318 / 390
第二三話 昇る朝陽と舞う朱咲
第二三話 五
しおりを挟む
「駄目です! 来てはいけません‼」
司の悲鳴じみた制止の声と真っ黒な式神が突っ込んでくるのは同時だった。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女!」
反射的に昴が結界を張ることで事なきを得たが、あかりは霊剣を構えたまま混乱していた。
(御上様を助けたいのに、来てはいけないとご本人はおっしゃっている……。一体どういうこと……?)
するとあかりの沈思を破るかのように、司の叫び声が響き渡った。
「これは罠です! 余を人質に、あかりさんをおびき出すための……っ、ぐっ!」
司の苦しげな呻き声を聞いてじっとしていられるあかりではなかった。司の制止を振り切り、あかりは謁見の間に飛び込んだ。
「御上様……!」
「くくっ。本当に来るとはな……」
畳敷きの床の上にみぞおちを押さえてうずくまる司の前に悠然と佇むのは、黒ずくめの男だった。上衣も袴も真っ黒で、羽織る黒の外套についた帽子を目深にかぶっているため顔はわからないが、声からして四、五〇歳代だろうか。
男は笑っているはずなのに、漂う空気は重苦しく、あかりの背に嫌な汗が伝った。
(この気配、忘れるはずもないわ。……現帝……!)
この戦いにおける全ての元凶。彼の支配欲が陰の国の帝位争いを引き起こし、恐怖心が陽の国までもを巻き込む戦いを生んだ。その結果、あかりは大切なものをいくつも失った。
あかりの怒りと悲しみに呼応するように、手にした霊剣がまとう炎が勢いを増す。
何が可笑しいのか、現帝はくつくつと喉を鳴らして笑った。
「あれにそっくりだな、馬鹿なところも狐火も。陰の国の天狐と陽の国の四家の女が結ばれるなど滑稽だと思っていたが……ああ、可笑しい」
あかりはすぐに両親を馬鹿にされていることに気がついた。目の前が真っ赤に染まるような錯覚を起こすが、あかりの手に添えられたややひんやりとした温度に我を取り戻す。
「あかり……、今は、抑えて……」
そういう結月も悔しさを堪えている様子で、それを目にしたあかりの頭はいくらか冷えた。しかし、すぐにぞわりと肌が粟立つ感覚に襲われる。現帝があかりを憎悪のこもった眼差しで睨みつけていたのだ。
「ああ、忌まわしい。お前のような存在など消えてなくなってしまえばいいのに」
「何を……」
「人間と妖、両の血をひく半妖の子など、不吉なことこの上ない。なぜ高等な我ら人間が下劣な妖どもと結ばれる? 恐ろしいではないか!」
陽の国と陰の国が相容れない原因のひとつに、この価値観の相違があった。陽の国は人間も妖も対等で、半妖など珍しくもない。一方で陰の国では妖は人間よりも劣った存在とされ、式神に見るようにまるで物のように考えられている節がある。
現帝はそんな陽の国の在り方に恐怖を抱いていた。いつか陰の国が陽の国に侵される日が来るのではないかと。だから権力を笠に着て、陽の国に侵攻するようになったのだ。
「お前がいる限り、我は恐怖に怯え続けなければならない。妖をたぶらかして勝手な大義名分を掲げて我の国に進行してくるのではないかと。陽の国で最強の力をもつ半妖のお前がいる限り、ずっと……。……だから」
司の悲鳴じみた制止の声と真っ黒な式神が突っ込んでくるのは同時だった。
「青柳、白古、朱咲、玄舞、空陳、南寿、北斗、三体、玉女!」
反射的に昴が結界を張ることで事なきを得たが、あかりは霊剣を構えたまま混乱していた。
(御上様を助けたいのに、来てはいけないとご本人はおっしゃっている……。一体どういうこと……?)
するとあかりの沈思を破るかのように、司の叫び声が響き渡った。
「これは罠です! 余を人質に、あかりさんをおびき出すための……っ、ぐっ!」
司の苦しげな呻き声を聞いてじっとしていられるあかりではなかった。司の制止を振り切り、あかりは謁見の間に飛び込んだ。
「御上様……!」
「くくっ。本当に来るとはな……」
畳敷きの床の上にみぞおちを押さえてうずくまる司の前に悠然と佇むのは、黒ずくめの男だった。上衣も袴も真っ黒で、羽織る黒の外套についた帽子を目深にかぶっているため顔はわからないが、声からして四、五〇歳代だろうか。
男は笑っているはずなのに、漂う空気は重苦しく、あかりの背に嫌な汗が伝った。
(この気配、忘れるはずもないわ。……現帝……!)
この戦いにおける全ての元凶。彼の支配欲が陰の国の帝位争いを引き起こし、恐怖心が陽の国までもを巻き込む戦いを生んだ。その結果、あかりは大切なものをいくつも失った。
あかりの怒りと悲しみに呼応するように、手にした霊剣がまとう炎が勢いを増す。
何が可笑しいのか、現帝はくつくつと喉を鳴らして笑った。
「あれにそっくりだな、馬鹿なところも狐火も。陰の国の天狐と陽の国の四家の女が結ばれるなど滑稽だと思っていたが……ああ、可笑しい」
あかりはすぐに両親を馬鹿にされていることに気がついた。目の前が真っ赤に染まるような錯覚を起こすが、あかりの手に添えられたややひんやりとした温度に我を取り戻す。
「あかり……、今は、抑えて……」
そういう結月も悔しさを堪えている様子で、それを目にしたあかりの頭はいくらか冷えた。しかし、すぐにぞわりと肌が粟立つ感覚に襲われる。現帝があかりを憎悪のこもった眼差しで睨みつけていたのだ。
「ああ、忌まわしい。お前のような存在など消えてなくなってしまえばいいのに」
「何を……」
「人間と妖、両の血をひく半妖の子など、不吉なことこの上ない。なぜ高等な我ら人間が下劣な妖どもと結ばれる? 恐ろしいではないか!」
陽の国と陰の国が相容れない原因のひとつに、この価値観の相違があった。陽の国は人間も妖も対等で、半妖など珍しくもない。一方で陰の国では妖は人間よりも劣った存在とされ、式神に見るようにまるで物のように考えられている節がある。
現帝はそんな陽の国の在り方に恐怖を抱いていた。いつか陰の国が陽の国に侵される日が来るのではないかと。だから権力を笠に着て、陽の国に侵攻するようになったのだ。
「お前がいる限り、我は恐怖に怯え続けなければならない。妖をたぶらかして勝手な大義名分を掲げて我の国に進行してくるのではないかと。陽の国で最強の力をもつ半妖のお前がいる限り、ずっと……。……だから」
0
あなたにおすすめの小説
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
【完結】大魔術師は庶民の味方です2
枇杷水月
ファンタジー
元侯爵令嬢は薬師となり、疫病から民を守った。
『救国の乙女』と持て囃されるが、本人はただ薬師としての職務を全うしただけだと、称賛を受け入れようとはしなかった。
結婚祝いにと、国王陛下から贈られた旅行を利用して、薬師ミュリエルと恋人のフィンは、双方の家族をバカンスに招待し、婚約式を計画。
顔合わせも無事に遂行し、結婚を許された2人は幸せの絶頂にいた。
しかし、幸せな2人を妬むかのように暗雲が漂う。襲いかかる魔の手から家族を守るため、2人は戦いに挑む。
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お姫様は死に、魔女様は目覚めた
悠十
恋愛
とある大国に、小さいけれど豊かな国の姫君が側妃として嫁いだ。
しかし、離宮に案内されるも、離宮には侍女も衛兵も居ない。ベルを鳴らしても、人を呼んでも誰も来ず、姫君は長旅の疲れから眠り込んでしまう。
そして、深夜、姫君は目覚め、体の不調を感じた。そのまま気を失い、三度目覚め、三度気を失い、そして……
「あ、あれ? えっ、なんで私、前の体に戻ってるわけ?」
姫君だった少女は、前世の魔女の体に魂が戻ってきていた。
「えっ、まさか、あのまま死んだ⁉」
魔女は慌てて遠見の水晶を覗き込む。自分の――姫君の体は、嫁いだ大国はいったいどうなっているのか知るために……
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ
凜
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます!
貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。
前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?
【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革
うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。
優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。
家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。
主人公は、魔法・知識チートは持っていません。
加筆修正しました。
お手に取って頂けたら嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる