜桜は家事をよくやっていたのかもしれない。記憶を思い出すことこそなかったが、体は馴染んだ動作をなぞるようによく動いた。
ただ部屋の中で過ごしていたときよりも表情をほのかに明るくする夜桜を見て、紫苑は微笑んだまま独り言ちるようにささやく。
「……そう。なら、良かった」
その微笑みは安心しているようにも嬉しそうにも見えるのに、今にも泣き出しそうな寂しさをも隠しているような気がした。
紫苑は時折こうして切なく痛々しい微笑を浮かべることがある。それが『美桜』にまつわることだと、さすがの夜桜にも察しがついていた。
『美桜』については全く気にならないわけではないが無理に訊こうとも思わない。
今の夜桜と紫苑の間柄で踏み入ったことを訊くのは憚られるし、夜桜としても今は誰かのことより自分のことを知るので手一杯だからだ。
今はただ、こうして穏やかな時間を過ごすことができればそれでいい。
そう思っていた矢先、この穏やかな時間に第三者の声が割り込んできた。
「紫苑ー? いるんでしょー?」
明るく朗らかな男性の声に、夜桜は跳びあがって驚いた。
警戒を露わにした夜桜は狐の耳と尾をぴんと立て、毛を逆立てる。
「楓か……」
紫苑は面倒そうにため息を吐くと、『楓』と呼んだ男性の声は無視して夜桜に向き直った。
「警戒しないで大丈夫。楓は一応、僕の同僚だから」
「一応同僚、じゃなくて、れっきとした親友であり相棒だよね」
玄関の脇を抜け、ひょっこりと庭に現れたのは大きめの風呂敷包みを抱えながら人好きしそうな笑みを浮かべる青年だった。彼が『楓』なのだろう。
猫毛なのかひょこひょこと毛先が跳ねている髪は朽葉色で、垂れ気味の瞳も髪と同じ色をしている。にこにこと笑顔を浮かべる彼は親しみやすそうな雰囲気をまとっていた。
楓は紫苑の顔を見ると、むぅっと頬を膨らませた。ころころと表情の変わる人だ。
「もう、いるなら返事くらいしてよ」
「返事をしてもしなくても、楓は勝手にここに来るでしょ」
「またそんなこと言って。ほら、頼まれてたもの届けにきたんだよ? 少しは労ってよ」
「疲れてるだろうからもう帰っていいよ」
「そうじゃないでしょー!」
夜桜に対して、紫苑はいつも優しい。だから同僚か親友か相棒かは定かではないが、楓にとる紫苑のぞんざいな態度は意外なものだった。
それでも楓は特に気を悪くしたふうではなくけたけた笑っているから、これがこの二人の挨拶であり、距離感なのだろう。
(私にも、こんなふうに気の置けない相手がいたのかしら)
そんなことを考えてみても誰かの顔が浮かぶことはない。思い出せないからか、それともそんな相手は端から存在していなかったのか、わからない。
ぼんやりと紫苑と楓のやりとりを眺めていると、不意に楓の視線が夜桜に向いた。
「や、こんにちは!」
「こ、こんにちは……」
夜桜が気後れしながら挨拶を返すと、楓はにこりと笑みを深めた。
「君が……夜桜ちゃん、だよね? 俺は大庭楓。聞いてた通り紫苑の親友で相棒だよ。夜桜ちゃんとも仲良くなれるといいなー。よろしくね?」
すっと楓が右手を差し出す。夜桜は右手を持ち上げようとして、……できなかった。
頭では握手を求められていると理解しているのに、体はそれを拒絶するかのようにまるで言うことをきかない。次第に脳内までもが恐怖に支配されていく。
その反応は、傾いだ夜桜の体を紫苑が抱きとめてくれたときの反応とよく似ていた。
いよいよ右手が震え出しそうになったとき、間に紫苑が入った。
「それで、頼んでたものは?」
楓はきょとんとしていたが、そのまま紫苑の話に流され、差し出していた右手を下ろした。
「ああ、うん。これこれ」
楓が抱えていた風呂敷包みを夜桜から少し離れた縁側の上に置く。そっと包みを解くと中から薄紅色の布がのぞいた。
畳まれていた布を広げていくとそれは正絹でできた女性物の着物だった。
桜を彷彿とさせる薄紅色の地に、微妙に色味の異なる白の桜の花々が絞り染めで表現されている。着物の下からは生成り色の帯がのぞいていて、他にも長襦袢や小物など一式が揃っていた。
「これは……?」
「急ぎだったから出来合いのもので悪いけど、あなたに」
「え……」
夜桜は今日まで、陰陽省から借りた浴衣や木綿の着物を着て過ごしていた。家から出ることなく休息に時間を充てていた今までならそれでも不便しなかったが、こうして動き出すようになると話は変わってくる。
紫苑の気遣いは有難かったが、ここまでしてもらっていいのかという思いも少なからずあった。
「いいのでしょうか……?」
「いいのいいの。夜桜ちゃんの世話を焼くのは、もはや紫苑の生きがいだからね」
夜桜が紫苑の方を見ると、彼はこくりと頷いた。
「もらってくれたら嬉しい」
「そ、その……。ありがとう、ございます」
「うん」
夜桜がお礼を言うと、紫苑は言葉通り嬉しそうに微笑んだ。
すると楓が目を大きく見開く。
「え、あの紫苑が、笑った……⁉ 普段は俺渾身の冗談も全然受けないのに!」
「それは単純に楓の冗談が面白くないから」
「いやいや、他の奴らは笑ってるからね? 笑わないのは紫苑だけだから」
「無駄話するならもう帰ってもらっていい?」
「無駄話じゃないって! ちゃんと目的があるんだから」
「目的?」
紫苑が訝しげに眉を寄せる。楓の視線は紫苑から夜桜へと移った。
「夜桜ちゃんはここで何してたの?」
「え? えぇっと……家事を教えてもらって、休憩していたところですが……それが何か?」
「その他には? 昨日とかは?」
「紫苑さんはお仕事だったので、一人で留守を預かっていましたけど……」
そこまで聞いて、楓は大仰にため息を吐いた。
「しおーん」
そうしてじっとりとした目を紫苑に向けた。
「……何?」
「何じゃないでしょ。彼女に対して紫苑が臆病になるのも分からなくはないけど、ちょっと過保護が過ぎるよ?」
「それは……」
言いかけた紫苑だったが夜桜の姿を視界の端にとらえると、ぐっと言葉を飲みこんだ。
「だから俺から提案。近いうちに夜桜ちゃんを町に案内してあげなよ」
「……わかった」
紫苑が呻くように呟くと、楓は満足そうに笑って踵を返した。
「じゃ、俺の目的は達成したから帰るね~」
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