【本編完結】春待つ桜 君待つ紫苑

南 鈴紀

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第二話 本当の居場所

第二話 一一

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 ゆらゆらとした足取りで家を出た美桜だったが、暗闇に紛れた途端、本性の姿で走り出していた。行く当てなどなく、自分がどうしたいのかも判然としないまま、何かから逃げるかのようにひたすら立ち並ぶ木々の間を走り抜ける。
(ごめんなさい、ごめんなさい! ちゃんと死ねなくてごめんなさい!)
 死んで地獄で裁かれるのが自分にできる唯一の贖罪だと思っていたのに、現実は美桜に現世で生き続けろという。過去の罪に苦しみながら命尽きるまで生き続けろと。それが自分に課された罰なのだろうか。
 林を抜けると拓けた場所に出た。
「ここ、は……」
 乱れる息の間で美桜は呟いた。
 行き先を定めず無我夢中で走っていたと思っていたが、美桜の足はよく知っていた道を辿っていたらしい。そこは雑草が繁茂していたが、美桜には憶えのありすぎる場所だった。
「私の、家があった、場所……」
焼き払われた家や畑の跡は見る影もなかったが、周辺の景色には多少の違いはあれど面影を見ることができた。そこで美桜は幸せだった日々の影を見た。
美桜の母は銀の美しい狐の妖だったというが、美桜はその姿を目にしたこともなければ声を聞いたこともない。妖が人間との子どもを産むのは命懸けのことであり、美桜を産むのと引き換えに母は命を失くしたからだ。美桜の父は人間だったが、母とともにいたときから人目を避けるように生きてきて、美桜と二人きりになった後もそれは変わらなかった。人間が妖を害することを鑑みて人の世を忍ぶように生活していたのだろうが、唯一の例外は美桜が生まれる前から持っていた渡良瀬家との交流だった。美桜は実の父に大事に育てられ、愛されていたが、幼なじみの紫苑の両親にも実の娘のように可愛がられていた。
紫苑の母は本当に優しい人で、美桜が半分妖の血を引いていると知っていても実の息子である紫苑と同じように美桜に接してくれた。血のつながった母の顔は知らないが、母の愛を知ることができたのはひとえに紫苑の母のおかげだった。しかし、紫苑の母は体の弱い人で美桜が七歳のときに病死してしまった。
それでも変わらずに、美桜の父も紫苑の父も美桜たちを慈しみ、愛して育ててくれたが、そんな日々も長くは続かなかった。紫苑の母の死から一年半後、美桜の父が流行り病で亡くなったのだ。
紫苑の父もまた慈悲深い人で、九歳にも満たない美桜を引き取り、紫苑と一緒に育ててくれたので、美桜は悲しいと思うときはあってもそれに囚われることはなく、健やかに心優しい少女へと成長していった。
しかしその紫苑の父も、美桜の父の死から一年半後殉死してしまった。紫苑の父は陰陽省に所属する陰陽師で、呪詛返しや解呪などを得意としていたのだが、その呪詛返しに失敗したのだ。
美桜たちを守り続けてくれた大人たちはいなくなってしまったが、彼らの遺してくれた想いと思い出が美桜と紫苑を支えてくれた。全く寂しくないといえば嘘になるが美桜には紫苑がいて、紫苑には美桜がいて。決して裕福な暮らしではなかったけれど、ささやかな幸せに満たされた毎日だった。
美桜は実家で寝起きすることこそなかったが、紫苑とともに定期的に家の掃除や手入れはしていたし、家の側にあった畑には種を蒔き、苗を植え、野菜なども育てていた。それこそ両親との思い出を二人で守るかのように。
悲しいこともあったけれど、確かな優しさと幸せな思い出の詰まった場所だった。
(多くは望まない。そんな日々が続いてくれさえすれば、私は他に何も要らなかったのに……!)
 幸せだった日々の影はたちまち消え、虚ろな瞳は全てを変えたあの日の情景を映し出す。
 今こんな思いをするくらいなら、いっそあのとき死んでしまえばよかったのに。そうすれば失われずに済んだ命があったかもしれない。償いきれない罪に苦しみながら生き続ける必要もなかったかもしれない。
 美桜は糸の切れた繰り人形のようにその場に崩れ落ちた。
(もう。もう、終わりにさせて……)
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