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第二話 囚われの二年間
第二話 五
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「耳障りなのよっ!」
ヒステリックな叫びと共に、水の入った器があかりに投げつけられる。
「……っ!」
反射的に頭をかばった腕に欠けた湯飲みが直撃した。
しかし牢番の女は気が収まらないのか、あかりに罵声を浴びせ続ける。
「毎日毎日ブツブツブツブツ……。懲りずに祝詞を唱えて、こっちの気が狂いそうだわ!」
(三月かかったけど……、力が戻ってきてるのかも)
あかりは女に取り合わずにそんなことを考えていたがそれがまずかった。その態度が女の癇に障り、干し飯を乗せた小皿が飛んでくる。とっさに避けたつもりだったが、左肩にぶつかった。
「いった……」
あかりが左肩をおさえ、呻くのを愉しそうに見遣りながら、女はやっと去っていった。
この頃、あかりに対するあたりが強い。もともと捕虜であるから待遇が良いわけではなかったが、食餌の回数はめっきり減った。それでもあかりが生きていられるのは、力が多少なりとも戻り言霊が操れるようになってきたから、また、天狐と朱咲の血があるからに他ならない。もっとも、それを承知の上での意図的な食餌の粗末さであると思えるが。
この三月、あかりは修行を続けながらとにかく力の回復を図った。相手を気絶させる遠当法や、せめて九字や霊剣だけでも使えればこの状況を切り抜けられるはずなのだ。そこまでの力が戻ったら陽の国の誰かに交信することもできるかもしれない。
優しい幼なじみたちは、いまもあかりのことを探していることだろう。しかし、ただ助けを待って、大人しくしているなどできない。力業でも偶然の運でもなんでもいい。とにかく自力でここから逃げ出すことを第一の目標にしていた。
「病傷平癒、急々如律令」
治癒は専門外だがなんとなく左肩のあたりが赤く光り、痛みが引いた気がした。
季節は移りかわり、寒さが身に染みる真冬となった。
「ごほっ、ごほっ」
衣服は夏に着ていたもののまま、掛け布の一枚もなく、通風孔からは容赦なく冷気が入り込む。決して衛生的とは言えない環境と栄養失調なのもあって、あかりは風邪をひいていた。
頬に触れる外気は確かに冷たいのに、身体は燃えるように熱い。火を司る朱咲の血の影響で力が制御できていなかったからだ。
あかりが弱っているのを好機と見た牢番が、式神使いを呼んできた。
「ほう。確かにこれは弱っている。式神に下すにはちょうどよい」
式神使いの男があかりに符を投げつける。あかりの右手の甲に張り付いた途端、符は激しく燃えて、あっという間に灰になった。
「ばけ、ものか……⁉」
荒い息の間に、あかりは不快感をあらわに言い放った。
「わた、しは、あなたたちなんかに、従わない……!」
式神使いは舌打ちすると去っていった。
結局次から次へと式神使いがやってきて、あかりの気が休まるときはなかった。深夜になって、やっとひとりになれた。
心身の疲労と風邪で弱った気持ちが、あかりの口から本音をこぼさせる。
「会いたいよ……。結月、秋、昴」
お守りを握りしめ、あかりは堅く目を閉じた。その拍子に、涙がたった一筋、頬を伝った。
ヒステリックな叫びと共に、水の入った器があかりに投げつけられる。
「……っ!」
反射的に頭をかばった腕に欠けた湯飲みが直撃した。
しかし牢番の女は気が収まらないのか、あかりに罵声を浴びせ続ける。
「毎日毎日ブツブツブツブツ……。懲りずに祝詞を唱えて、こっちの気が狂いそうだわ!」
(三月かかったけど……、力が戻ってきてるのかも)
あかりは女に取り合わずにそんなことを考えていたがそれがまずかった。その態度が女の癇に障り、干し飯を乗せた小皿が飛んでくる。とっさに避けたつもりだったが、左肩にぶつかった。
「いった……」
あかりが左肩をおさえ、呻くのを愉しそうに見遣りながら、女はやっと去っていった。
この頃、あかりに対するあたりが強い。もともと捕虜であるから待遇が良いわけではなかったが、食餌の回数はめっきり減った。それでもあかりが生きていられるのは、力が多少なりとも戻り言霊が操れるようになってきたから、また、天狐と朱咲の血があるからに他ならない。もっとも、それを承知の上での意図的な食餌の粗末さであると思えるが。
この三月、あかりは修行を続けながらとにかく力の回復を図った。相手を気絶させる遠当法や、せめて九字や霊剣だけでも使えればこの状況を切り抜けられるはずなのだ。そこまでの力が戻ったら陽の国の誰かに交信することもできるかもしれない。
優しい幼なじみたちは、いまもあかりのことを探していることだろう。しかし、ただ助けを待って、大人しくしているなどできない。力業でも偶然の運でもなんでもいい。とにかく自力でここから逃げ出すことを第一の目標にしていた。
「病傷平癒、急々如律令」
治癒は専門外だがなんとなく左肩のあたりが赤く光り、痛みが引いた気がした。
季節は移りかわり、寒さが身に染みる真冬となった。
「ごほっ、ごほっ」
衣服は夏に着ていたもののまま、掛け布の一枚もなく、通風孔からは容赦なく冷気が入り込む。決して衛生的とは言えない環境と栄養失調なのもあって、あかりは風邪をひいていた。
頬に触れる外気は確かに冷たいのに、身体は燃えるように熱い。火を司る朱咲の血の影響で力が制御できていなかったからだ。
あかりが弱っているのを好機と見た牢番が、式神使いを呼んできた。
「ほう。確かにこれは弱っている。式神に下すにはちょうどよい」
式神使いの男があかりに符を投げつける。あかりの右手の甲に張り付いた途端、符は激しく燃えて、あっという間に灰になった。
「ばけ、ものか……⁉」
荒い息の間に、あかりは不快感をあらわに言い放った。
「わた、しは、あなたたちなんかに、従わない……!」
式神使いは舌打ちすると去っていった。
結局次から次へと式神使いがやってきて、あかりの気が休まるときはなかった。深夜になって、やっとひとりになれた。
心身の疲労と風邪で弱った気持ちが、あかりの口から本音をこぼさせる。
「会いたいよ……。結月、秋、昴」
お守りを握りしめ、あかりは堅く目を閉じた。その拍子に、涙がたった一筋、頬を伝った。
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