【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
上 下
377 / 388
小話

その星は日常の終わりを告げて

しおりを挟む
「東地の神、名は青柳せいりゅう、西地の神、名は白古びゃっこ、南地の神、名は朱咲すざく、北地の神、名は玄舞げんぶ、四地の大神、百鬼をしりぞけ、凶災をはらう。急々如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」
 赤い閃光が夜の闇をも切り裂く。長い髪も瞳も袴まで赤い少女が秘咒ひじゅを唱えると、そこにいた敵国の式神は、跡形もなく浄化された。
「あかり、下がって」
 少女に呼びかけたのは、青色が印象的な中性的な美青年である。普段の儚げな様は鳴りを潜め、今はあかりの向こうに佇む式神使いを静かに睨み据えている。
「動静緊縛、急々如律令」
怯む式神使いが逃げる前に結月ゆづきが霊符を放つと、式神使いの動きが止まった。すかさずあかりが霊剣をもって斬りこむ。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳くうちん南寿なんじゅ北斗ほくと三体さんたい玉女ぎょくじょ。急々如律令!」
 一言一句に気をこめて、最後に霊剣を振り下ろした。式神使いは後ろに倒れこんで気絶したが斬られた跡は見られなかった。その顔にもう邪気は感じられなかった。
すばる、次は⁉」
 目の前にいた敵を倒すなり、あかりは背後で結界を張りながら彼女たちを支援していた昴を振り返り、指示を仰いだ。黒髪、黒瞳、黒袴と黒基調の少年のような外見の青年が口を開く。
ひつじさるの方角に気配があるよ」
「音が聞こえる。案内するからついてこい!」
 いうや否や白虎姿の秋之介あきのすけが走り出した。あかりたちも遅れずに彼の後に続く。
 三体通を北へ上り、青柳大路を駆け抜ける。大路の真ん中で苦戦している仲間の術使いを見つけた。顔見知りばかりの小さな国である。後ろ姿だけで誰だかわかった。
はなさん、満男みつおさん!」
「あかり様! 結月様に、秋之介様、昴様まで」
「申し訳ございません。私たち二人では力及ばず……」
 それ以上は言わせないと、あかりたちは頷いて見せた。とにかく今は目の前の式神四体を叩き伏せるのが先決だ。
 昴が素早く結界を張る。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女。急々如律令」
 直後に秋之介が鋭い爪で式神に襲い掛かる。素早い動きに対応しきれなかった式神だがかすり傷程度で済んだらしく、すぐに後ろに飛び退った。そこに追い打ちをかけるように結月が数枚の霊符を投げつける。
「青柳護神、雷火炎焼、恐鬼怨雷。急々如律令」
 青い光が眩しく辺りを照らすと同時に、雷が落ちる大きな音と目を焼く光、次いで炎の爆ぜる音がした。
 結月たちが隙を作る間に、あかりは「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女」と唱えながらその場で霊剣を四縦五横に振ると「急々如律令!」と叫び霊剣で周囲をなぎ払った。赤い光の輪があかりを中心に広がる。それにあてられた四体全ての式神は浄化されて空に還っていった。
「花さん、この辺りにはまだ敵がいるんですか?」
 昴が花に尋ねると、彼女は厳しい顔で首肯した。
「青柳大路の先や小路に入ったところにも次々現れます。青柳家の屋敷や東青川とうせいがわは青柳家当主様がお護りくださっていますが」
「そうですか……」
 昴はしばらく顎に手を当てて考え事をしていたが、おもむろに顔を上げるとまず花と満男に目をやった。
「二人はこのままこの周辺の守護を続けてください」
 彼らは頷くと昴の指示に従って、すぐに近くの小路に入っていった。残されたあかりは彼らの後ろ姿を見送っていたが、昴の声に前に向き直った。
「あかりちゃんとゆづくんにも前線から離れた場所の守護をしてほしいんだ。お願いできる?」
「任せてよ」
「うん、わかった」
 あかりと結月が了承するのへ昴は頷き返すと、秋之介を振り返る。
「秋くんは僕と一緒にいったん前線に戻ろう。少し気になるんだ」
「りょーかい」
 秋之介は虎姿から人間姿に変化する。人間姿の秋之介は髪や瞳も含め、着ているものまで白一色だ。秋之介が昴の隣に並ぶ。
「くれぐれも用心してね。必ず二人で行動するように」
「また後でな」
 昴と秋之介はそう言い残すと、中央御殿の方へと駆け去っていった。
「私たちも行こう」
 あかりが振り返ると、結月は曇り空を見上げていた。
「どうしたの?」
 あかりの声にも反応しない結月を訝しく思って、あかりは結月の肩をつついた。結月はびくりと肩を震わせて、あかりを見下ろした。
「な、何?」
「何って私が聞きたいんだけど。ぼうっと空なんて見上げてどうし……」
 結月の見ていた辺りにあかりも視線を向けた。そしてもともと大きな目をさらに大きく見開いた。
「凶兆……」
 重たい曇り空に月も星もその姿を隠されているが、唯一の雲間からちかりと星がのぞいていた。それは凶兆を示す星だった。
「嫌な予感が、する……」
「……」
 結月の呟きにあかりは内心で同意した。言葉にすれば、自身の言霊の力で現実になってしまいそうで怖かった。
 無意識にあかりが結月の左手をとると、結月は自然と手を握り返した。幼いころからずっとそうだった。結月の左手はあかりを不思議と安心させるのだ。
「行こう、結月。この国を、みんなを護らなきゃ」
「うん、そうだね」
 二人は暗闇ばかりの道へ一歩を踏み出した。

 そして翌日、予感は的中してしまう。
 他ならぬ自身の運命が大きく動き出し、日常が音を立てて崩れていくことを、このときのあかりはまだ知らない。
しおりを挟む

処理中です...