【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第二五話 希望の灯

第二五話 三

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 離れの稽古場、その縁側に腰かけて、結月はぼんやりと庭を眺めていた。
夏の日は長く、残照があたりを照らし、庭を橙色に染め上げる。眩しすぎる西日が目に痛い。
結月の瞳から音もなくこぼれた涙もまた、夕陽と同じ色をしていた。
ここでは、共に強くなって戦いを終わらせようと四人で必死になって稽古した。決して楽ではなかったけれど、幼なじみたちがいたから誰もが頑張れた。笑うことができた。だからこの稽古場には楽しい時間も笑顔ある思い出もある。
戦いの日々よりも、あかりが意識を取り戻さなかった間よりも、平和な世に彼女が目覚めた今のほうがずっと辛いなんて皮肉なものだと思った。
(あかりは、帰ってきてくれる。また、笑ってくれる。そう、信じていられたから、今日まで立っていられた、のに……)
 いざあかりが目覚めてみれば現実はあまりにも残酷なもので、立っていた地面が脆く崩れるようだった。
(ただ、守りたかった。……守ったつもり、だった)
 四人で生き抜くことはできたが、今のあかりを目にしてしまったら『守りきれた』とは到底思えなかった。
 結局、いつもいつもこうなるのだ。
 泣いてどうにかなるとは微塵も思っていないが、涙が溢れて止まらない。自分の弱さを呪って、あかりを喪ったことを嘆いて。
(あかり、会いたいよ……)
 心は折れてしまいそうなのに、希望を捨てきることもできない。いっそ諦めきれたら楽になれるのかもしれないが、そう思うほどにあかりに会いたい思いは強くなるばかりだ。
結月の想いは静かに涙に溶けていった。

 夕陽が落ち、あたりが薄闇に包まれる頃になって、結月はようやくあかりの部屋に戻った。
「ゆづき」
「……っ」
 衝撃に息が詰まった。今一番聞きたくて、けれど聞きたくない声で名前を呼ばれたから。
結月が返事もできず、部屋の入り口で立ち尽くしていると、あかりは「ゆづき?」と繰り返した。
声は同じなのにどこか虚ろでふわふわとした感じに、結月は泣きたくなったがぐっと堪え「うん、何?」と応じた。
「わたし、あかり。あなた、ゆづき」
「……そうだね」
 結月が頷くと、あかりは満足したのか口を閉ざした。
 その様子を傍らで見守っていた秋之介と昴に、結月は目を遣った。
「思い出したの?」
「いいや。俺たちが教えた」
「何がきっかけになってあかりちゃんに届くかわからないからね。まずは僕たちの名前を教えてみたんだよ」
 結月と同じく、彼らもまたあかりが元に戻る可能性を捨てきってはいなかった。天翔があかりに伝え、あかりが結月たちに示してくれた教えはしっかりと生きていた。
『何があっても最後まで諦めてはいけないよ』
 天翔の声が蘇るようだった。
 それにあかりと交わしたいくつもの約束がある。どれ一つとして取りこぼしてはいけない大事な約束が。
 直面した現実は泣きたくなるくらいに辛く苦しいものには違いない。だが、これを『悲痛な結末』だとは思わない。絶対に信じない。
(まだ、終わりじゃない。終わりには、させない)
 諦めない限りは希望を信じても良い。
 いつかの結月があかりに告げた言葉と思いは今も変わってはいなかった。
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