【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第二六話 繋がる想い

第二六話 五

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 町で昼食を済ませてから、あかりたちは青柳家へと向かった。
 あかりたちが玄関を潜ると、ちょうど春朝と香澄、梓と鉢合わせた。
「やあ、みんな。外は暑かっただろう。うちで涼んでいきなさい」
「父様」
「結月も皆を連れて先に客間へ行っていると良いよ」
「あら、だったら私がお茶を持っていくわ」
「あたしも手伝うよ」
 結局春朝たちは三人で厨がある方へと歩き出す。結月はあかりたちを客間に案内するべく先頭に立った。
 客間に着いてしばらくするとお茶を持った香澄たちが姿を現した。
「今日は冷たい麦茶よ」
 香澄がめいめいの前に麦茶を置いていく。
 梓は「今日はあかりちゃんの誕生日だからね」と言って、色とりどりの金平糖が載った皿を配っていった。
「あかりちゃんももう二〇歳か」
 卓の前に座しながら春朝が感慨深げに呟く。当のあかりはきょとんと首を傾げていた。
「たんじょうび。はたち」
「おめでたい日ってことねぇ」
 香澄はあかりの隣に座ると、あかりの頭を撫でながら微笑んだ。あかりはされるがままになっていたが、どことなく嬉しそうでもあった。
「本当にこの二〇年間は色々なことがあったね。振り返ってみればあっという間だ」
 春朝はあかりだけでなく、結月、秋之介、昴を順に見て目を細めた。
「まつりちゃんたちもさぞや喜んでいるだろうね。君たちが生まれてきてくれたこと、こうして生きていることを」
 あかりが春朝の顔を見上げる。
「うまれる、いきる。うれしい」
 春朝はあかりに微笑みかけながら「そうだね」と頷いた。
「改めてわたしからも言わせてくれないか。生まれてきてくれて、今日まで生きていてくれて、ありがとう」
 その言葉は言霊ではなかったけれど、あかりたちの胸にじんと沁みわたっていった。

 その後は昔話に興じていたが、やがて夕刻となったので夕食会の会場である玄舞家に皆で移動することになった。
 夏の日は長く、酉の刻を前にしても空は明るい。柔らかな橙色と黄色が美しい夕空に、あかりの胸は躍り出す。
「すざくうたいてこえたかく。まいおどりてそらたかく。いのりのうたがとどくとき、あなたにかごがありましょう」
 空気は夕陽の色に染め上げられていたが、あかりの言霊によって赤みがかり、さらに眩しく光り輝く。
「すざくもやすはじゃのこころ。やきはらうはごうのみぞ。ごうかのうたがとどくとき、そのみはきよめられましょう」
 あかりの謡声に道行く人々が振り返る。側を歩いていた結月たちもあかりの謡に聴き入っていた。
「すざくやどりてわがうちに。きょうもねがいたてまつる。きょうもかんしゃをささげましょう。すざくごしん、きゅうきゅうにょりつりょう」
 赤い光がふわりと舞い上がり、降り注ぐ。人々は天を見上げ、感嘆の息をつく。
『あかり』
 その鈴音は慈愛に満ち溢れていた。一度耳にしたときから忘れられず、あかりが追い求めていた声だった。
 誰だかはわからないが、掴み損ねてはいけない声。この声の正体を知ったとき、あかりの中の何かが大きく変わるのではないかという予感に突き動かされて、あかりは最初に尋ねたときにもらえなかった答えを求めて再度問いかける。
「あなた、だれ?」
『妾? 妾は……』
 しかし鈴音のような少女の声がその名を口にする前に、声はふつりと途切れてしまった。
 あと少し、何かが足りない。『何か』が……。
『言霊を力に変えるのには、自身の想いがなにより重要なのよ。強大な力を扱いたければなおのこと、それに応じた想いの強さが必要となるの』
不意に記憶の奥底から湧き上がる声があかりに答えを教えてくれる。
足りない『何か』は……。
「おもい」
 それはあかりが失って久しいものだった。
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