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第一二話 葉月の凶事
第一二話 一
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司に予言された葉月になった。しかしこれといってそれらしいことは起こらない。凶事が起きないに越したことはないが、司の卜占は必ず当たるので油断はできなかった。
束の間だが平穏を象徴するかにように、あかりが見上げた空は真っ青で、遠くには大きくて真っ白な入道雲がわいている。夏らしい良い天気だった。
休憩がてら稽古場の縁側で足をぶらつかせながら、あかりは気の向くままに謡った。
「朱咲謡いて声高く。舞い踊りて空高く。祈りの歌が届くとき、貴方に加護がありましょう。朱咲燃やすは邪の心。焼き払うは業のみぞ。業火の歌が届くとき、その身は清められましょう。朱咲宿りて我が内に。今日も願い奉る。今日も感謝を捧げましょう。朱咲護神、急々如律令」
謡い終えるとあかりの周囲にふわりと赤い光の粒が舞った。そしてあかりの胸の内に潜む朱咲に思いが届いたかのように、すっとあかりの身がその光を吸収した。
言葉は発しなかったようだが、朱咲が嬉しそうに微笑む気配がした。
休憩もそこそこに、あかりは稽古に戻ろうと立ち上がる。そのとき、表の方から聞きなれた声と足音がした。
「よっ、あかり」
「お疲れ様、あかりちゃん」
「おはよう、あかり」
「おはよう、みんな」
あかりが満面の笑みで挨拶を返すと、結月たち三人も笑った。
「あかり、さっき、謡ってた?」
「あ、聴こえてた?」
人に聴かせるつもりはなかったが、言霊が届いたのかもしれない。
あかりが問い返すと結月は小さく微笑んだ。
「うん。あかりの声は、よく、聞こえる。あかりの謡は強くて優しい。聞いててほっとするから、おれは、好き」
結月が言うと、秋之介と昴も頷いた。
「耳馴染みがいいよな」
「昔から聞いてるからね。あかりちゃんは謡うのが上手だし」
「謡うのが好きだからね。好きこそものの上手なれっていうでしょ?」
あかりがにっこり笑うと、秋之介が目を見開いた。
「そんなことわざ知ってたんだな……!」
「もう、また馬鹿にする!」
あかりは頬を膨らませたが、だんだんとおかしくなってきて、皆と一緒になって笑った。
ひとしきり笑うと、昴が「そうだ」と言って、袂からあるものを取り出した。
「遅くなっちゃったけど、やっとできたんだ。あかりちゃんにあげる」
あかりの手のひらに置かれたのは一枚の護符だった。
見慣れた青い生漉きの和紙には流麗な文字や記号が躍っている。本来なら結月が用意して使う護符だったが、なぜ昴から受け取ったのか、あかりは不思議に思って首を傾げ、昴を見上げた。
「これって結月の護符だよね? なんで昴が持ってるの?」
「ゆづくんの護符に、僕が結界術を加えたから。かなり強力な護符になってるはずだよ」
「本当は、葉月前に渡したかった、けど、時間が、必要だった」
「ちなみに提案者は秋くんだよ」
昴が秋之介をちらりと見遣る。秋之介は肩をすくめた。
「ま、俺は守護系の術には明るくないしな。これくらいはしねえと」
司の予言を前にして何もしない彼らではなかった。あかりの身を守るために、こうして特製のお守りをこさえてくれていたのだ。
あかりはその心遣いに胸を震わせた。本当にいい幼なじみを持ったものだとつくづく思う。
肌身離さず護符を持っていようとあかりは心に決めると、笑顔で「ありがとう、みんな」と言った。夏空にも負けない眩しい笑顔に、結月たちは目を細めた。
「本当はこの護符が役に立つ日が来なければいいんだけどな」
秋之介は渋い顔をしていた。
「だけど、御上様の卜占は必ず当たるよ」
「昴の、言う通り」
「そうなんだよな……」
秋之介の呟きを最後に場に沈黙が降りる。
すると遠雷がした。
「雷……」
あかりが再度空を見上げてみても、青い空と白い雲はそのままだ。
奇妙な天気に、あかりは迫りくる凶事を重ね合わせた。
束の間だが平穏を象徴するかにように、あかりが見上げた空は真っ青で、遠くには大きくて真っ白な入道雲がわいている。夏らしい良い天気だった。
休憩がてら稽古場の縁側で足をぶらつかせながら、あかりは気の向くままに謡った。
「朱咲謡いて声高く。舞い踊りて空高く。祈りの歌が届くとき、貴方に加護がありましょう。朱咲燃やすは邪の心。焼き払うは業のみぞ。業火の歌が届くとき、その身は清められましょう。朱咲宿りて我が内に。今日も願い奉る。今日も感謝を捧げましょう。朱咲護神、急々如律令」
謡い終えるとあかりの周囲にふわりと赤い光の粒が舞った。そしてあかりの胸の内に潜む朱咲に思いが届いたかのように、すっとあかりの身がその光を吸収した。
言葉は発しなかったようだが、朱咲が嬉しそうに微笑む気配がした。
休憩もそこそこに、あかりは稽古に戻ろうと立ち上がる。そのとき、表の方から聞きなれた声と足音がした。
「よっ、あかり」
「お疲れ様、あかりちゃん」
「おはよう、あかり」
「おはよう、みんな」
あかりが満面の笑みで挨拶を返すと、結月たち三人も笑った。
「あかり、さっき、謡ってた?」
「あ、聴こえてた?」
人に聴かせるつもりはなかったが、言霊が届いたのかもしれない。
あかりが問い返すと結月は小さく微笑んだ。
「うん。あかりの声は、よく、聞こえる。あかりの謡は強くて優しい。聞いててほっとするから、おれは、好き」
結月が言うと、秋之介と昴も頷いた。
「耳馴染みがいいよな」
「昔から聞いてるからね。あかりちゃんは謡うのが上手だし」
「謡うのが好きだからね。好きこそものの上手なれっていうでしょ?」
あかりがにっこり笑うと、秋之介が目を見開いた。
「そんなことわざ知ってたんだな……!」
「もう、また馬鹿にする!」
あかりは頬を膨らませたが、だんだんとおかしくなってきて、皆と一緒になって笑った。
ひとしきり笑うと、昴が「そうだ」と言って、袂からあるものを取り出した。
「遅くなっちゃったけど、やっとできたんだ。あかりちゃんにあげる」
あかりの手のひらに置かれたのは一枚の護符だった。
見慣れた青い生漉きの和紙には流麗な文字や記号が躍っている。本来なら結月が用意して使う護符だったが、なぜ昴から受け取ったのか、あかりは不思議に思って首を傾げ、昴を見上げた。
「これって結月の護符だよね? なんで昴が持ってるの?」
「ゆづくんの護符に、僕が結界術を加えたから。かなり強力な護符になってるはずだよ」
「本当は、葉月前に渡したかった、けど、時間が、必要だった」
「ちなみに提案者は秋くんだよ」
昴が秋之介をちらりと見遣る。秋之介は肩をすくめた。
「ま、俺は守護系の術には明るくないしな。これくらいはしねえと」
司の予言を前にして何もしない彼らではなかった。あかりの身を守るために、こうして特製のお守りをこさえてくれていたのだ。
あかりはその心遣いに胸を震わせた。本当にいい幼なじみを持ったものだとつくづく思う。
肌身離さず護符を持っていようとあかりは心に決めると、笑顔で「ありがとう、みんな」と言った。夏空にも負けない眩しい笑顔に、結月たちは目を細めた。
「本当はこの護符が役に立つ日が来なければいいんだけどな」
秋之介は渋い顔をしていた。
「だけど、御上様の卜占は必ず当たるよ」
「昴の、言う通り」
「そうなんだよな……」
秋之介の呟きを最後に場に沈黙が降りる。
すると遠雷がした。
「雷……」
あかりが再度空を見上げてみても、青い空と白い雲はそのままだ。
奇妙な天気に、あかりは迫りくる凶事を重ね合わせた。
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