28 / 52
第三話 束の間の平穏
第三話 四
しおりを挟む
話が一段落し、紫苑が踵を返す。その背に向かって楓が声をかけた。
「美桜ちゃんの記憶、早く戻るといいね」
楓としては励ましのつもりだったのかもしれないが、その一言に紫苑はぴたりと動きを止める。そして俯き加減で紫苑はぽつりと呟いた。
「……どう、かな」
美桜を取り戻すために陰陽師の道を志し、ひたすらに研鑽を積んできた紫苑の姿を知っているから、楓はこの紫苑の返答に目を丸くした。
「……意外だな」
楓が心の声をそのままこぼすと、紫苑は苦い表情を浮かべた。
「自分でもどうするのが正しいかわからない。確かに僕は『美桜』に会いたいけど、美桜は? 知らない方が彼女にとっては幸せなことかもしれない……」
美桜がようやく穏やかな表情をするようになってきたのに、紫苑のわがままのせいでそれを彼女から奪いたくはなかった。一方で、犯してきた罪と真実を知らないまま偽りの平穏の中で生きることを美桜が望むだろうかとも考えてしまうのだ。
しかし、この場でそれを問うても答えが返ることはない。美桜の心の内は彼女本人にしかわからないのだから。
好きだから会いたい、自分を見てほしい。けれども美桜の幸せを祈るほどに、たとえ偽りであっても平穏に生きてほしいと思う自分もいる。
相反する考えを振り払うように紫苑は軽く頭を振ると、今度こそ美桜の待つ自宅へと歩を進めた。
そして今回もまた美桜に関する新しい情報を楓が届けにやってきたというわけだ。それもすぐにでも報せたいということなので、風邪で寝込んでいる美桜を起こさないに小声で庭で話すことにした。
「戸塚は美桜ちゃんだけじゃなく美桜ちゃんを守る紫苑も探してるって。警戒した方がいいよ。尤も正面衝突は避けられないだろうけどね」
「この家の結界は強固にした。……けど、それは根本的な解決にはならない」
「そうだろうね」と楓はわざとらしくため息を吐く。
「だったらどうするの? 彼女を囮にでもするって?」
「馬鹿なこと言わないで。囮にするのは僕自身。この件にこれ以上美桜を巻き込むつもりはない」
迷いも躊躇いもなく紫苑が言い切るものだから、真剣に話し合っていたはずが楓は思わず苦笑した。
「ほんっと美桜ちゃんのこと大好きだよね~、紫苑は。その優しさの一欠片でもいいから俺に分けてほしいくらいだよ」
「そんな無駄遣いするわけない」
「も~、またそういうこと言うんだから」
いつものように軽口を叩きあってから、楓は真面目な顔に戻った。
「現段階では美桜ちゃんよりも紫苑の方が危ないだろうから気をつけなよ。紫苑にとってはその方が好都合なのかもしれないけど、紫苑に何かあったら美桜ちゃんが悲しむことになるんだからさ」
「わかってる」
「あっ、もちろん俺もだからね! 紫苑の身に何かあったら悲しいって思ってるんだよ」
「……」
「って無視⁉」
美桜を独りにはしない、側にいると誓ったからには、そう簡単にやられるつもりはない。陰陽師の道を志したのは父の背を見ていたからというのもあるが、何よりも美桜を救い出すため、そして因縁の相手である戸塚と決着をつけるためでもある。そのために血の滲むような努力をし、技を磨き、今では東の陰陽師の期待の新星として謳われるようになるまでに上りつめた。称号はどうでもいいが、強い力を求めているのは事実だ。
全ては美桜と二人、笑い合って生きていける未来のために。
「美桜ちゃんの記憶、早く戻るといいね」
楓としては励ましのつもりだったのかもしれないが、その一言に紫苑はぴたりと動きを止める。そして俯き加減で紫苑はぽつりと呟いた。
「……どう、かな」
美桜を取り戻すために陰陽師の道を志し、ひたすらに研鑽を積んできた紫苑の姿を知っているから、楓はこの紫苑の返答に目を丸くした。
「……意外だな」
楓が心の声をそのままこぼすと、紫苑は苦い表情を浮かべた。
「自分でもどうするのが正しいかわからない。確かに僕は『美桜』に会いたいけど、美桜は? 知らない方が彼女にとっては幸せなことかもしれない……」
美桜がようやく穏やかな表情をするようになってきたのに、紫苑のわがままのせいでそれを彼女から奪いたくはなかった。一方で、犯してきた罪と真実を知らないまま偽りの平穏の中で生きることを美桜が望むだろうかとも考えてしまうのだ。
しかし、この場でそれを問うても答えが返ることはない。美桜の心の内は彼女本人にしかわからないのだから。
好きだから会いたい、自分を見てほしい。けれども美桜の幸せを祈るほどに、たとえ偽りであっても平穏に生きてほしいと思う自分もいる。
相反する考えを振り払うように紫苑は軽く頭を振ると、今度こそ美桜の待つ自宅へと歩を進めた。
そして今回もまた美桜に関する新しい情報を楓が届けにやってきたというわけだ。それもすぐにでも報せたいということなので、風邪で寝込んでいる美桜を起こさないに小声で庭で話すことにした。
「戸塚は美桜ちゃんだけじゃなく美桜ちゃんを守る紫苑も探してるって。警戒した方がいいよ。尤も正面衝突は避けられないだろうけどね」
「この家の結界は強固にした。……けど、それは根本的な解決にはならない」
「そうだろうね」と楓はわざとらしくため息を吐く。
「だったらどうするの? 彼女を囮にでもするって?」
「馬鹿なこと言わないで。囮にするのは僕自身。この件にこれ以上美桜を巻き込むつもりはない」
迷いも躊躇いもなく紫苑が言い切るものだから、真剣に話し合っていたはずが楓は思わず苦笑した。
「ほんっと美桜ちゃんのこと大好きだよね~、紫苑は。その優しさの一欠片でもいいから俺に分けてほしいくらいだよ」
「そんな無駄遣いするわけない」
「も~、またそういうこと言うんだから」
いつものように軽口を叩きあってから、楓は真面目な顔に戻った。
「現段階では美桜ちゃんよりも紫苑の方が危ないだろうから気をつけなよ。紫苑にとってはその方が好都合なのかもしれないけど、紫苑に何かあったら美桜ちゃんが悲しむことになるんだからさ」
「わかってる」
「あっ、もちろん俺もだからね! 紫苑の身に何かあったら悲しいって思ってるんだよ」
「……」
「って無視⁉」
美桜を独りにはしない、側にいると誓ったからには、そう簡単にやられるつもりはない。陰陽師の道を志したのは父の背を見ていたからというのもあるが、何よりも美桜を救い出すため、そして因縁の相手である戸塚と決着をつけるためでもある。そのために血の滲むような努力をし、技を磨き、今では東の陰陽師の期待の新星として謳われるようになるまでに上りつめた。称号はどうでもいいが、強い力を求めているのは事実だ。
全ては美桜と二人、笑い合って生きていける未来のために。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる