【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

文字の大きさ
275 / 390
第一九話 水無月の狂乱

第一九話 一一

しおりを挟む
 梓は例の火事にまつわる記憶を自身で作り替えているらしい。昴が言うことにはそれは防衛本能のようなもので、そうすることで梓は己の心を守っているという。
 現在の梓は火事があったことを忘れ、秋之介を菊助として認識している。もちろん彼女の世界では秋之介も生きていることになっているのだが、それらの矛盾に気づいたとき梓はひどく取り乱すのだった。
 ある日は菊助がいない悲しみ故に涙に暮れ、秋之介への申し訳なさ故に謝り続ける。ある日は辛い記憶はすっかり忘れて、今日のような明るい笑顔を見せることもある。
 秋之介だって辛いはずなのに、それでも梓の側に寄り添おうとするのは不安定な母親が心配で放っておくことができず、また残されたたった一人の家族を失うことが怖いからだ。
 梓のことはもちろん、そんな秋之介のこともあかりは等しく心配していた。
「……確かに、梓おば様にとっては今の方が幸せかもしれない。だけど、秋は?」
 あかりがひたと秋之介の瞳に目を合わせると、彼は白の瞳を僅かに左右に揺らしていた。それが答えなのだとすぐにわかった。
 何かが変わるかもと希望をもってここに来たはずなのに、秋之介の言動には自信がなく、どこか諦めが滲んでいるようにも感じられる。
 現状に流されてしまえば楽なのかもしれない。今は辛くとも、いずれ当たり前の光景になってしまえばその痛みは薄らぎ、やがて消えてしまうのかもしれない。
しかし、果たしてそれで梓や秋之介は幸せになれるのだろうか。
仮に梓が狂いきってしまったら彼女は仮初だとしても幸せになれるのかもしれない。けれど秋之介はそうはならないだろう。やるせなさと痛苦を一生抱えることになる。
「だったら、諦めちゃ駄目だよ。私が秋の側にいる限り、諦めさせてなんてあげないから」
 力強い光に煌めく赤の瞳に、秋之介は一瞬面食らったものの小さく声を立てて笑った。
「ははっ、そっか。そりゃ頼もしいこった」
 秋之介がようやく笑ってくれたことにあかりは密かに安堵し、ほっと笑み返した。
「そうだよ? 私、諦め悪いから覚悟しててよね」
 あかりと秋之介が笑い合っていると、診察を終えた昴と梓が会話に加わってきた。
 梓を見る秋之介の顔にはまだ強張りが残っていたものの、こぼれる笑みは自然なもので、あかりはやはり諦めたくはないと改めて心に決めたのだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

《完結》悪役聖女

ヴァンドール
ファンタジー
聖女になり、王妃となるため十年間も教育を受けて来たのに蓋を開ければ妹が聖女の力を持っていて私はには聖女の力が無かった。そのため祖国を追放されて隣国へと旅立ったがそこで……

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

竜皇女と呼ばれた娘

Aoi
ファンタジー
この世に生を授かり間もなくして捨てられしまった赤子は洞窟を棲み処にしていた竜イグニスに拾われヴァイオレットと名づけられ育てられた ヴァイオレットはイグニスともう一頭の竜バシリッサの元でスクスクと育ち十六の歳になる その歳まで人間と交流する機会がなかったヴァイオレットは友達を作る為に学校に通うことを望んだ 国で一番のグレディス魔法学校の入学試験を受け無事入学を果たし念願の友達も作れて順風満帆な生活を送っていたが、ある日衝撃の事実を告げられ……

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑
ファンタジー
屋敷内に軟禁状態だったリリアは、宝物を取り戻したことをきっかけに屋敷から逃げ出した。幸せになるために。体力も力もない。成り行きに身を任せる結果になっても、自分の道は自分で選びたい。 2020/9/19 第一章終了 続きが書け次第また連載再開します。 2021/2/14 第二章開幕 2021/2/28 完結

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

処理中です...