色色奇譚

南 鈴紀

文字の大きさ
24 / 104
第一話 思い出語り

第一話 二三

しおりを挟む
 巳の刻を半刻ほど過ぎた頃、緊急の話し合いは終わった。
 半ば予想はしていたが、王からの勅命が下された。断ることは基本的に許されないことだったとはいえ、正直なところ自分には荷が重いと感じていた。
(じい様の跡を継いで、俺が天音の守り人に……)
 玄の亡骸は既に別所に移されているらしく、ひとりで自室にいたら気が滅入ってしまいそうだった。
 無性に天音に会いたくなって、黎夜の足は離れへと向かっていた。
「天音、戻ったよ」
 離れの玄関から声をかけてみるが、いつものような軽快な駆け足の音は聞こえない。扉に手をかけてみると、すっと開いた。このようなことは今までにも例がある。大抵は玄や黎夜がやって来るのを待っている間に、天音が寝てしまっているのだ。
 黎夜は「入るよ」と慣れた調子で玄関にあがった。廊下を進んで勉強部屋に足を踏み入れる。
「また、こんなところで……」
 案の定、天音は寝ていた。それも服は朝のまま、いつも天音の席があった畳の上に丸くなって。
 呆れと心配が入り混じったため息を吐いて、黎夜はこれまでのように何気なく天音を起こそうと手を伸ばしかけて、ぴたりと宙で止めた。
(泣い、てた……?)
 天音の頬には涙の跡が残っていて、閉じたまぶたも赤く腫れていた。
「……玄、さん……」
「っ!」
 天音が寝言で玄の名前を呼ぶのと同時に、目の端からつうっと一筋の涙が流れた。
 天音が泣くところなどほぼ見たことがなかった黎夜は驚きに息をのみ、己の愚かさを呪った。
 玄が亡くなったと知らされて、天音は駆けつけてくれた。泣きじゃくる黎夜のことを思いやって、彼女は静かに寄り添ってくれた。「ひとりじゃないよ」と黎夜を元気づけるように明るく笑ってくれた。その後、家臣たちに絡まれても気丈に振る舞い続けた天音だったが、あのとき泣きたいほど悲しかったのは、黎夜だけでなく天音だって同じだったはずだ。
 そんなことにも思い至らずに、黎夜は浅はかにも天音の笑顔に救われたいと思って彼女に会いに来てしまった。
 思えば、天音は人前では泣かない。人前で泣いたとしたら、それは天音のためではなく他の誰かのためだ。
 怒るときもそう。自分が不快になったからではく、誰かが傷つくから怒る。
 人前で泣かない強さと誰かのために怒れる優しさを天音がもっていると知りながら、黎夜は彼女に甘えていたのだと気づかされた。
 天音だって自分と同じたったの一〇歳で、子どもだ。大人を頼りたいだろうし、守ってほしいと思うこともあるだろう。それが叶わない今、不安だってあるはずだ。
(それなのに、俺は……)
 天音に甘えたまま、与えられたたったひとつの役目にすら迷いを抱いている。
(荷が重いなんて、馬鹿なことを考えてた)
 天音の強さに憧れ、優しさに惹かれ、素直で明るく無邪気な笑顔が愛しかった。明確なきっかけなどなく、気がつけばこの想いは日に日に大きくなっていった。
(俺は、天音を守りたい)
 友人として、幼なじみとして、守り人として、……天音を恋い慕う男として。
 一国の姫とその守り人では、主従の立場がある。黎夜が天音に想いを伝える日が来ないのだとしても、この想いは大事にしたかった。
「……天音。君のこと、俺が守るって誓うよ」
 玄の最期の顔が思い浮かぶ。慈愛に満ちた微笑みで、きっと彼は願ってくれたのだと思う。黎夜と天音の明るく優しい未来を。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...