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第四話 希望の光と忍び寄る陰
第四話 一
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「あかり……」
つかんだ手首はあまりに細くて、引き寄せた身体は浮くように軽かった。結月は冷え切ったあかりに体温を分け与えるように、きつく抱きしめた。
どれほどそうしていただろう。
秋之介と昴が追いついていないのを鑑みるとそう時間は経っていないのかもしれないが、結月にとっては永遠の時のように思えた。
「お願い、あかり……」
結月がもう一度、引き絞った声で祈るように呼びかけると、腕の中で微かな身じろぎを感じた。次いで、かすれた囁き声。
「ゆ、づき……?」
「っ……!」
結月は返事の代わりに、あかりを抱きしめ直した。あかりはしばらく虚ろな目で、結月の肩口から彼の後頭部や破られた壁の向こうに広がる原野と満月、そして遠くから駆け寄ってくる一人と一頭を眺めていたが、現実感が伴ってくるにつれて、煌めく赤い瞳を潤ませていった。
「……もう、大丈夫なんだよね?」
「うん、もう大丈夫」
「……私、ずっと、頑張ってきたんだよ。諦めちゃいけないって……」
「わかるよ。あかり、よく頑張った」
「帰れるの?」
「もちろん。すごく時間かかったけど、あかりを迎えにきた。……ごめん、ごめんね」
「っ、ぅ……! 会いたかったよぉ、ゆづきぃ……!」
かろうじて像を結んでいた視界は、徐々に物の輪郭すらも涙に溶かしていった。
「おれも、ずっとあかりに会いたかった。……ありがとう、諦めないでいてくれて」
その言葉を聞いて、あかりは抑え込んでいたものが一気に溢れ出したかのように、さらに激しく泣き出す。結月があやすようにあかりの背を撫でさすっていると、秋之介と昴の気配を背後に感じた。
秋之介は瞬時に白虎姿から人間姿に変化する。昴はそれよりも早く、まろぶようにあかりと結月に走り寄り、二人一緒にその腕に閉じ込めた。
「あかりちゃん……っ」
「あかり!」
未だ涙ににじむ視界に映ったのは、一日たりとて思わない日はなかった白と黒。あかりは震える声で彼らの名を呼んだ。
「あき……。すば、る……」
昴は頷いたまま顔を俯けてしまったので表情こそうかがい知れなかったが、心から安堵していることが話し口から伝わってきた。
「本当に良かった……、生きてて……」
「さ、帰ろうぜ」
秋之介はあかりのあたまにぽんと手を置くと、らしくもない柔らかな声でそう言った。
再会に喜んでばかりもいられない。ここから逃げ出さねばならないのだと、あかりは結月から身を離すと袖で涙を拭った。
「うん、帰ろう」
身を崩しかけながら、それでもなんとか自力で立ち上がる。しかし、直後によろめくあかりを支えた結月は秋之介に声を掛けた。
「秋。あかりを乗せて走れる?」
「できるけど、それだと戦力落ちるぞ」
見通しの良い草原に、むくむくと起き上がり出す人影がいくつも見える。
「対処が雑過ぎたなあ」
「ゆづくんが討ちもらしたのだけとはいえ僕らも焦ってたしね」
いいのかと問うように秋之介と昴が結月に目線を送ると、結月は迷いなく頷いた。
「問題ない。それより、あかりのこと、任せたから」
結月は霊符を取り出し、前方を見据えた。秋之介はあかりを背に乗せ、昴は素早く結界を張る。昴の合図と同時に、皆は駆け出した。
「青柳護神、心身護神、月光照夜、急々如律令」
天上の月以上に美しく優しい青白い光が辺りに振りまかれる。その幻想的な光景に、あかりは息をのんだ。
「綺麗……。それに、強い……」
「それだけあかりが大事な存在ってことだぜ。お前のためなら、俺らはどこまででも強くなれるんだ」
僅かに目線を後ろへやりながら、秋之介はふっと目を細める。あかりは秋之介の首に回していた腕にそっと力をこめた。
「私とおんなじだね。みんなの存在が大事で、会いたくて会いたくて。だから何があっても諦めずに耐えられた」
「そういうあかりだから、俺たちは迎えに来たんだよ」
秋之介は「速度上げるから、落ちんなよ」と前に向き直る。あかりはその背で、幻覚を見せられたとき手を取らなくてよかったと心から思った。
式神は青い光に触れたとたんに霧散していく。結月は式神使いに霊符を飛ばしながら、昴を呼んだ。
「艮の結界が見えてきた。このまま破れる?」
「任せてよ」
あかりよりも後方を走っていた昴が立場を変えて前方に踊りだす。刀印をつくった右腕を突き出し、九字を切り始める。そこに手薄になった背後から式神が飛来した。
「させないっ!」
真っ先に気づいたあかりは式神を睨みつけると、底をつきかけた力を振り絞って言霊を放った。
「身上護神、急々如律令!」
ぱっと赤い光が閃くと式神は消滅した。目の前が一瞬暗くなり、持ち上げていた上半身ががくりと落ちかける。秋之介はすかさず態勢を整えた。
「無理すんなよ、バカ!」
「私だけ何もしないなんて嫌。みんなを守りたいのは私も一緒なんだから、仲間外れにしないで」
「……北斗、三体、玉女! 開いたよ!」
昴が開けた結界の向こうには高く澄んだ青空が広がっている。
「陽光照世、急々如律令」
陽の国と陰の国をつなぐ結界に敵を近づけないよう、結月が霊符で辺りを一掃する。その隙に四人は結界に飛びこんだ。
瞬きの後、爽やかで柔らかな風が頬を撫でたのを感じる。
(帰って、こられたんだ……)
そこであかりは気を失った。
つかんだ手首はあまりに細くて、引き寄せた身体は浮くように軽かった。結月は冷え切ったあかりに体温を分け与えるように、きつく抱きしめた。
どれほどそうしていただろう。
秋之介と昴が追いついていないのを鑑みるとそう時間は経っていないのかもしれないが、結月にとっては永遠の時のように思えた。
「お願い、あかり……」
結月がもう一度、引き絞った声で祈るように呼びかけると、腕の中で微かな身じろぎを感じた。次いで、かすれた囁き声。
「ゆ、づき……?」
「っ……!」
結月は返事の代わりに、あかりを抱きしめ直した。あかりはしばらく虚ろな目で、結月の肩口から彼の後頭部や破られた壁の向こうに広がる原野と満月、そして遠くから駆け寄ってくる一人と一頭を眺めていたが、現実感が伴ってくるにつれて、煌めく赤い瞳を潤ませていった。
「……もう、大丈夫なんだよね?」
「うん、もう大丈夫」
「……私、ずっと、頑張ってきたんだよ。諦めちゃいけないって……」
「わかるよ。あかり、よく頑張った」
「帰れるの?」
「もちろん。すごく時間かかったけど、あかりを迎えにきた。……ごめん、ごめんね」
「っ、ぅ……! 会いたかったよぉ、ゆづきぃ……!」
かろうじて像を結んでいた視界は、徐々に物の輪郭すらも涙に溶かしていった。
「おれも、ずっとあかりに会いたかった。……ありがとう、諦めないでいてくれて」
その言葉を聞いて、あかりは抑え込んでいたものが一気に溢れ出したかのように、さらに激しく泣き出す。結月があやすようにあかりの背を撫でさすっていると、秋之介と昴の気配を背後に感じた。
秋之介は瞬時に白虎姿から人間姿に変化する。昴はそれよりも早く、まろぶようにあかりと結月に走り寄り、二人一緒にその腕に閉じ込めた。
「あかりちゃん……っ」
「あかり!」
未だ涙ににじむ視界に映ったのは、一日たりとて思わない日はなかった白と黒。あかりは震える声で彼らの名を呼んだ。
「あき……。すば、る……」
昴は頷いたまま顔を俯けてしまったので表情こそうかがい知れなかったが、心から安堵していることが話し口から伝わってきた。
「本当に良かった……、生きてて……」
「さ、帰ろうぜ」
秋之介はあかりのあたまにぽんと手を置くと、らしくもない柔らかな声でそう言った。
再会に喜んでばかりもいられない。ここから逃げ出さねばならないのだと、あかりは結月から身を離すと袖で涙を拭った。
「うん、帰ろう」
身を崩しかけながら、それでもなんとか自力で立ち上がる。しかし、直後によろめくあかりを支えた結月は秋之介に声を掛けた。
「秋。あかりを乗せて走れる?」
「できるけど、それだと戦力落ちるぞ」
見通しの良い草原に、むくむくと起き上がり出す人影がいくつも見える。
「対処が雑過ぎたなあ」
「ゆづくんが討ちもらしたのだけとはいえ僕らも焦ってたしね」
いいのかと問うように秋之介と昴が結月に目線を送ると、結月は迷いなく頷いた。
「問題ない。それより、あかりのこと、任せたから」
結月は霊符を取り出し、前方を見据えた。秋之介はあかりを背に乗せ、昴は素早く結界を張る。昴の合図と同時に、皆は駆け出した。
「青柳護神、心身護神、月光照夜、急々如律令」
天上の月以上に美しく優しい青白い光が辺りに振りまかれる。その幻想的な光景に、あかりは息をのんだ。
「綺麗……。それに、強い……」
「それだけあかりが大事な存在ってことだぜ。お前のためなら、俺らはどこまででも強くなれるんだ」
僅かに目線を後ろへやりながら、秋之介はふっと目を細める。あかりは秋之介の首に回していた腕にそっと力をこめた。
「私とおんなじだね。みんなの存在が大事で、会いたくて会いたくて。だから何があっても諦めずに耐えられた」
「そういうあかりだから、俺たちは迎えに来たんだよ」
秋之介は「速度上げるから、落ちんなよ」と前に向き直る。あかりはその背で、幻覚を見せられたとき手を取らなくてよかったと心から思った。
式神は青い光に触れたとたんに霧散していく。結月は式神使いに霊符を飛ばしながら、昴を呼んだ。
「艮の結界が見えてきた。このまま破れる?」
「任せてよ」
あかりよりも後方を走っていた昴が立場を変えて前方に踊りだす。刀印をつくった右腕を突き出し、九字を切り始める。そこに手薄になった背後から式神が飛来した。
「させないっ!」
真っ先に気づいたあかりは式神を睨みつけると、底をつきかけた力を振り絞って言霊を放った。
「身上護神、急々如律令!」
ぱっと赤い光が閃くと式神は消滅した。目の前が一瞬暗くなり、持ち上げていた上半身ががくりと落ちかける。秋之介はすかさず態勢を整えた。
「無理すんなよ、バカ!」
「私だけ何もしないなんて嫌。みんなを守りたいのは私も一緒なんだから、仲間外れにしないで」
「……北斗、三体、玉女! 開いたよ!」
昴が開けた結界の向こうには高く澄んだ青空が広がっている。
「陽光照世、急々如律令」
陽の国と陰の国をつなぐ結界に敵を近づけないよう、結月が霊符で辺りを一掃する。その隙に四人は結界に飛びこんだ。
瞬きの後、爽やかで柔らかな風が頬を撫でたのを感じる。
(帰って、こられたんだ……)
そこであかりは気を失った。
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