カモミールの福音 ~花と〈家族〉に癒される優しい世界の物語~

南 鈴紀

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第二三話 めぐる笑顔

第二三話 一三

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「そう。僕はもともと人間だったよ」
 慈乃が小さく息をのむと、ウタセは彼の生い立ちを語りだした。
「前にも話したように家族関係が上手くいかなくて、小さいときの僕は一時期笑えなくなっていたんだ。そんなときに僕はふらっと家出した。まあ、子どもの足じゃ行ける範囲も限られてるけど、それでも窮屈な家にいたくなかったから逃げ出したんだ」
 ウタセは苦笑交じりにそう言ったが、やはりそこまで感情をこめていないような語り口でもあった。ウタセは淡々と言葉を並べていく。
「そのときに見つけたのが白い花がいっぱいに咲く花畑のような場所だった。笑えないことも生きることも辛くて、僕はそこでひとりで泣いていた」
 そして、ウタセはいまだ腕の中にいる慈乃をつと見て、微笑んだ。
「そこで出会った女の子が僕の恩人。名前は慈乃だって言ってた」
 ここで初めてウタセの声に色がついたような気がした。慈乃は言葉も挟めず、ただじっとウタセの話に耳を傾けていた。
「慈乃はお気に入りだっていう物語を聞かせてくれた。お母さんが作った物語なんだって嬉しそうに笑って、僕にも笑って欲しいって。それで慈乃に救われた僕は強く願ったんだ、『生きたい』って。そうしたらこの世界への扉が開いた」
 ウタセの顔はどこまでも穏やかで優しいもので、いかに慈乃との思い出を大事にしていたのかがうかがえた。
「そこでミト兄やニア姉、レゲ先生はもちらん、僕はセイヨウタンポポの精に出会った。常識や言語を学んだり、学び家の再興を手伝ったりもした」
 ウタセは息を継いで、正面を見た。そこには幻想的にカモミールの花々が咲き乱れている。
「そして今年の春にシノに出会った。セイヨウタンポポの精にここまで案内されて、倒れている君を見つけたんだよ」
 そう言うとウタセは目を細めた。
「最初は恩人の女の子だとは気づかなかった。ただ自分と似た境遇で他人事だとは思えなくて、放っておけなかったからシノのことを気にかけてた」
 どこか遠くを眺めていた視線が再び慈乃へと戻ってくる。交わったマリーゴールド色の瞳には慈愛の色が浮かんでいた。
「だけどシノは成長して、いろんな表情を見せてくれるようになって。いつしか僕はそんなシノだから手を貸したいって思うようになったよ。……恩人がシノだと確信したのはお花見のとき。知っているのは限られた人しかいないはずの物語をシノが語っていたから。それに面影が重なったっていうのもあるかな」
「……」
「それからはずっとありがとうって伝えたかったけど、人間や過去を怖がってるシノにそんなこと言う勇気が僕にはなかったから言えなかった」
 ウタセは一瞬弱々しい顔をしていたが、「でも、やっと伝えられる……!」とすぐにぱっと明るく笑った。
「ありがとう、シノ。君がいたから僕はまた笑えるようになった。歩けるようになったんだよ」
 眩しい笑顔を前にして慈乃は目を細めたが、やがてウタセにつられるようにして笑顔を返した。
「やっぱり、ウタくんには笑顔が一番似合いますね」
「シノもね。いろんな顔をしてくれるようになったけど、僕が一等好きなのはやっぱり笑った顔だよ」
 この笑顔が生まれたのは、あなたがいたから。君がいたから。
 慈乃とウタセは出会いと再会、そしてお互いの存在に感謝し、笑顔を交わしたのだった。
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