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第三話 欠落の二年間
第三話 六
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秋の空は高く青く、しかし昇りたての太陽にはまだ夏の残り香を感じる。林の中にあるぽっかり穴の開いたような空間で、結月は東の空を眺めていた。この場には結月のほかに秋之介と昴しかいない。秋之介はすでに虎姿で、昴は艮の結界をじっと見つめていた。
陰の国は未知数で危険な領域だ。そこに誰彼構わず連れていくことは当然承知できない。結果、あかりを助けに陰の国に踏み込むのは結月、秋之介、昴の三人のみであり、先代当主に陽の国を一時預けることになった。
「よし、僕はいつでもいけるよ。二人とも用意はいい?」
昴が振り返らずに言うのへ、結月と秋之介は承知の返事をした。顔が見えずとも昴の背からは強い決意が感じ取れる。ここにいる皆が同じ気持ちだった。
昴が大きく息を吸う。びっと刀印を構えると、一音、一振りに思いを込めて四縦五横に九字を切った。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女!」
眼前の景色がぐにゃりと歪む。揺らめく穴は満月の青白い光に煌々と照らされた原野を切り取っていた。
「行こう、あかりちゃんを救いに!」
三人は穴の向こうに飛び込んだ。
降り立ったそこは前情報の通り、遮蔽物のない草原だった。降り注ぐ月光はどこか冷たく、肌を撫でる僅かな風はねっとりと絡みつくようで気持ち悪い。
幸いすぐに建物は見つかったが、かなり遠そうだ。そして、こちらが目的の場所を見つけやすいように、あちらもまた結月たちの姿をすぐに見つけたようだった。すぐさま式神を放ってくる。
「ま、予想通りだ、なっ!」
秋之介は鋭い爪で式神二体をまとめて切り裂くと、昴にとびかかる式神を咥え、牙で穿った。
「結界張り終わった! ゆづくん、駆けて!」
昴の合図で、結月は霊符を駆使して式神を払いのけながら先頭を走る。秋之介と昴も遅れず後に続いた。
危なげなく敵をかわしながら駆け抜けていたが、目的の建物が近づくにつれ、式神使いや式神は数を増していった。
「ちっ。数だけはいやがる」
「恐鬼怨雷、急々如律令」
減った分だけ式神が召喚される、この繰り返しだった。らちが明かない。昴が結界に式神使いを閉じ込めるも対処しきれない。
そのとき、赤の気が吹き抜けた。気の通ったところが道のように浄化されていく。
「あかりの気」
「間違いない。『心上護神』って唱えてた」
「あかりちゃん、そこにいるんだね」
気の出所の建物を遠く見据えて、昴がはっと目を見開いた。
「ゆづくん、秋くん。今浄化された道を辿っていける?」
「できるけど、なんで」
秋之介は式神を掻き消しながら、叫び返した。
「浄化されたところの方が僕たちは力を出しやすいし、相手は怯むから」
「了解」
三人で浄化された道をひた走る。敵は戦いにくそうにする一方で、結月たちの力は不思議なほど強化していた。
式神二体が道を遮るように飛び出す。結月は速度を緩めることなく、霊符を放った。
「風神去来、急々如律令!」
霊符から吹き出す風が式神を吹き飛ばして、そのまま消した。青の残像の中を結月は駆ける。
「まずいぞ、気が消えそうだ……!」
「っ、あかり……!」
向かう壁の先は不気味なくらいに何も感じられない。あまりの焦りと不安に、頭の中が真っ白になる。音も聞こえないような緊張が結月の身体を支配した。世界は無音になったのに、青い光が閃く視界は変わらず後ろに流れゆく。
胸は苦しくてたまらないのに、呼吸音は聞こえない。どくどくと脈打つ心音も、一切聞こえない。
それなのに、唯一届く声があった。……大好きな女の子の声。
その声は、胸が痛くなるくらいに悲しく、涙にぬれて震えていた。
『……たすけて。助、けて。……昴、秋』
勢いを殺さずに、結月は迫る壁に向かって霊符を投げつけた。彼女の声以外聞こえない世界では自分が何を唱えたのかは判然としない。ただ、ありったけの気をこめて叫んだのだろうこと、その結果青い光が視界までもを奪ったことはわかった。
『……結月っ‼』
「あかりっ‼」
青の光の奔流の中、結月は導かれるように左手を伸ばした。
陰の国は未知数で危険な領域だ。そこに誰彼構わず連れていくことは当然承知できない。結果、あかりを助けに陰の国に踏み込むのは結月、秋之介、昴の三人のみであり、先代当主に陽の国を一時預けることになった。
「よし、僕はいつでもいけるよ。二人とも用意はいい?」
昴が振り返らずに言うのへ、結月と秋之介は承知の返事をした。顔が見えずとも昴の背からは強い決意が感じ取れる。ここにいる皆が同じ気持ちだった。
昴が大きく息を吸う。びっと刀印を構えると、一音、一振りに思いを込めて四縦五横に九字を切った。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女!」
眼前の景色がぐにゃりと歪む。揺らめく穴は満月の青白い光に煌々と照らされた原野を切り取っていた。
「行こう、あかりちゃんを救いに!」
三人は穴の向こうに飛び込んだ。
降り立ったそこは前情報の通り、遮蔽物のない草原だった。降り注ぐ月光はどこか冷たく、肌を撫でる僅かな風はねっとりと絡みつくようで気持ち悪い。
幸いすぐに建物は見つかったが、かなり遠そうだ。そして、こちらが目的の場所を見つけやすいように、あちらもまた結月たちの姿をすぐに見つけたようだった。すぐさま式神を放ってくる。
「ま、予想通りだ、なっ!」
秋之介は鋭い爪で式神二体をまとめて切り裂くと、昴にとびかかる式神を咥え、牙で穿った。
「結界張り終わった! ゆづくん、駆けて!」
昴の合図で、結月は霊符を駆使して式神を払いのけながら先頭を走る。秋之介と昴も遅れず後に続いた。
危なげなく敵をかわしながら駆け抜けていたが、目的の建物が近づくにつれ、式神使いや式神は数を増していった。
「ちっ。数だけはいやがる」
「恐鬼怨雷、急々如律令」
減った分だけ式神が召喚される、この繰り返しだった。らちが明かない。昴が結界に式神使いを閉じ込めるも対処しきれない。
そのとき、赤の気が吹き抜けた。気の通ったところが道のように浄化されていく。
「あかりの気」
「間違いない。『心上護神』って唱えてた」
「あかりちゃん、そこにいるんだね」
気の出所の建物を遠く見据えて、昴がはっと目を見開いた。
「ゆづくん、秋くん。今浄化された道を辿っていける?」
「できるけど、なんで」
秋之介は式神を掻き消しながら、叫び返した。
「浄化されたところの方が僕たちは力を出しやすいし、相手は怯むから」
「了解」
三人で浄化された道をひた走る。敵は戦いにくそうにする一方で、結月たちの力は不思議なほど強化していた。
式神二体が道を遮るように飛び出す。結月は速度を緩めることなく、霊符を放った。
「風神去来、急々如律令!」
霊符から吹き出す風が式神を吹き飛ばして、そのまま消した。青の残像の中を結月は駆ける。
「まずいぞ、気が消えそうだ……!」
「っ、あかり……!」
向かう壁の先は不気味なくらいに何も感じられない。あまりの焦りと不安に、頭の中が真っ白になる。音も聞こえないような緊張が結月の身体を支配した。世界は無音になったのに、青い光が閃く視界は変わらず後ろに流れゆく。
胸は苦しくてたまらないのに、呼吸音は聞こえない。どくどくと脈打つ心音も、一切聞こえない。
それなのに、唯一届く声があった。……大好きな女の子の声。
その声は、胸が痛くなるくらいに悲しく、涙にぬれて震えていた。
『……たすけて。助、けて。……昴、秋』
勢いを殺さずに、結月は迫る壁に向かって霊符を投げつけた。彼女の声以外聞こえない世界では自分が何を唱えたのかは判然としない。ただ、ありったけの気をこめて叫んだのだろうこと、その結果青い光が視界までもを奪ったことはわかった。
『……結月っ‼』
「あかりっ‼」
青の光の奔流の中、結月は導かれるように左手を伸ばした。
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