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第八話 喪失の哀しみに
第八話 一
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睦月の終わりあたりから毎日のように降り続いた雪は、如月に入った今日も止むことはなかった。雪はしんしんと降り積もり、一面を銀世界に染め上げる。
あかりは外廊下から庭を見遣った。
(きれい……。でも、やっぱり寒いのは嫌だなぁ)
足跡ひとつない玄舞家の中庭はどこを見ても真白で、整然とした美しさがある。しかし、あかりは美しさよりも寒さの方が気になっていた。
もともと寒さには弱かったが、陰の国での牢生活を経て、ますます寒さが苦手になった。
思い出すのは牢の高い位置にくり抜かれた小さな窓からちらちらと雪が舞う日のこと。その日は一層寒くて、吹き込む風に凍えそうになるのを必死に耐えた。そのせいで風邪もひき、気弱になってもいた。人のぬくもりが恋しくて、寂しくて寂しくてたまらなかったことを昨日のことのように思い出す。
「雪……止まないかなぁ」
あかりが庭を見つめながら呟くと、予期していない声が返ってきた。
「あかり様は雪がお嫌いですか?」
「和也くん」
気配で誰かが近づいてきていることは察知していたが、まさか和也だとは思わなかった。和也はあかりを見上げると苦笑をこぼした。
「実は自分も雪はあんまり好きじゃないんです。足場が悪くなって戦いにくいでしょう?」
「確かにそうだね」
「今日も結界巡回なんですが、班員たちも渋ってました」
そう言うと和也はいたずらっぽく笑った。
「でも、あかり様も同じだと言えば、かえって彼らもやる気を出すかもしれませんね」
「巡回、頑張ってね。それに気を付けて」
「はい! ありがとうございます」
折よく班員の一人が外廊下の角から姿を現した。和也と同い年くらいの少年を、あかりはもちろん覚えていた。
「時人くん」
時人はあかりに丁寧にお辞儀をして挨拶すると、和也に向き直った。
「あかり様、おはようございます。……和也、お前こんなところにいたのか」
「今から集合場所に行くところだったんだよ」
「みんな待ってるんだから、早く行くぞ」
「うん。では、あかり様、失礼します」
和也と時人は律儀に頭を下げると玄関の方へと向かった。
あかりはその背を見送ってから、彼らとは反対方向に歩き出した。目指すのは昴の部屋だ。今日は当主としての仕事を教えてもらうことになっている。
中庭の雪景色を横目に廊下を歩いていくと、やがて昴の部屋にたどり着いた。
「昴ー」
障子横の木の梁をこつこつと叩くと、部屋の中から昴の声が返ってきた。あかりは障子を開けて室内に足を踏み入れた。火鉢によって温められた空気と聞きなれた白檀の香が、あかりを優しく出迎える。
「いらっしゃい、あかりちゃん」
「おはよう、昴」
昴は文机の上に置かれた大量の紙束から顔を上げた。あかりが来るよりも先に仕事を片付けていたらしい。
忙しくても自分のために時間を割いてくれることに感謝しながら、あかりは昴の向かいに腰を下ろした。
「当主の仕事ってこんなにあるんだね」
「他人事みたいに言うけど、あかりちゃんがこれからやる仕事でもあるんだからね」
「そ、そうだった……」
思わず引きつった笑みが浮かぶ。昴はそんなあかりの顔を見て、おかしそうに微笑んだ。
「あかりちゃんといると本当に飽きないなぁ。さて、まずはこれとこれからやろうか」
昴は畳に置かれた書類の束から二冊の冊子を取り出すと、あかりに手渡した。
「南の地は復興が優先だからね。まずはこの冊子を読んで」
冊子をぱらぱらと繰ると、どの頁もびっしりと文字で埋められていた。一瞬めまいを起こしそうになったが、南の地のことを思えば弱音を吐くことなどできなかった。
(私が、故郷を甦らせるんだ)
優しい人たちで溢れた愛した地を、取り戻したい。
あかりが強く胸に誓うと、鈴の音が聞こえた。朱咲だった。
『妾もいるぞ。忘れるな』
それだけ言うと朱咲の気配は消えてしまった。しかし、あかりにはそれで十分だった。
(私たちで、故郷を甦らせてみせる……!)
あかりは手の中の冊子にもう一度目を落とすと、今度は最初の頁から集中して読み込み始めた。
あかりは外廊下から庭を見遣った。
(きれい……。でも、やっぱり寒いのは嫌だなぁ)
足跡ひとつない玄舞家の中庭はどこを見ても真白で、整然とした美しさがある。しかし、あかりは美しさよりも寒さの方が気になっていた。
もともと寒さには弱かったが、陰の国での牢生活を経て、ますます寒さが苦手になった。
思い出すのは牢の高い位置にくり抜かれた小さな窓からちらちらと雪が舞う日のこと。その日は一層寒くて、吹き込む風に凍えそうになるのを必死に耐えた。そのせいで風邪もひき、気弱になってもいた。人のぬくもりが恋しくて、寂しくて寂しくてたまらなかったことを昨日のことのように思い出す。
「雪……止まないかなぁ」
あかりが庭を見つめながら呟くと、予期していない声が返ってきた。
「あかり様は雪がお嫌いですか?」
「和也くん」
気配で誰かが近づいてきていることは察知していたが、まさか和也だとは思わなかった。和也はあかりを見上げると苦笑をこぼした。
「実は自分も雪はあんまり好きじゃないんです。足場が悪くなって戦いにくいでしょう?」
「確かにそうだね」
「今日も結界巡回なんですが、班員たちも渋ってました」
そう言うと和也はいたずらっぽく笑った。
「でも、あかり様も同じだと言えば、かえって彼らもやる気を出すかもしれませんね」
「巡回、頑張ってね。それに気を付けて」
「はい! ありがとうございます」
折よく班員の一人が外廊下の角から姿を現した。和也と同い年くらいの少年を、あかりはもちろん覚えていた。
「時人くん」
時人はあかりに丁寧にお辞儀をして挨拶すると、和也に向き直った。
「あかり様、おはようございます。……和也、お前こんなところにいたのか」
「今から集合場所に行くところだったんだよ」
「みんな待ってるんだから、早く行くぞ」
「うん。では、あかり様、失礼します」
和也と時人は律儀に頭を下げると玄関の方へと向かった。
あかりはその背を見送ってから、彼らとは反対方向に歩き出した。目指すのは昴の部屋だ。今日は当主としての仕事を教えてもらうことになっている。
中庭の雪景色を横目に廊下を歩いていくと、やがて昴の部屋にたどり着いた。
「昴ー」
障子横の木の梁をこつこつと叩くと、部屋の中から昴の声が返ってきた。あかりは障子を開けて室内に足を踏み入れた。火鉢によって温められた空気と聞きなれた白檀の香が、あかりを優しく出迎える。
「いらっしゃい、あかりちゃん」
「おはよう、昴」
昴は文机の上に置かれた大量の紙束から顔を上げた。あかりが来るよりも先に仕事を片付けていたらしい。
忙しくても自分のために時間を割いてくれることに感謝しながら、あかりは昴の向かいに腰を下ろした。
「当主の仕事ってこんなにあるんだね」
「他人事みたいに言うけど、あかりちゃんがこれからやる仕事でもあるんだからね」
「そ、そうだった……」
思わず引きつった笑みが浮かぶ。昴はそんなあかりの顔を見て、おかしそうに微笑んだ。
「あかりちゃんといると本当に飽きないなぁ。さて、まずはこれとこれからやろうか」
昴は畳に置かれた書類の束から二冊の冊子を取り出すと、あかりに手渡した。
「南の地は復興が優先だからね。まずはこの冊子を読んで」
冊子をぱらぱらと繰ると、どの頁もびっしりと文字で埋められていた。一瞬めまいを起こしそうになったが、南の地のことを思えば弱音を吐くことなどできなかった。
(私が、故郷を甦らせるんだ)
優しい人たちで溢れた愛した地を、取り戻したい。
あかりが強く胸に誓うと、鈴の音が聞こえた。朱咲だった。
『妾もいるぞ。忘れるな』
それだけ言うと朱咲の気配は消えてしまった。しかし、あかりにはそれで十分だった。
(私たちで、故郷を甦らせてみせる……!)
あかりは手の中の冊子にもう一度目を落とすと、今度は最初の頁から集中して読み込み始めた。
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