【本編完結】朱咲舞う

南 鈴紀

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第二七話 願った未来

第二七話 五

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 それから年末まではあっという間だった。
大掃除をしたり年始の準備をしたりはもちろんのこと、あかりたち四家の当主には新年祭での舞と祝詞の披露の練習がある。舞に慣れているあかりには簡単なことであっても、年に一度しかやらない結月たちは毎年苦心していた。
しかし、前日まであかりが厳しく指導した甲斐あって、大晦日の今日は前日までよりはやや早く練習を終えることができた。その足で玄舞家に集まって年越しを迎えるのは毎年恒例のことだった。
「お邪魔しまーす。……一〇日くらいしか経ってないのに、なんだかもう久しぶりな気がするわ」
 玄舞家の玄関を上がりながらあかりはひとりごちる。さっと周囲に視線を巡らせるが、あまり変化はない。強いて言うなら年末の大掃除を経てより一層きれいになったというくらいか。
 あかりの呟きを拾っていた昴が苦笑する。
「毎日ここにいたものね。うちの家臣もあかりちゃんがいなくなって残念がってたよ。特に料理番なんかはね」
「朱咲家の新しい料理番さんのごはんも美味しいけど、昴のところの料理番さんのごはんも好きだよ。今日もすっごい楽しみにしてたんだから」
「それを聞いたら彼らは飛び上がって喜びそうだね」
「稽古も頑張ったし、お腹空いてきたなぁ。今日は何が出るんだろう?」
 秋之介は呆れたため息をついていたが、茶化すことなくあかりのことを微笑ましく思って見守っていた。結月が意外そうに目を瞬かせる。
「今日は、茶化さないんだね」
「茶化すとあかりとゆづがうるさいからな」
 秋之介は一転しておどけて笑ってみせる。しかし結月には秋之介の真意などわかりきっていたので「やっぱり、素直じゃないんだから……」とため息をついた。
「あかりがあかりらしくなって、帰ってきて、嬉しいってそういえばいいのに」
 お腹が空いた、美味しいものが食べたいとあかりは昴と談笑していて、結月と秋之介の会話は耳に入っていないようだった。そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、秋之介は眼差しを柔らかくして「いいんだよ」と呟いた。
「言ったらあかりが気にするだろ。俺はあかりがいつも通り笑っててくれるんなら、それで十分だと思ってるんだからさ」
「……そっか」
 わざと伝えないのも秋之介なりの優しさの表れというものだろう。結月はそう理解して小さく相槌を打った。
 そんなときあかりがくるりと顔だけ振り返った。
「ねえ、聞いた? 今日の年越しそばはいつもよりちょっと豪華なんだって!」
 満面の笑みを見せるあかりを眩しく思いながら、結月と秋之介はあかりと昴の会話に加わった。
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