【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第七話 邂逅と予兆

第七話 四

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「結月」
「怪我がないみたいで、良かった」
 結月は柔らかに微笑んだが、すぐに真面目な顔つきになって妖を見た。
「ずっと、あかりのこと、見てるみたい」
 黒狐の妖は微動だにしないまま、じっとあかりを見上げていたが、一瞬だけ耳を震わせた。
「黒い狐なんて珍しいし、知り合いなら思い当たるはずだけど……」
 あかりは黒狐を見つめ返した。毛並みはあまりよくなかったが、瞳はきれいな赤色をしていた。一度目にしたら忘れようもない特徴を持つ狐の妖にはやはり覚えがなかったが、なんとなく懐かしい気がした。無意識に引き寄せられるように、あかりは一歩を踏み出す。狐は身じろぎひとつしなかった。
「ねえ、あなた。私とどこかで会ったことがある……?」
「……」
 狐は無言のまま、あかりを見つめるばかりだ。きれいだと思った赤の瞳だったが、よくよく見ると感情や思考は何も読み取れず、驚くほどに温度が感じられなかった。
 短くも長くも思える時間が経過して、先に目を逸らしたのは妖の方だった。妖は黙したまま、くるりと背を向けると林の奥に消えていった。言外に『ついてくるな』と言われているようで、あかりも結月も妖の後を追うことはしなかった。
 しばらく呆然と立ち尽くしていると、あかりと結月を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あかりー! ゆづー!」
「こっちの方から戦いの気配がしたんだけど……あ、いた!」
 秋之介と昴が林の中から現れた。あかりと結月は我に返ると、二人に駆け寄った。
「秋、昴!」
「大丈夫だった? 戦いの気配がしたんだけど……」
 心配そうにあかりと結月を見ていた昴だったが、二人ともが無事であることを確認してようやく表情を和らげた。
 秋之介は、あかりと結月の背後に折り重なって倒れる黒い袴の三人をじっとりとした目で見ていた。いつの間にか別の四人の姿は消えていた。
「それで、何があったんだ?」
 あかりが事の経緯をかいつまんで説明すると、昴は小さな結界に閉じ込めた三人を怪訝そうに眺めた。
「増援か仲間割れか、ね」
「それにその狐の妖って何だったんだろうな。陰の国の奴らに陽の国まで追われてるって」
「まあ、事情聴取すればわかるんじゃないかな」
 昴は顕現させていた小さな結界を消す。そして、離の結界について言及した。
「あかりちゃんの話からすると、彼らは離の結界から侵入してきたってことになるね。僕たちは急いでこっちにきたからまだ確認してないんだ。離の結界を巡回してから屋敷に戻ろう」
 それぞれ賛成の意を示すと、四人揃って目的の結界がある南朱湖へ向かった。
 その間もどうしてだか、あの印象的な赤色の瞳があかりの脳裏から離れなかった。
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