【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第二三話 昇る朝陽と舞う朱咲

第二三話 四

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(不気味なくらい静かだわ)
 町の小路を下りながら、あかりはさっと周囲を見渡した。
 いくらあかりが反閇で邪気を祓ったとはいえあまりにもひと気がない。雨の中に聞こえるはずの戦闘音も今は聞こえなかった。
 時人に先導され中央御殿のある中央の地に入る。そこであかりは足を止めてしまった。
「……っ!」
「なんだよ、これ……」
 秋之介たちも目を見開き固まってしまう。
 そこには数えきれないほど大勢の人々が倒れていた。敵味方関係なく、誰もが血を流して地面にうずくまり、あるいは伏している。黒い雲を映す水たまりは薄い赤に染まっていた。
 昴が一番近くにいた白古家の家臣のひとりに歩み寄るも、俯いて首を振った。
「駄目だ、助けられない……。……時人くん、これはどういうこと?」
 静かに問う昴の声には冷たい怒りが滲んでいた。時人に対する怒りではなかったが、彼は昴の放つ気に背に冷や汗を流しながら答えた。
「……現帝、です。式神を使役して、たった一人で……」
「敵味方関係なく……。……酷い」
 結月の呟きに同意するように昴は頷くと「それで」と問いを重ねた。
「その現帝はどこに行ったの?」
「中央御殿に入っていくまでは見ました。おそらく御上様のもとだと思われます。御殿の中にいる仲間たちが食い止めてくれているはずですが……それも、時間の問題でしょう」
 時人は恐怖に耐えるかのように俯き、拳を握った。『仲間』のうちには彼の班員も含まれているはずだった。
「時人くん……」
 あかりが案じるように声をかけるも、時人は雑念を払うように首を振った。
「いえ、申し訳ありません。とにかく御上様のところに参りましょう」
 意を決して足を踏み出す。
予想はしていたが門に始まり、御殿の玄関や廊下、各部屋に至るまでとても直視できるような状態ではなかった。こみ上げる不快感を無理矢理抑え込み、あかりたちは気配を頼りに司を探す。
「上……?」
 一階から二階への階段の前で皆は足を止めた。司の気配は上階にあるようだ。
「やっぱり、御上様は最上階にいらっしゃるの……?」
 最上階には謁見の間と司の私室がある。可能性としては十分にあった。
「急ごう……!」
 いてもたってもいられなくてあかりは先頭を切って階段を駆け上った。
二階でも戦いの後の惨状だけが残っていて、人の気配は微塵も感じられない。
さらに階段を上って、あかりたちは最上階の廊下に出た。そこから廊下を突き進んで手前にある謁見の間に足を踏み入れようとした、そのときだった。
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