【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
24 / 390
第四話 希望の光と忍び寄る陰

第四話 一

しおりを挟む
「あかり……」
 つかんだ手首はあまりに細くて、引き寄せた身体は浮くように軽かった。結月は冷え切ったあかりに体温を分け与えるように、きつく抱きしめた。
 どれほどそうしていただろう。
 秋之介と昴が追いついていないのを鑑みるとそう時間は経っていないのかもしれないが、結月にとっては永遠の時のように思えた。
「お願い、あかり……」
 結月がもう一度、引き絞った声で祈るように呼びかけると、腕の中で微かな身じろぎを感じた。次いで、かすれた囁き声。
「ゆ、づき……?」
「っ……!」
 結月は返事の代わりに、あかりを抱きしめ直した。あかりはしばらく虚ろな目で、結月の肩口から彼の後頭部や破られた壁の向こうに広がる原野と満月、そして遠くから駆け寄ってくる一人と一頭を眺めていたが、現実感が伴ってくるにつれて、煌めく赤い瞳を潤ませていった。
「……もう、大丈夫なんだよね?」
「うん、もう大丈夫」
「……私、ずっと、頑張ってきたんだよ。諦めちゃいけないって……」
「わかるよ。あかり、よく頑張った」
「帰れるの?」
「もちろん。すごく時間かかったけど、あかりを迎えにきた。……ごめん、ごめんね」
「っ、ぅ……! 会いたかったよぉ、ゆづきぃ……!」
 かろうじて像を結んでいた視界は、徐々に物の輪郭すらも涙に溶かしていった。
「おれも、ずっとあかりに会いたかった。……ありがとう、諦めないでいてくれて」
 その言葉を聞いて、あかりは抑え込んでいたものが一気に溢れ出したかのように、さらに激しく泣き出す。結月があやすようにあかりの背を撫でさすっていると、秋之介と昴の気配を背後に感じた。
 秋之介は瞬時に白虎姿から人間姿に変化する。昴はそれよりも早く、まろぶようにあかりと結月に走り寄り、二人一緒にその腕に閉じ込めた。
「あかりちゃん……っ」
「あかり!」
 未だ涙ににじむ視界に映ったのは、一日たりとて思わない日はなかった白と黒。あかりは震える声で彼らの名を呼んだ。
「あき……。すば、る……」
 昴は頷いたまま顔を俯けてしまったので表情こそうかがい知れなかったが、心から安堵していることが話し口から伝わってきた。
「本当に良かった……、生きてて……」
「さ、帰ろうぜ」
 秋之介はあかりのあたまにぽんと手を置くと、らしくもない柔らかな声でそう言った。
 再会に喜んでばかりもいられない。ここから逃げ出さねばならないのだと、あかりは結月から身を離すと袖で涙を拭った。
「うん、帰ろう」
 身を崩しかけながら、それでもなんとか自力で立ち上がる。しかし、直後によろめくあかりを支えた結月は秋之介に声を掛けた。
「秋。あかりを乗せて走れる?」
「できるけど、それだと戦力落ちるぞ」
 見通しの良い草原に、むくむくと起き上がり出す人影がいくつも見える。
「対処が雑過ぎたなあ」
「ゆづくんが討ちもらしたのだけとはいえ僕らも焦ってたしね」
 いいのかと問うように秋之介と昴が結月に目線を送ると、結月は迷いなく頷いた。
「問題ない。それより、あかりのこと、任せたから」
 結月は霊符を取り出し、前方を見据えた。秋之介はあかりを背に乗せ、昴は素早く結界を張る。昴の合図と同時に、皆は駆け出した。
「青柳護神、心身護神、月光照夜、急々如律令」
 天上の月以上に美しく優しい青白い光が辺りに振りまかれる。その幻想的な光景に、あかりは息をのんだ。
「綺麗……。それに、強い……」
「それだけあかりが大事な存在ってことだぜ。お前のためなら、俺らはどこまででも強くなれるんだ」
 僅かに目線を後ろへやりながら、秋之介はふっと目を細める。あかりは秋之介の首に回していた腕にそっと力をこめた。
「私とおんなじだね。みんなの存在が大事で、会いたくて会いたくて。だから何があっても諦めずに耐えられた」
「そういうあかりだから、俺たちは迎えに来たんだよ」
 秋之介は「速度上げるから、落ちんなよ」と前に向き直る。あかりはその背で、幻覚を見せられたとき手を取らなくてよかったと心から思った。
 式神は青い光に触れたとたんに霧散していく。結月は式神使いに霊符を飛ばしながら、昴を呼んだ。
「艮の結界が見えてきた。このまま破れる?」
「任せてよ」
 あかりよりも後方を走っていた昴が立場を変えて前方に踊りだす。刀印をつくった右腕を突き出し、九字を切り始める。そこに手薄になった背後から式神が飛来した。
「させないっ!」
 真っ先に気づいたあかりは式神を睨みつけると、底をつきかけた力を振り絞って言霊を放った。
「身上護神、急々如律令!」
 ぱっと赤い光が閃くと式神は消滅した。目の前が一瞬暗くなり、持ち上げていた上半身ががくりと落ちかける。秋之介はすかさず態勢を整えた。
「無理すんなよ、バカ!」
「私だけ何もしないなんて嫌。みんなを守りたいのは私も一緒なんだから、仲間外れにしないで」
「……北斗、三体、玉女! 開いたよ!」
 昴が開けた結界の向こうには高く澄んだ青空が広がっている。
「陽光照世、急々如律令」
 陽の国と陰の国をつなぐ結界に敵を近づけないよう、結月が霊符で辺りを一掃する。その隙に四人は結界に飛びこんだ。
 瞬きの後、爽やかで柔らかな風が頬を撫でたのを感じる。
(帰って、こられたんだ……)
 そこであかりは気を失った。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして”世界を救う”私の成長物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー編  第二章:討伐軍北上編  第三章:魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

処理中です...