【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一六話 救いのかたち

第一六話 二二

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 消化できない思いを抱えたまま一週間が経とうとしていた。暦は早くも弥生に入っていた。
この日は玄舞家に来客があった。陰の国の幼帝派からの使者である渡瀬兄妹が報告したいことがあると言ってやって来たのだ。
 客間には昴とあかり、一樹と千代だけでなく、呼び出された結月と秋之介もそろっていた。
「お集まりいただきありがとうございます」
「ご報告したいのは皆さんも追っている例の妖狐についてです」
 千代が悲しげにまぶたを伏せた。
「まず、以前いただいた情報はほぼ真実でした」
春朝から聞いた天翔の生い立ちも含めて、あかりたちと妖狐の関係はすでに共有済みだ。
 昴が慎重に確認する。
「つまり天翔様は陰の国の生まれの天狐で、記憶を失って陽の国に来たと?」
「そういうことになります」
「そして我々はそれ以前の彼の過去を調べました。そうしてわかったのは、何故彼が記憶を失ったのかということです」
 一樹と千代が語るにはこうだ。
 狐の妖の中でも天狐は特に強い霊力を持つ。その力に目を付けられ、天翔は式神に下されかけたことがあるらしい。しかし儀式に失敗して、代償に彼は記憶を失ったということだった。
「ひどい……」
 一樹と千代は痛ましそうに青ざめるあかりを見つめた。二人は顔を見合わせると互いに頷きあって正面を向いた。
「皆さん、……特にあかりさんには大変酷なことを申し上げます。……あの妖狐は日に日に壊れていっています」
 天翔自身も言っていた『壊れる』という言葉にあかりは背筋を凍らせた。
「そんな……」
「……だから、決断をしていただきたいのです」
「……嫌……」
「もう完全に救うことはできない段階なのです。救いがあるとしたら、それは死……」
「嫌っ‼」
 あかりが机に勢いよく手をついたことで、机に置かれた茶器の触れ合う甲高い音がやけに大きく客間に響いた。その残響が消えないうちにあかりは叫んだ。
「救うためにお父様を殺すって? そんな決断できるわけない!」
 言うや否や、あかりは客間を飛び出した。
「あかり!」
「おれ、行ってくる」
 すっと立ち上がる結月を視界の端に捉えながら、昴は正面に向かって頭を下げた。
「ごめんね。やっぱりあかりちゃんには辛いみたいだ……」
「そう、ですよね。いえ、仕方ないです……」
 四人はあかりが消えた廊下を見た。開け放たれたままの障子の向こうから、冷たい風が吹き込んできた。
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