【本編完結】春待つ桜 君待つ紫苑

南 鈴紀

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第三話 束の間の平穏

第三話 四

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 話が一段落し、紫苑が踵を返す。その背に向かって楓が声をかけた。
「美桜ちゃんの記憶、早く戻るといいね」
 楓としては励ましのつもりだったのかもしれないが、その一言に紫苑はぴたりと動きを止める。そして俯き加減で紫苑はぽつりと呟いた。
「……どう、かな」
 美桜を取り戻すために陰陽師の道を志し、ひたすらに研鑽を積んできた紫苑の姿を知っているから、楓はこの紫苑の返答に目を丸くした。
「……意外だな」
 楓が心の声をそのままこぼすと、紫苑は苦い表情を浮かべた。
「自分でもどうするのが正しいかわからない。確かに僕は『美桜』に会いたいけど、美桜は? 知らない方が彼女にとっては幸せなことかもしれない……」
 美桜がようやく穏やかな表情をするようになってきたのに、紫苑のわがままのせいでそれを彼女から奪いたくはなかった。一方で、犯してきた罪と真実を知らないまま偽りの平穏の中で生きることを美桜が望むだろうかとも考えてしまうのだ。
 しかし、この場でそれを問うても答えが返ることはない。美桜の心の内は彼女本人にしかわからないのだから。
 好きだから会いたい、自分を見てほしい。けれども美桜の幸せを祈るほどに、たとえ偽りであっても平穏に生きてほしいと思う自分もいる。
 相反する考えを振り払うように紫苑は軽く頭を振ると、今度こそ美桜の待つ自宅へと歩を進めた。
 そして今回もまた美桜に関する新しい情報を楓が届けにやってきたというわけだ。それもすぐにでも報せたいということなので、風邪で寝込んでいる美桜を起こさないに小声で庭で話すことにした。
「戸塚は美桜ちゃんだけじゃなく美桜ちゃんを守る紫苑も探してるって。警戒した方がいいよ。尤も正面衝突は避けられないだろうけどね」
「この家の結界は強固にした。……けど、それは根本的な解決にはならない」
 「そうだろうね」と楓はわざとらしくため息を吐く。
「だったらどうするの? 彼女を囮にでもするって?」
「馬鹿なこと言わないで。囮にするのは僕自身。この件にこれ以上美桜を巻き込むつもりはない」
 迷いも躊躇いもなく紫苑が言い切るものだから、真剣に話し合っていたはずが楓は思わず苦笑した。
「ほんっと美桜ちゃんのこと大好きだよね~、紫苑は。その優しさの一欠片でもいいから俺に分けてほしいくらいだよ」
「そんな無駄遣いするわけない」
「も~、またそういうこと言うんだから」
 いつものように軽口を叩きあってから、楓は真面目な顔に戻った。
「現段階では美桜ちゃんよりも紫苑の方が危ないだろうから気をつけなよ。紫苑にとってはその方が好都合なのかもしれないけど、紫苑に何かあったら美桜ちゃんが悲しむことになるんだからさ」
「わかってる」
「あっ、もちろん俺もだからね! 紫苑の身に何かあったら悲しいって思ってるんだよ」
「……」
「って無視⁉」
 美桜を独りにはしない、側にいると誓ったからには、そう簡単にやられるつもりはない。陰陽師の道を志したのは父の背を見ていたからというのもあるが、何よりも美桜を救い出すため、そして因縁の相手である戸塚と決着をつけるためでもある。そのために血の滲むような努力をし、技を磨き、今では東の陰陽師の期待の新星として謳われるようになるまでに上りつめた。称号はどうでもいいが、強い力を求めているのは事実だ。
 全ては美桜と二人、笑い合って生きていける未来のために。
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