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第二二話 答えの在り処
第二二話 一三
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『こっちこっち~』
声と気配に導かれて慈乃がたどり着いたのは、街とは反対側の森の奥だった。地図を見て郊外に森が存在することは知っていたが、足を踏み入れるのは初めてのことだった。薄暗い森は閑散としていて、ざあっという木の葉の擦れ合う音がよく聴こえ、自らの足音がやけに大きく響くように感じられる。それでも不思議と気味悪さや心細さはない。カモミールの精が側にいること、それから徐々に懐かしい空気が近づいてきていることが要因かもしれなかった。
『ここだよ~』
突然開けた視界に、慈乃は眩しさから目を細めた。次第に明るさに目が慣れてくると、眼前の光景に言葉を失った。
「……‼」
そこには一面に時期外れのカモミールの花が咲き誇っていた。純白の絨毯は木漏れ日を受けてちらちらと輝いていて、リンゴに似た爽やかな香りがほのかに場を満たしている。優しい秋風に、カモミールはふわりふわりと舞い踊った。同時に今までにはないくらいにはっきりと、たくさんの声がわっと降ってくる。
『ここはシノが倒れてた場所なの~』『扉があるところなの~』
懐かしい空気の正体はこれらしい。扉らしきものは見当たらないが、ここが人間の世界と妖精の世界をつなぐ場所なのだと彼らは口々に言う。
我に返った慈乃が疑問を口にする。
「でも、どうしてここに……?」
『学び家のみんながシノを助けてるのを見て~』『私達もお手伝いしたくなったの~』『僕達もシノの力になりたかったの~』『それでね、この景色を見せたくて~』『そうそう~。シノがいるから、頑張ってくれるから僕達はこうして存在できるの~』『それを知ってほしかったの~』
慈乃は目の前の花畑に意識を集中させた。どの花も懸命に今を生きて、花を咲かせている。それはそっくり今の慈乃のようだった。
『シノは人間としてもとの世界に帰りたい~?』
「え?」
唐突だが核心をつく質問に慈乃は呆けた声をもらしたが、すぐに首を左右に振った。今に至るまででおおよその決心はついていた。
「いいえ。私は……家族の側にいたいです。けれど、この決断が正しいものかわからないのです」
一瞬の沈黙が降りる。するとカモミールの精の方が先に口を開いた。
『正しいってそんなに大事なことかな~?』『一番大事なことはシノがどうあるべきかじゃなくて、どうしたいかだと思うよ~?』『うんうん。シノは家族の笑顔が好きなんだよね~』『だからこっちの世界に居たい。そうだよね~?』
「……はい」
慈乃が戸惑いながらも頷けば、カモミールの精はふわりと笑ったようだった。
『なら、それがシノの知りたかった答えなの~』
「こた、え……」
ずっとずっと探していた。自分の存在意義や価値、居場所を。
今までの慈乃は正しいと思ったことを忠実に守り通してきた。そうすれば傷が浅くて済んだから。でも、今求められていることは正しさではない。慈乃の意思だ。
家族の笑顔を側で見ていたい。それはこの世界に来てから慈乃を支え続けた思いだった。
そして、笑顔に彩られた先の世界を知りたいと願った。笑顔の向こうには優しさや温かさがあった。しかしそれだけではなく迷いや苦しみ、葛藤もあった。そうしてようやくたどり着いたそこに、慈乃は探し続けていた答えを見つけた。
人間にも妖精にも個があって、時には傷つけられることに恐怖することもあるだろう。けれどそう単純でもないのだ。慈乃にとって害ある存在もあれば、寄り添ってくれる存在も確かにある。皆が皆、慈乃を嫌うわけではない。そこは人間も妖精も関係ないのだと今ならわかる。そこまで思い至れば、人間は、過去は、もうそんなに怖くはなかった。未練なく、決別できるような気がした。
家族やカモミールの精に支えられて今を生きる自分を、慈乃はもう嫌いだとは思わない。自身の暗い感情に振り回されたときは本当に辛く、苦しかったが、それもこの場所に至るために必要な過程だったのだと思う。
答えは愛しい家族と花の中に。
その瞬間、カモミールの中心花を写し取ったかのように、慈乃の瞳がレモンイエローに輝いた。〈逆境と苦難を耐え〉抜いた瞳には強い生命力が宿っている。そして、ひと際強い風がカモミールの花と慈乃の髪を巻き上げた。純白が舞い散る様は〈楚々として清らか〉で、神秘的ですらあった。同時にリンゴのような甘酸っぱい香りが一層濃く立ち上り、心が完全に〈癒され〉ていくのを感じた。
さあ、お別れのときだ。
慈乃は真っ直ぐ前を見据えた。そこにはきっと扉があることだろう。懐かしい空気が流れているのを感じ取れる。
「鍵を、閉めましょう」
『本当にいいの~?』
「はい。私にはもう必要ないので」
慈乃はきっぱりと、それでいて満ち足りた表情で頷いた。カモミールの精は反対しなかった。
『わかったの~』『私達はいつだってシノの側にいるからね~』『安心してね~』『シノの幸せが僕達の幸せだから~』『シノが決めたことなら、僕達はそれを助けるだけなの~』
目の前がぱっと白に弾けた。反射的に目をつぶって、次に目を開けたときにはもう懐かしい空気はそこにはなかった。
(さようなら)
最後に一言だけ、慈乃は故郷に別れの言葉を告げた。そして軽やかにくるりと踵を返す。
「では、帰りましょうか。私達の家に」
「おかえり、シノ!」
「ちゃんと帰ってきたね~」
「おかえりなさーい!」
学び家に帰りつくと、ウタセ達が温かに出迎えてくれた。慈乃の姿が変わったことに彼らは慈乃の中にあった迷いがなくなったことを察したらしく、ただ安心したように笑っていた。
「ただいま戻りました……!」
慈乃は満開の笑顔の花を咲かせて、家族のもとへと駆け戻った。
声と気配に導かれて慈乃がたどり着いたのは、街とは反対側の森の奥だった。地図を見て郊外に森が存在することは知っていたが、足を踏み入れるのは初めてのことだった。薄暗い森は閑散としていて、ざあっという木の葉の擦れ合う音がよく聴こえ、自らの足音がやけに大きく響くように感じられる。それでも不思議と気味悪さや心細さはない。カモミールの精が側にいること、それから徐々に懐かしい空気が近づいてきていることが要因かもしれなかった。
『ここだよ~』
突然開けた視界に、慈乃は眩しさから目を細めた。次第に明るさに目が慣れてくると、眼前の光景に言葉を失った。
「……‼」
そこには一面に時期外れのカモミールの花が咲き誇っていた。純白の絨毯は木漏れ日を受けてちらちらと輝いていて、リンゴに似た爽やかな香りがほのかに場を満たしている。優しい秋風に、カモミールはふわりふわりと舞い踊った。同時に今までにはないくらいにはっきりと、たくさんの声がわっと降ってくる。
『ここはシノが倒れてた場所なの~』『扉があるところなの~』
懐かしい空気の正体はこれらしい。扉らしきものは見当たらないが、ここが人間の世界と妖精の世界をつなぐ場所なのだと彼らは口々に言う。
我に返った慈乃が疑問を口にする。
「でも、どうしてここに……?」
『学び家のみんながシノを助けてるのを見て~』『私達もお手伝いしたくなったの~』『僕達もシノの力になりたかったの~』『それでね、この景色を見せたくて~』『そうそう~。シノがいるから、頑張ってくれるから僕達はこうして存在できるの~』『それを知ってほしかったの~』
慈乃は目の前の花畑に意識を集中させた。どの花も懸命に今を生きて、花を咲かせている。それはそっくり今の慈乃のようだった。
『シノは人間としてもとの世界に帰りたい~?』
「え?」
唐突だが核心をつく質問に慈乃は呆けた声をもらしたが、すぐに首を左右に振った。今に至るまででおおよその決心はついていた。
「いいえ。私は……家族の側にいたいです。けれど、この決断が正しいものかわからないのです」
一瞬の沈黙が降りる。するとカモミールの精の方が先に口を開いた。
『正しいってそんなに大事なことかな~?』『一番大事なことはシノがどうあるべきかじゃなくて、どうしたいかだと思うよ~?』『うんうん。シノは家族の笑顔が好きなんだよね~』『だからこっちの世界に居たい。そうだよね~?』
「……はい」
慈乃が戸惑いながらも頷けば、カモミールの精はふわりと笑ったようだった。
『なら、それがシノの知りたかった答えなの~』
「こた、え……」
ずっとずっと探していた。自分の存在意義や価値、居場所を。
今までの慈乃は正しいと思ったことを忠実に守り通してきた。そうすれば傷が浅くて済んだから。でも、今求められていることは正しさではない。慈乃の意思だ。
家族の笑顔を側で見ていたい。それはこの世界に来てから慈乃を支え続けた思いだった。
そして、笑顔に彩られた先の世界を知りたいと願った。笑顔の向こうには優しさや温かさがあった。しかしそれだけではなく迷いや苦しみ、葛藤もあった。そうしてようやくたどり着いたそこに、慈乃は探し続けていた答えを見つけた。
人間にも妖精にも個があって、時には傷つけられることに恐怖することもあるだろう。けれどそう単純でもないのだ。慈乃にとって害ある存在もあれば、寄り添ってくれる存在も確かにある。皆が皆、慈乃を嫌うわけではない。そこは人間も妖精も関係ないのだと今ならわかる。そこまで思い至れば、人間は、過去は、もうそんなに怖くはなかった。未練なく、決別できるような気がした。
家族やカモミールの精に支えられて今を生きる自分を、慈乃はもう嫌いだとは思わない。自身の暗い感情に振り回されたときは本当に辛く、苦しかったが、それもこの場所に至るために必要な過程だったのだと思う。
答えは愛しい家族と花の中に。
その瞬間、カモミールの中心花を写し取ったかのように、慈乃の瞳がレモンイエローに輝いた。〈逆境と苦難を耐え〉抜いた瞳には強い生命力が宿っている。そして、ひと際強い風がカモミールの花と慈乃の髪を巻き上げた。純白が舞い散る様は〈楚々として清らか〉で、神秘的ですらあった。同時にリンゴのような甘酸っぱい香りが一層濃く立ち上り、心が完全に〈癒され〉ていくのを感じた。
さあ、お別れのときだ。
慈乃は真っ直ぐ前を見据えた。そこにはきっと扉があることだろう。懐かしい空気が流れているのを感じ取れる。
「鍵を、閉めましょう」
『本当にいいの~?』
「はい。私にはもう必要ないので」
慈乃はきっぱりと、それでいて満ち足りた表情で頷いた。カモミールの精は反対しなかった。
『わかったの~』『私達はいつだってシノの側にいるからね~』『安心してね~』『シノの幸せが僕達の幸せだから~』『シノが決めたことなら、僕達はそれを助けるだけなの~』
目の前がぱっと白に弾けた。反射的に目をつぶって、次に目を開けたときにはもう懐かしい空気はそこにはなかった。
(さようなら)
最後に一言だけ、慈乃は故郷に別れの言葉を告げた。そして軽やかにくるりと踵を返す。
「では、帰りましょうか。私達の家に」
「おかえり、シノ!」
「ちゃんと帰ってきたね~」
「おかえりなさーい!」
学び家に帰りつくと、ウタセ達が温かに出迎えてくれた。慈乃の姿が変わったことに彼らは慈乃の中にあった迷いがなくなったことを察したらしく、ただ安心したように笑っていた。
「ただいま戻りました……!」
慈乃は満開の笑顔の花を咲かせて、家族のもとへと駆け戻った。
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