【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第一六話 救いのかたち

第一六話 二三

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 残酷すぎる現実から遠ざかりたくなって、あかりは南朱湖に向かって走っていた。玄舞大路を抜け、朱咲大路へと入る。視界はぼやけていたが、人の往来もなく障害物もない朱咲大路を駆けるのはさして難しいことではなかった。
 朱咲門のあったあたりを越え、邸があった場所も通り過ぎる。
 広大な南朱湖を目の前にして、あかりはとうとう堪えていたものが抑えきれなくなった。涙が後から後から頬を伝い、湖面を吹き抜けてきた風が雫を散らす。あかりはその場に崩れるように座り込むと嗚咽をもらして泣いた。
 しばらくすると後を追ってきた結月が現れた。結月は何も言わないままあかりの左隣に腰を下ろすと、地面についていたあかりの右手にそっと自身の左手を重ねた。
 その優しい温度にあかりの冷えていた心がほどけていく。
「どう……っ、して、なの……っ」
 どうして、よりにもよって天翔が現帝に使役されているのか。
 どうして、死を与えるという選択肢しかないのか。
どうして、何度も何度も理不尽な目に遭わなくてはいけないのか。
 いくつもの『どうして』があかりの胸をいっぱいにする。苦しくて、恨めしくて、悲しかった。
「やっと、会えた、のに……っ。生きてた、のに……っ。救いが、死、なんて……!」
 その後は嗚咽ばかりで言葉にならなかった。それでも結月が寄り添ってくれたことで、あかりはいくらか落ち着きを取り戻した。
 本当はわかっているのだ。あかりの望む救いには魂を清めることが必須であるが、罪を背負いすぎた天翔の魂を浄化しようとすれば、きっと存在ごと払われてしまうと。だから救いは死になり、もう他に手立てがないのだということも。
 わかっていても、決断を下すことは生半可な覚悟ではできない。現在の天翔の穢れを払うためにはあかりほどの強大な力でないと太刀打ちできないが、娘であるあかりが愛する父を自らの手で殺めるなんて想像したくもなかった。
「ねえ、結月……」
 結月の左手がぴくりと反応し、それから静かな視線があかりに注がれる。無言の促しにあかりは言葉を続けた。
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