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第二五話 希望の灯
第二五話 二
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それから間もなくして秋之介と昴が部屋に飛び込んできた。
「あかり!」
「気の変化を感じたんだけど、もしかして……!」
「秋、昴……」
上体を起こすあかりの背を支えながら、結月は振り返った。確かにあかりは意識を取り戻していたが、結月の顔は暗く、今にも泣きだしそうに見えた。
「……何かあったんだね?」
「……あかり、何もわからないみたい、で……」
「わかった。ちょっと診せて」
以前ほどの霊力がないとはいえ診察くらいなら簡単だった。結月と場所を代わった昴があかりの両手をとり「玄舞護神、急々如律令」と唱える。黒い光が収まり、昴は絶句した。
「…………」
「昴、どうだったんだ?」
焦れたように秋之介が口を出す。昴は気持ちを落ち着けようと深呼吸をしてから、診察結果を伝えた。
「……ない」
「はぁ? ないって何が?」
「魂は戻ってるけど、そこに自我とか霊力とかが感じられないんだ。……例えるなら動く人形だよ」
招魂祭により魂はつなぎとめられ、泰山府君祭により寿命は得られた。けれどもあかりをあかりたらしめる自我や記憶、人格や性格といったものは残らなかったのだ。
くるくると表情を変えていた顔は虚ろで何の感情も映してはいない。赤い瞳はただ光を反射するだけで無機質で冷たいガラス玉のようだった。
「……どうにか、する、方法は?」
消え入りそうな声で結月が昴に尋ねるが、昴は静かに頭を振った。
「もしかしたら術はあるのかもしれない。だけど、それを実行できる人はいないよ」
現実問題、治癒術を専門とする玄舞家に今の昴以上に霊力があり、かつ技術が伴う人材はいない。仮に霊力も技術も十分にあったとして、何かを犠牲にしなければならないとなった場合、果たしてどれだけの人が諾と答えてくれるのかもわからなかった。
結論、現在あかりが本当の意味で生き返るための方法はないということだ。
「そう……」
「なあ、あかり。本当に何もわからないのか?」
俯く結月の傍らで、秋之介は諦めきれないとでもいうかのように根気強く問いかける。
しかし、あかりはこてんと首を傾げるだけだった。おそらく言葉が理解できていないのか、会話が成立しない。秋之介の問いには答えない代わりに、あかりはこんなことを口にした。
「ねえ、『あかり』って、なあに?」
『誰』ではなく『何』。
こうなるとさすがの秋之介も口をつぐんでしまった。
重い沈黙が降りる。結月は力なく顔を俯けたまま、秋之介は固く拳を握りしめ、昴は下唇を嚙んでいた。誰もが悔しさと情けなさ、喪失感に打ちひしがれ言葉を失う中、渦中の人物であるあかりだけはまったく意に介さずに「『あかり』……」と繰り返す。
「そう、だね。『あかり』っていうのはね、君の名前だよ、あかりちゃん」
昴が悲しい微笑みを湛え、震える声でやっとのこと答えると、あかりはぱちりと瞬きをした。
「『あかり』、なまえ……。わたし、の?」
「うん。『朱咲あかり』、君のことだよ」
「わたしは、あかり……。あかり……」
響きを確かめるようにあかりは口の中で名前を転がす。その瞬間、霞がかったあかりの脳裏に閃くものがあった。
あかり。名前。大事な人。大好きな人。……でも、わからない。
そしてそれきり閃きは霞の向こうへと消えてしまう。
「あかりちゃん……? どうしたの?」
「?」
昴に問われて初めて自分の片頬が濡れていることに気がつく。あかりは一筋の涙を流していた。
痛くもない。悲しくもない。ただ迫る切なさに胸が苦しかった。
けれども思いは言葉にならず、あかりは空虚な表情で頬から流れ落ちた涙の雫を見送った。
その光景を目にした結月はいよいよ耐えきれなくなって席を立った。
「……ごめん。少し、外に出てくる」
秋之介も昴も引きとめることはせず、遠ざかる背中を黙って見つめた。
「あかり!」
「気の変化を感じたんだけど、もしかして……!」
「秋、昴……」
上体を起こすあかりの背を支えながら、結月は振り返った。確かにあかりは意識を取り戻していたが、結月の顔は暗く、今にも泣きだしそうに見えた。
「……何かあったんだね?」
「……あかり、何もわからないみたい、で……」
「わかった。ちょっと診せて」
以前ほどの霊力がないとはいえ診察くらいなら簡単だった。結月と場所を代わった昴があかりの両手をとり「玄舞護神、急々如律令」と唱える。黒い光が収まり、昴は絶句した。
「…………」
「昴、どうだったんだ?」
焦れたように秋之介が口を出す。昴は気持ちを落ち着けようと深呼吸をしてから、診察結果を伝えた。
「……ない」
「はぁ? ないって何が?」
「魂は戻ってるけど、そこに自我とか霊力とかが感じられないんだ。……例えるなら動く人形だよ」
招魂祭により魂はつなぎとめられ、泰山府君祭により寿命は得られた。けれどもあかりをあかりたらしめる自我や記憶、人格や性格といったものは残らなかったのだ。
くるくると表情を変えていた顔は虚ろで何の感情も映してはいない。赤い瞳はただ光を反射するだけで無機質で冷たいガラス玉のようだった。
「……どうにか、する、方法は?」
消え入りそうな声で結月が昴に尋ねるが、昴は静かに頭を振った。
「もしかしたら術はあるのかもしれない。だけど、それを実行できる人はいないよ」
現実問題、治癒術を専門とする玄舞家に今の昴以上に霊力があり、かつ技術が伴う人材はいない。仮に霊力も技術も十分にあったとして、何かを犠牲にしなければならないとなった場合、果たしてどれだけの人が諾と答えてくれるのかもわからなかった。
結論、現在あかりが本当の意味で生き返るための方法はないということだ。
「そう……」
「なあ、あかり。本当に何もわからないのか?」
俯く結月の傍らで、秋之介は諦めきれないとでもいうかのように根気強く問いかける。
しかし、あかりはこてんと首を傾げるだけだった。おそらく言葉が理解できていないのか、会話が成立しない。秋之介の問いには答えない代わりに、あかりはこんなことを口にした。
「ねえ、『あかり』って、なあに?」
『誰』ではなく『何』。
こうなるとさすがの秋之介も口をつぐんでしまった。
重い沈黙が降りる。結月は力なく顔を俯けたまま、秋之介は固く拳を握りしめ、昴は下唇を嚙んでいた。誰もが悔しさと情けなさ、喪失感に打ちひしがれ言葉を失う中、渦中の人物であるあかりだけはまったく意に介さずに「『あかり』……」と繰り返す。
「そう、だね。『あかり』っていうのはね、君の名前だよ、あかりちゃん」
昴が悲しい微笑みを湛え、震える声でやっとのこと答えると、あかりはぱちりと瞬きをした。
「『あかり』、なまえ……。わたし、の?」
「うん。『朱咲あかり』、君のことだよ」
「わたしは、あかり……。あかり……」
響きを確かめるようにあかりは口の中で名前を転がす。その瞬間、霞がかったあかりの脳裏に閃くものがあった。
あかり。名前。大事な人。大好きな人。……でも、わからない。
そしてそれきり閃きは霞の向こうへと消えてしまう。
「あかりちゃん……? どうしたの?」
「?」
昴に問われて初めて自分の片頬が濡れていることに気がつく。あかりは一筋の涙を流していた。
痛くもない。悲しくもない。ただ迫る切なさに胸が苦しかった。
けれども思いは言葉にならず、あかりは空虚な表情で頬から流れ落ちた涙の雫を見送った。
その光景を目にした結月はいよいよ耐えきれなくなって席を立った。
「……ごめん。少し、外に出てくる」
秋之介も昴も引きとめることはせず、遠ざかる背中を黙って見つめた。
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