【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
23 / 390
第三話 欠落の二年間

第三話 六

しおりを挟む
 秋の空は高く青く、しかし昇りたての太陽にはまだ夏の残り香を感じる。林の中にあるぽっかり穴の開いたような空間で、結月は東の空を眺めていた。この場には結月のほかに秋之介と昴しかいない。秋之介はすでに虎姿で、昴は艮の結界をじっと見つめていた。
 陰の国は未知数で危険な領域だ。そこに誰彼構わず連れていくことは当然承知できない。結果、あかりを助けに陰の国に踏み込むのは結月、秋之介、昴の三人のみであり、先代当主に陽の国を一時預けることになった。
「よし、僕はいつでもいけるよ。二人とも用意はいい?」
 昴が振り返らずに言うのへ、結月と秋之介は承知の返事をした。顔が見えずとも昴の背からは強い決意が感じ取れる。ここにいる皆が同じ気持ちだった。
 昴が大きく息を吸う。びっと刀印を構えると、一音、一振りに思いを込めて四縦五横に九字を切った。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女!」
 眼前の景色がぐにゃりと歪む。揺らめく穴は満月の青白い光に煌々と照らされた原野を切り取っていた。
「行こう、あかりちゃんを救いに!」
 三人は穴の向こうに飛び込んだ。

 降り立ったそこは前情報の通り、遮蔽物のない草原だった。降り注ぐ月光はどこか冷たく、肌を撫でる僅かな風はねっとりと絡みつくようで気持ち悪い。
 幸いすぐに建物は見つかったが、かなり遠そうだ。そして、こちらが目的の場所を見つけやすいように、あちらもまた結月たちの姿をすぐに見つけたようだった。すぐさま式神を放ってくる。
「ま、予想通りだ、なっ!」
 秋之介は鋭い爪で式神二体をまとめて切り裂くと、昴にとびかかる式神を咥え、牙で穿った。
「結界張り終わった! ゆづくん、駆けて!」
 昴の合図で、結月は霊符を駆使して式神を払いのけながら先頭を走る。秋之介と昴も遅れず後に続いた。
 危なげなく敵をかわしながら駆け抜けていたが、目的の建物が近づくにつれ、式神使いや式神は数を増していった。
「ちっ。数だけはいやがる」
「恐鬼怨雷、急々如律令」
 減った分だけ式神が召喚される、この繰り返しだった。らちが明かない。昴が結界に式神使いを閉じ込めるも対処しきれない。
 そのとき、赤の気が吹き抜けた。気の通ったところが道のように浄化されていく。
「あかりの気」
「間違いない。『心上護神』って唱えてた」
「あかりちゃん、そこにいるんだね」
 気の出所の建物を遠く見据えて、昴がはっと目を見開いた。
「ゆづくん、秋くん。今浄化された道を辿っていける?」
「できるけど、なんで」
 秋之介は式神を掻き消しながら、叫び返した。
「浄化されたところの方が僕たちは力を出しやすいし、相手は怯むから」
「了解」
 三人で浄化された道をひた走る。敵は戦いにくそうにする一方で、結月たちの力は不思議なほど強化していた。
 式神二体が道を遮るように飛び出す。結月は速度を緩めることなく、霊符を放った。
「風神去来、急々如律令!」
 霊符から吹き出す風が式神を吹き飛ばして、そのまま消した。青の残像の中を結月は駆ける。
「まずいぞ、気が消えそうだ……!」
「っ、あかり……!」
 向かう壁の先は不気味なくらいに何も感じられない。あまりの焦りと不安に、頭の中が真っ白になる。音も聞こえないような緊張が結月の身体を支配した。世界は無音になったのに、青い光が閃く視界は変わらず後ろに流れゆく。
 胸は苦しくてたまらないのに、呼吸音は聞こえない。どくどくと脈打つ心音も、一切聞こえない。
 それなのに、唯一届く声があった。……大好きな女の子の声。
 その声は、胸が痛くなるくらいに悲しく、涙にぬれて震えていた。
『……たすけて。助、けて。……昴、秋』
 勢いを殺さずに、結月は迫る壁に向かって霊符を投げつけた。彼女の声以外聞こえない世界では自分が何を唱えたのかは判然としない。ただ、ありったけの気をこめて叫んだのだろうこと、その結果青い光が視界までもを奪ったことはわかった。
『……結月っ‼』
「あかりっ‼」
 青の光の奔流の中、結月は導かれるように左手を伸ばした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

その狂犬戦士はお義兄様ですが、何か?

行枝ローザ
ファンタジー
美しき侯爵令嬢の側には、強面・高背・剛腕と揃った『狂犬戦士』と恐れられる偉丈夫がいる。 貧乏男爵家の五人兄弟末子が養子に入った魔力を誇る伯爵家で彼を待ち受けていたのは、五歳下の義妹と二歳上の義兄、そして王都随一の魔術後方支援警護兵たち。 元・家族の誰からも愛されなかった少年は、新しい家族から愛されることと癒されることを知って強くなる。 これは不遇な微魔力持ち魔剣士が凄惨な乳幼児期から幸福な少年期を経て、成長していく物語。 ※見切り発車で書いていきます(通常運転。笑) ※エブリスタでも同時連載。2021/6/5よりカクヨムでも後追い連載しています。 ※2021/9/15けっこう前に追いついて、カクヨムでも現在は同時掲載です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す

RINFAM
ファンタジー
 なんの罰ゲームだ、これ!!!!  あああああ!!! 本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!  そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!  一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!  かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。 年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。 4コマ漫画版もあります。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

処理中です...