【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一三話 守りたいもの

第一三話 九

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「貴女さえよろしければ話してください。力になれるかはわかりませんが、気休めにはなるでしょう」
 穏やかな声に誘われて、あかりはぽつぽつと語りだした。
『昴たちはよく私の笑顔が好きだと言ってくれます。私もその期待に応えたい。だけど現状は……』
 声を失い、戦う力もないに等しい。彼らのそばで戦いたいのにままならず、自分だけが比較的安全な場所にいる。あかりはあまりの無力さに打ちひしがれていた。
『こんな私にみんなと並び立つ資格があるのか、自信がないのです。……笑えるはずがない』
 幼なじみたちに言えばきっとそんなことは絶対にないと否定してくれるだろう。けれど今のあかりにとってはその言葉すらも追い打ちをかけるような気がして、終ぞ彼らに本音を打ち明けることはできなかった。
 多分、相手が近すぎず遠すぎない司だからこそ隠していた弱音がこぼれたのだろう。司は終始あかりの話を遮ることなく静かに聴いていてくれた。
『私は、どうすればいいのでしょうか……』
 問いかけたあかりの目は不安に揺れている。司は逸らすことなく瞳を見つめ返すと淀みなく答えを提示した。
「結局は今できることをするしかないのではないでしょうか」
「……」
「余も貴女と同じです。無力な自分が恨めしい。だけれど、だからこそできることをひとつずつこなしていくしかないと思うのです」
「……」
「あかりさん。貴女が望むことは何ですか。そしてそのために今できることは何だと思いますか」
(私は……)
 司の反問にあかりが思考し出したとき、気配もなく御上の護衛が現れた。
「御上様、そろそろ」
「はい」
 司は特に驚くことなく護衛に頷き返すと、あかりに向き直った。
「時間がきてしまったようです。短い時間でしたが、あかりさんとお話しできて良かったです」
『こちらこそお話を聞いていただき、ありがとうございました』
 沈んでいた気分が少しは晴れたように感じられる。司の最後の問いかけも熟考する価値があるだろう。
 有意義な時間を過ごせたことに感謝してあかりは微笑んだ。今はまだ元気いっぱいに笑うことはできないが、自然な笑みだった。
 司もまた柔らかに微笑み返すと南朱湖を後にした。
 再びひとりになったあかりは南朱湖を眺め渡して、気持ちを落ち着けた。そして司が残していった問いについて、己と向き合う。
(私が望むことは愛する人々や土地の平穏で、今までは守りたいと戦ってきた。けど今はそれができない。こんなときどうすればいい?)
 稽古を続けることや治療を続けることの他にも、もっとできることを探してみる必要があるのかもしれない。それを見出すためにもまずは昴と対話して、この胸のわだかまりを払拭したかった。
 微々たる一歩ではあるがこれからやるべきことが定まり始めてきた。
 あかりは昴たちを出迎えるべく玄舞家に急ぎ戻った。
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