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番外編 怯えと蜜、廃墟に滴る - アルベリック視点 -
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第七話のアルベリック・ヴァーミリオン視点。
──────
雨は止む気配を見せなかった。
枝を打つ水音の向こうで、猛禽の影が一瞬、赤い瞳を射抜くように掠める。牙にも等しい嘴の下から、俺は敢えて腕を伸ばし果実をもぎ取った。命懸けというほどではない。だが――あの参謀殿の口へねじ込むに足る「言い訳」としては、ちょうどいい。だ。
昨夜を思い出す。
あの声、あの表情。歪んだ美貌から迸った吐息を、俺はまだ脳裏で反芻している。良い音を立てる玩具だ。もっと鳴かせたい。もっと揺らせたい。
……だが、やりすぎた。
震える脚。額に滲んだ汗。繊細な器に無理を強いたことは、忘れようにも忘れられない。軍の参謀を壊してしまえば、俺自身が面倒を背負うことになる。――だから抑える。理性が、嗜虐の昂ぶりを辛うじて牽制する。
* * *
廃屋に戻れば、黒髪の青年はまだ寝台に沈んでいた。頬にかすかな紅を残して。
「おはようございます、参謀殿」
軽く声をかけ、果実を突き出す。案の定、拒む。
だから俺は、指先で唇を押し開き、果汁を舌へ流し込んだ。
噛みつかんばかりに睨みつける銀の瞳。
――ああ、良い。隙をついて侵入した甘味は、さながら昨夜の再演だ。
抵抗と羞恥に染まる顔を見るだけで、腹の底に火が灯る。被った仮面が剥がれないように茶化して遊び、眉間に寄った皺を視線で撫でた。
* * *
雨音が屋根を叩く。昨夜の熱を引きずった足取りで、それでも負けん気に「自分で探索する」と言い張るレイモンドの姿を、俺は数歩後ろから眺めていた。膝はかくつき、足取りは覚束ない。それでも前に出ようとする気高さが、余計に俺の愉悦を煽る。
廃屋の扉を押し開けると、湿った空気が押し寄せてきた。外の雨脚は強まり、枝を叩く音が室内に滲み込んでくる。長らく使われていない床板は、踏むたびに乾いた軋みを上げた。梁の上を小動物が走る気配に、参謀殿は眉を寄せて足を止める。
「……薄気味悪い場所だ」
吐き出された呟きに、俺は鼻を鳴らした。
「参謀殿が怖じ気づくとは意外ですね。……もっとも、この足取りでは幽霊に出会う前に転びそうですが」
震えを帯びた声で「黙れ」と返す。言葉とは裏腹に、歩幅はさらに狭まる。やがて床の軋みが大きく響いた瞬間、肩が跳ね、柱に縋ろうとして掴み損ねる。その腕を支えたのは、俺の手だった。
「おっと」
「……離せ」
「そう仰いますが、手が震えてますよ。柱より俺の方が頼りになるでしょう?」
払いのけようとしたが、別の板がまた鳴った途端、今度は袖を握ってくる。顔を背けて悔しがるその仕草に、俺は愉悦を隠さず口角を吊り上げた。
「なるほど。参謀殿は理屈より反射の方が正直らしい」
耳許に囁くと、反射的にさらに強く布を掴む。――可愛い。俺を拒絶する言葉とは裏腹に、身体の正直さはすべて俺の手の内に落ちてくる。
外で雨が壁を叩くたび、古びた梁や扉が軋み、参謀殿の肩が小さく震える。その度に指先は俺の裾を掴み、俺はその一挙一動を愉しむ。
「また服ですか。もう何度目です?」
軽く投げる言葉に、悔しげに唇を噛むが離せない。さらに一歩、床板が軋む。途端に片手で俺の腕を掴んだ。
「……子供のようですね。片手じゃ心許ないでしょうに」
からかいに顔を逸らすが、次の軋みでついに両腕を絡めてきた。
「はは……両腕で、ようやく安心か」
俺は笑みを深め、その細い指を受け止める。雷鳴が轟き、窓枠が震えた。参謀殿は思わず俺の胸へしがみつき、抱き込んだ腕の中で鼓動が荒く脈打つのが掌に伝わった。だが羞恥に気付いた瞬間、慌てて離れていく。
「――おや、惜しい」
そう囁き、逃げ腰の細身を腰で抱き寄せる。俺の中に芽生えた衝動は、ただからかう以上の熱を孕んでいた。だがそのまま手を放し、何事もなかったかのように先を行く。
取り残された参謀殿は、胸に残る熱を振り払うように頭を振って、再び俺の背を追った。
――廃屋がまた不気味な軋みを上げた。今度は一際大きく。
耳を掠める風音に、参謀殿の背筋が粟立っていると背で感じる。次の瞬間、耐え切れなくなった彼が反射のように俺へ後ろからしがみついた。
「……っ、またですか。怯えすぎでしょう」
口ではそう煽りながら、胸中に湧き上がるのは冷笑だけではなかった。震える身体を抱き寄せた瞬間に掌へ伝わる脈動――それは支配の証のようで、同時に俺だけが受け止められる熱だと思うと、心底愉悦が込み上げた。
俺はゆるやかに姿勢を変え、参謀殿の背を壁へ押しやった。
両の腕を掴み上げ、石壁に縫い止める。抗う暇すら与えず、狭い空間に閉じ込める。眼前で瞳が揺れ、息が震える。俺はその一瞬を逃さず、脚の間へ太腿をねじ込んだ。
腰を逃がす隙を与えず、鋭い体温を押し上げるたびに参謀殿の喉が震える。下腹に走る鈍い快感に抗おうとする声が、かえって艶めいて耳に届いた。その言葉の弱さに、俺の嗜虐心が熱を帯びる。
耳元へ顔を寄せ、わざと熱を孕んだ吐息を吹きかけながら囁いた。
「逃げても無駄です。ほら……あんたの脚が俺を挟んでる」
実際、強張った太腿は無意識に俺を抱え込んでいた。自分の体重で擦れを深めることに気付いていない。可笑しいほどに素直な身体。
じわじわと浅い快感が積み重なり、参謀殿の吐息が耐え切れず零れた。
その声音に胸が灼ける。嗜虐心と同時に、俺だけが持てるこの反応を独り占めしたいという衝動が強まる。
「いい声だ……もっと聞かせて下さい」
耳へ唇を寄せ、濡れた舌で縁をなぞる。微かに中を抉るように舐めれば、押し殺した声が喉を裂いて洩れた。肩を震わせ、逃げようとする仕草さえ艶めかしい。俺は愉悦を滲ませて笑い、耳朶を軽く噛んだ。小さな悲鳴のような吐息に、双眸はさらに熱を宿す。
腰を押しつけたまま、腿を強く擦り上げる。抵抗を封じた腕は壁際に縫い止め、耳朶に口付けを重ねる。
「……まだ強情だな。だが、怯えれば怯えるほど、俺に縋らずにはいられない」
必死に紡がれようとした言葉は、震えた吐息にかき消された。その無力さが、俺をますます昂らせる。腿に擦れ、揺れを返す細身の身体。その無意識の律動ひとつで、俺の全身が爆ぜた。
衣擦れは火花のように耳を焦がし、息を吸うたびに肺の奥まで焼ける。胸郭が熱に膨張して破裂しそうで、血液の一滴すら煮え立つように暴れる。
――壊すな。
理性の声がまだ耳奥に残っていた。昨夜、無理をさせた記憶。参謀として壊してはならぬ存在。それを盾に、歯を噛み締め、唇を血で縫い止める。
だが、指先は熱を止められない。押さえつける掌に、知らず力がこもる。細い手首の鼓動が脈打ち、掌から直に血流が灼き込まれてくる。
こちらの気も知らず、挑発の声が、喉を灼いた。
「……昨夜の仕返しだ」
掠れた囁き。わざとらしく挑む吐息。
――この男は、俺を試している。
ぎらりと目が閃く。押し殺した声が震え、劣情が空気に滲み出す。唇を奪えば終わりだ。理性の檻が粉々に砕ける。だからこそ、獲物を焦らす蛇のように腰を抱き寄せ、寸前で止まる。堪える。だが、脚の間に割り込ませた俺の腿が、彼を押し上げる感触だけで――頭が焼き切れそうだ。
揺れる。擦れる。耐えようとするほど、無意識の律動が俺を煽る。
煮えたぎる熱を抑えきれず、耳許で囁く。
「……参謀殿。腰が、揺れてます」
わざと軽く。だが底に隠しきれない火が滴る。彼は顔を逸らし、しかし逆に圧を増してきた。挑発の笑みが口端に浮かぶ。――俺を、追い詰めようというのか。
耐えて見せろ──参謀殿は分かっていない、俺の熱を。崖際、指の力だけで捕まっているのに1本ずつ剥がされていく、あの場面に似ている。
視界が灼ける。唇を噛み、血で衝動を縫い止めても、もう無駄だ。崩壊の音が胸奥で轟く。キスをすれば終わりだと知りながら、首筋に顔を埋めるしかなかった。香りと熱を肺に吸い込み、焼かれるように震える。
そのとき、耳を撃ち抜く声。
「……――アルベリック」
初めて。自主的に。レイモンドの意思で。
名が、呼ばれた。
刹那、全身が爆ぜる。嗜虐を超える熱狂が脳を貫き、心臓を握り潰す。奪うでも、刻むでも足りない。呼んだ唇も、声音も、震えも、すべてを囲い込み、二度と離さぬものとして刻みつけたい。
喉の奥で声が滾る。
「……レイモンド」
名を返す。低く、掠れ、削れた響き。呼んだ瞬間、押さえつけた掌に力が籠もり、壁に追い込んだ身体が小さく震える。怯えと愉悦の混じる瞳が俺を映す。――その色を、俺以外に見せるものか。
「――レイモンド」
再び呼ぶ。命令でも、懇願でもない。ただ焦がれ、灼かれた声。
腿の圧を深くし、擦過の熱を与えると、喉から抑えた音が漏れた。そのか細い声に、視界が赤く塗り潰される。嗜虐と独占、二つの炎が共に燃え盛り、俺を焼き尽くす。
俺は、レイモンドを貪るためにしか呼吸できない。
「……アルベリック」
二度目の声。
――もう、耐えられない。
次の瞬間、距離は崩れ落ちるように潰え、唇が絡み合った。
火花のように激情が弾け、荒く舌を絡め、互いの呼気を奪い尽くす。欲望に焼かれた唇は、もう貪ることしか知らない。
逃がさぬよう両手首を壁へ縫いつけたまま、さらに体を押し込む。石壁に背が沈み、細い身体が震えるのが掌に伝わった。抗う力はもうない。吐き出される声は抗議か喘ぎかも分からず、俺の舌を迎えるだけだ。
片脚を絡め取り、無理やり高く引き寄せる。羞恥に染まるその姿は、俺の嗜虐心をさらに煽る。指を後ろへ滑り込ませ、涎を塗りつけるように強引に馴染ませて抉ると、喉奥から押し殺した呻きが洩れる。
――良い。抵抗しない。俺を受け入れている。
耳元に舌を這わせ、嗤う。
「……拒まないんだな、参謀殿。俺の跡で、俺の指で……こんなふうに乱れる」
嗜虐の愉悦に重なるのは、どうしようもない独占欲。
この音も、この震えも、誰のものにもさせない。俺の熱で塗り潰し、俺だけに応える身体にしてやる。
痙攣する内奥をさらに指で抉ると、レイモンドは背を弓なりに反らし、果てに呑まれる。
だが俺の指は止まらない。余韻を削り取るように、なおも掻き混ぜ続ける。
呻きながら肩口を掴むその手すら、快楽を逃さぬよう縋っているとしか思えなかった。
「……今だけだ、獣を助けているにすぎん」
息を荒げながら絞り出すその言葉に、喉の奥で笑う。
「例え気が揺れただけでも、始めたなら――最後まで助けてくださいね」
熱杭を充てがい、奥へと押し込む。ゆっくりと、しかし確実に侵す。白い喉が声を洩らし、視線が絡む。逃げ場はない。
「あんたを、壊す」
声はもはや祈りにも似ていた。だが返ってきたのは挑発の笑み。
「……壊せるものなら、やってみろ」
――最後の枷が砕け散る。
腰が打ちつけられ、壁が震えた。荒々しい衝撃に喘ぎが重なり、理性は完全に焼き尽くされる。
「……くっ、悪い、レイモンド……」
謝罪のような吐息は、律動に掻き消された。
声を抑えるほどに甘い悲鳴が零れ、舌を貪りながら両手を絡め取る。突き上げは深さを増し、彼を何度も攫う。
喉の奥で甘く切れる声が、俺の耳を痺れさせた。
腰を打ちつけるたびに、壁越しに響く鈍い衝撃と共に、細い体が俺にすがりつくように震える。荒い呼吸と声の狭間から零れる熱に、もう思考は燃やし尽くされていた。
――あぁ、壊したい。だが、手放したくない。
嗜虐の快感と、独占の飢えが同時に胸を灼く。
首筋に顔を押し付け、甘い匂いを吸い込む。体温も震えも、すべて俺の腕の中に閉じ込めている事実が、さらに昂ぶりを煽った。
自らの名を呼ばせたい。縋るような声で、俺だけを呼んでほしい。――いや、もう呼ばれた。なら次は、その音を永遠に俺のものへ刻みたい。
「……レイモンド」
噛み裂くような呼び声が喉から迸り、腕に籠める力は増していた。
壁に叩きつけるたび、彼の背が震え、喉が勝手に声を洩らす。塞がれた両手首が抵抗ではなく、無意識に絡み返してくるのを感じた。
「……壊れる……こんなの、耐えられるか……っ」
掠れた声が湧き出る涙に滲む。俺は覆い被さるように耳へ息を吹き込む。
「壊れていい。……俺が全部、拾ってやる」
その瞬間、深奥を突き抜ける衝撃と共に、互いの息が同時に爆ぜた。
レイモンドの身体は弓なりに震え、視界の端で白く果てる姿を焼き付ける。俺もまた、その痙攣を逃さず、熱を奥深くまで注ぎ込む。
壁に凭れたまま、荒い息だけが互いの喉を焼いた。
汗に濡れた額を押しつけ、震えを抱き込む。まだ足りない。もっと刻みたい。もっと縫いとめたい。
嗜虐の昂ぶりは消えていない。だがその奥で確かに芽吹いたものがある。
――こいつを俺だけのものにしたい。
名を呼ばれた瞬間から、俺の欲はただの「嬲り」では収まらなくなった。
* * *
「……結局、俺に身体を許したんですね、参謀殿。」
挑発めいた言葉を吐くと、レイモンドは真っ赤に頬を染め、慌ただしく衣を整える。
「黙れ……! あれは……動物愛護の精神に過ぎん。獣を宥めただけだ。」
険しい声で言い放つが、震える吐息と濡れた瞳がその否定を裏切っている。
俺は肩を竦め、あえて煽るように嗤った。
「ふふ……幽霊も逃げ出すくらい情熱的でしたけどね。あれじゃ、俺のほうが命の危機を感じましたよ。」
「黙れ、……っくそ、」
顔を背け、足早に歩みを進める。その背筋は威厳を取り戻そうと必死で、だが張り詰めた背の奥にまだ余韻が残っているのを俺は見逃さなかった。
廃屋の暗がりを進みながら、俺は少し距離を置いて後ろに続く。
けれど眼差しだけは、背越しにちらつく白い首筋や無理に伸ばす肩から逸らせない。
――俺が熱を刻んだ背だ。
あの声で、俺の名を呼んだ唇だ。
昨夜から続く昂ぶりは、冷めるどころかますます色濃く燃え上がっていく。
嗜虐心に宿る愉悦と、初めて芽吹いた独占の熱。
二つの欲が並び立ち、俺の胸を焼き焦がしていた。
──────
弄び玩具としてしか考えてなかった相手への独占欲。
たまんねえなおい。
──────
雨は止む気配を見せなかった。
枝を打つ水音の向こうで、猛禽の影が一瞬、赤い瞳を射抜くように掠める。牙にも等しい嘴の下から、俺は敢えて腕を伸ばし果実をもぎ取った。命懸けというほどではない。だが――あの参謀殿の口へねじ込むに足る「言い訳」としては、ちょうどいい。だ。
昨夜を思い出す。
あの声、あの表情。歪んだ美貌から迸った吐息を、俺はまだ脳裏で反芻している。良い音を立てる玩具だ。もっと鳴かせたい。もっと揺らせたい。
……だが、やりすぎた。
震える脚。額に滲んだ汗。繊細な器に無理を強いたことは、忘れようにも忘れられない。軍の参謀を壊してしまえば、俺自身が面倒を背負うことになる。――だから抑える。理性が、嗜虐の昂ぶりを辛うじて牽制する。
* * *
廃屋に戻れば、黒髪の青年はまだ寝台に沈んでいた。頬にかすかな紅を残して。
「おはようございます、参謀殿」
軽く声をかけ、果実を突き出す。案の定、拒む。
だから俺は、指先で唇を押し開き、果汁を舌へ流し込んだ。
噛みつかんばかりに睨みつける銀の瞳。
――ああ、良い。隙をついて侵入した甘味は、さながら昨夜の再演だ。
抵抗と羞恥に染まる顔を見るだけで、腹の底に火が灯る。被った仮面が剥がれないように茶化して遊び、眉間に寄った皺を視線で撫でた。
* * *
雨音が屋根を叩く。昨夜の熱を引きずった足取りで、それでも負けん気に「自分で探索する」と言い張るレイモンドの姿を、俺は数歩後ろから眺めていた。膝はかくつき、足取りは覚束ない。それでも前に出ようとする気高さが、余計に俺の愉悦を煽る。
廃屋の扉を押し開けると、湿った空気が押し寄せてきた。外の雨脚は強まり、枝を叩く音が室内に滲み込んでくる。長らく使われていない床板は、踏むたびに乾いた軋みを上げた。梁の上を小動物が走る気配に、参謀殿は眉を寄せて足を止める。
「……薄気味悪い場所だ」
吐き出された呟きに、俺は鼻を鳴らした。
「参謀殿が怖じ気づくとは意外ですね。……もっとも、この足取りでは幽霊に出会う前に転びそうですが」
震えを帯びた声で「黙れ」と返す。言葉とは裏腹に、歩幅はさらに狭まる。やがて床の軋みが大きく響いた瞬間、肩が跳ね、柱に縋ろうとして掴み損ねる。その腕を支えたのは、俺の手だった。
「おっと」
「……離せ」
「そう仰いますが、手が震えてますよ。柱より俺の方が頼りになるでしょう?」
払いのけようとしたが、別の板がまた鳴った途端、今度は袖を握ってくる。顔を背けて悔しがるその仕草に、俺は愉悦を隠さず口角を吊り上げた。
「なるほど。参謀殿は理屈より反射の方が正直らしい」
耳許に囁くと、反射的にさらに強く布を掴む。――可愛い。俺を拒絶する言葉とは裏腹に、身体の正直さはすべて俺の手の内に落ちてくる。
外で雨が壁を叩くたび、古びた梁や扉が軋み、参謀殿の肩が小さく震える。その度に指先は俺の裾を掴み、俺はその一挙一動を愉しむ。
「また服ですか。もう何度目です?」
軽く投げる言葉に、悔しげに唇を噛むが離せない。さらに一歩、床板が軋む。途端に片手で俺の腕を掴んだ。
「……子供のようですね。片手じゃ心許ないでしょうに」
からかいに顔を逸らすが、次の軋みでついに両腕を絡めてきた。
「はは……両腕で、ようやく安心か」
俺は笑みを深め、その細い指を受け止める。雷鳴が轟き、窓枠が震えた。参謀殿は思わず俺の胸へしがみつき、抱き込んだ腕の中で鼓動が荒く脈打つのが掌に伝わった。だが羞恥に気付いた瞬間、慌てて離れていく。
「――おや、惜しい」
そう囁き、逃げ腰の細身を腰で抱き寄せる。俺の中に芽生えた衝動は、ただからかう以上の熱を孕んでいた。だがそのまま手を放し、何事もなかったかのように先を行く。
取り残された参謀殿は、胸に残る熱を振り払うように頭を振って、再び俺の背を追った。
――廃屋がまた不気味な軋みを上げた。今度は一際大きく。
耳を掠める風音に、参謀殿の背筋が粟立っていると背で感じる。次の瞬間、耐え切れなくなった彼が反射のように俺へ後ろからしがみついた。
「……っ、またですか。怯えすぎでしょう」
口ではそう煽りながら、胸中に湧き上がるのは冷笑だけではなかった。震える身体を抱き寄せた瞬間に掌へ伝わる脈動――それは支配の証のようで、同時に俺だけが受け止められる熱だと思うと、心底愉悦が込み上げた。
俺はゆるやかに姿勢を変え、参謀殿の背を壁へ押しやった。
両の腕を掴み上げ、石壁に縫い止める。抗う暇すら与えず、狭い空間に閉じ込める。眼前で瞳が揺れ、息が震える。俺はその一瞬を逃さず、脚の間へ太腿をねじ込んだ。
腰を逃がす隙を与えず、鋭い体温を押し上げるたびに参謀殿の喉が震える。下腹に走る鈍い快感に抗おうとする声が、かえって艶めいて耳に届いた。その言葉の弱さに、俺の嗜虐心が熱を帯びる。
耳元へ顔を寄せ、わざと熱を孕んだ吐息を吹きかけながら囁いた。
「逃げても無駄です。ほら……あんたの脚が俺を挟んでる」
実際、強張った太腿は無意識に俺を抱え込んでいた。自分の体重で擦れを深めることに気付いていない。可笑しいほどに素直な身体。
じわじわと浅い快感が積み重なり、参謀殿の吐息が耐え切れず零れた。
その声音に胸が灼ける。嗜虐心と同時に、俺だけが持てるこの反応を独り占めしたいという衝動が強まる。
「いい声だ……もっと聞かせて下さい」
耳へ唇を寄せ、濡れた舌で縁をなぞる。微かに中を抉るように舐めれば、押し殺した声が喉を裂いて洩れた。肩を震わせ、逃げようとする仕草さえ艶めかしい。俺は愉悦を滲ませて笑い、耳朶を軽く噛んだ。小さな悲鳴のような吐息に、双眸はさらに熱を宿す。
腰を押しつけたまま、腿を強く擦り上げる。抵抗を封じた腕は壁際に縫い止め、耳朶に口付けを重ねる。
「……まだ強情だな。だが、怯えれば怯えるほど、俺に縋らずにはいられない」
必死に紡がれようとした言葉は、震えた吐息にかき消された。その無力さが、俺をますます昂らせる。腿に擦れ、揺れを返す細身の身体。その無意識の律動ひとつで、俺の全身が爆ぜた。
衣擦れは火花のように耳を焦がし、息を吸うたびに肺の奥まで焼ける。胸郭が熱に膨張して破裂しそうで、血液の一滴すら煮え立つように暴れる。
――壊すな。
理性の声がまだ耳奥に残っていた。昨夜、無理をさせた記憶。参謀として壊してはならぬ存在。それを盾に、歯を噛み締め、唇を血で縫い止める。
だが、指先は熱を止められない。押さえつける掌に、知らず力がこもる。細い手首の鼓動が脈打ち、掌から直に血流が灼き込まれてくる。
こちらの気も知らず、挑発の声が、喉を灼いた。
「……昨夜の仕返しだ」
掠れた囁き。わざとらしく挑む吐息。
――この男は、俺を試している。
ぎらりと目が閃く。押し殺した声が震え、劣情が空気に滲み出す。唇を奪えば終わりだ。理性の檻が粉々に砕ける。だからこそ、獲物を焦らす蛇のように腰を抱き寄せ、寸前で止まる。堪える。だが、脚の間に割り込ませた俺の腿が、彼を押し上げる感触だけで――頭が焼き切れそうだ。
揺れる。擦れる。耐えようとするほど、無意識の律動が俺を煽る。
煮えたぎる熱を抑えきれず、耳許で囁く。
「……参謀殿。腰が、揺れてます」
わざと軽く。だが底に隠しきれない火が滴る。彼は顔を逸らし、しかし逆に圧を増してきた。挑発の笑みが口端に浮かぶ。――俺を、追い詰めようというのか。
耐えて見せろ──参謀殿は分かっていない、俺の熱を。崖際、指の力だけで捕まっているのに1本ずつ剥がされていく、あの場面に似ている。
視界が灼ける。唇を噛み、血で衝動を縫い止めても、もう無駄だ。崩壊の音が胸奥で轟く。キスをすれば終わりだと知りながら、首筋に顔を埋めるしかなかった。香りと熱を肺に吸い込み、焼かれるように震える。
そのとき、耳を撃ち抜く声。
「……――アルベリック」
初めて。自主的に。レイモンドの意思で。
名が、呼ばれた。
刹那、全身が爆ぜる。嗜虐を超える熱狂が脳を貫き、心臓を握り潰す。奪うでも、刻むでも足りない。呼んだ唇も、声音も、震えも、すべてを囲い込み、二度と離さぬものとして刻みつけたい。
喉の奥で声が滾る。
「……レイモンド」
名を返す。低く、掠れ、削れた響き。呼んだ瞬間、押さえつけた掌に力が籠もり、壁に追い込んだ身体が小さく震える。怯えと愉悦の混じる瞳が俺を映す。――その色を、俺以外に見せるものか。
「――レイモンド」
再び呼ぶ。命令でも、懇願でもない。ただ焦がれ、灼かれた声。
腿の圧を深くし、擦過の熱を与えると、喉から抑えた音が漏れた。そのか細い声に、視界が赤く塗り潰される。嗜虐と独占、二つの炎が共に燃え盛り、俺を焼き尽くす。
俺は、レイモンドを貪るためにしか呼吸できない。
「……アルベリック」
二度目の声。
――もう、耐えられない。
次の瞬間、距離は崩れ落ちるように潰え、唇が絡み合った。
火花のように激情が弾け、荒く舌を絡め、互いの呼気を奪い尽くす。欲望に焼かれた唇は、もう貪ることしか知らない。
逃がさぬよう両手首を壁へ縫いつけたまま、さらに体を押し込む。石壁に背が沈み、細い身体が震えるのが掌に伝わった。抗う力はもうない。吐き出される声は抗議か喘ぎかも分からず、俺の舌を迎えるだけだ。
片脚を絡め取り、無理やり高く引き寄せる。羞恥に染まるその姿は、俺の嗜虐心をさらに煽る。指を後ろへ滑り込ませ、涎を塗りつけるように強引に馴染ませて抉ると、喉奥から押し殺した呻きが洩れる。
――良い。抵抗しない。俺を受け入れている。
耳元に舌を這わせ、嗤う。
「……拒まないんだな、参謀殿。俺の跡で、俺の指で……こんなふうに乱れる」
嗜虐の愉悦に重なるのは、どうしようもない独占欲。
この音も、この震えも、誰のものにもさせない。俺の熱で塗り潰し、俺だけに応える身体にしてやる。
痙攣する内奥をさらに指で抉ると、レイモンドは背を弓なりに反らし、果てに呑まれる。
だが俺の指は止まらない。余韻を削り取るように、なおも掻き混ぜ続ける。
呻きながら肩口を掴むその手すら、快楽を逃さぬよう縋っているとしか思えなかった。
「……今だけだ、獣を助けているにすぎん」
息を荒げながら絞り出すその言葉に、喉の奥で笑う。
「例え気が揺れただけでも、始めたなら――最後まで助けてくださいね」
熱杭を充てがい、奥へと押し込む。ゆっくりと、しかし確実に侵す。白い喉が声を洩らし、視線が絡む。逃げ場はない。
「あんたを、壊す」
声はもはや祈りにも似ていた。だが返ってきたのは挑発の笑み。
「……壊せるものなら、やってみろ」
――最後の枷が砕け散る。
腰が打ちつけられ、壁が震えた。荒々しい衝撃に喘ぎが重なり、理性は完全に焼き尽くされる。
「……くっ、悪い、レイモンド……」
謝罪のような吐息は、律動に掻き消された。
声を抑えるほどに甘い悲鳴が零れ、舌を貪りながら両手を絡め取る。突き上げは深さを増し、彼を何度も攫う。
喉の奥で甘く切れる声が、俺の耳を痺れさせた。
腰を打ちつけるたびに、壁越しに響く鈍い衝撃と共に、細い体が俺にすがりつくように震える。荒い呼吸と声の狭間から零れる熱に、もう思考は燃やし尽くされていた。
――あぁ、壊したい。だが、手放したくない。
嗜虐の快感と、独占の飢えが同時に胸を灼く。
首筋に顔を押し付け、甘い匂いを吸い込む。体温も震えも、すべて俺の腕の中に閉じ込めている事実が、さらに昂ぶりを煽った。
自らの名を呼ばせたい。縋るような声で、俺だけを呼んでほしい。――いや、もう呼ばれた。なら次は、その音を永遠に俺のものへ刻みたい。
「……レイモンド」
噛み裂くような呼び声が喉から迸り、腕に籠める力は増していた。
壁に叩きつけるたび、彼の背が震え、喉が勝手に声を洩らす。塞がれた両手首が抵抗ではなく、無意識に絡み返してくるのを感じた。
「……壊れる……こんなの、耐えられるか……っ」
掠れた声が湧き出る涙に滲む。俺は覆い被さるように耳へ息を吹き込む。
「壊れていい。……俺が全部、拾ってやる」
その瞬間、深奥を突き抜ける衝撃と共に、互いの息が同時に爆ぜた。
レイモンドの身体は弓なりに震え、視界の端で白く果てる姿を焼き付ける。俺もまた、その痙攣を逃さず、熱を奥深くまで注ぎ込む。
壁に凭れたまま、荒い息だけが互いの喉を焼いた。
汗に濡れた額を押しつけ、震えを抱き込む。まだ足りない。もっと刻みたい。もっと縫いとめたい。
嗜虐の昂ぶりは消えていない。だがその奥で確かに芽吹いたものがある。
――こいつを俺だけのものにしたい。
名を呼ばれた瞬間から、俺の欲はただの「嬲り」では収まらなくなった。
* * *
「……結局、俺に身体を許したんですね、参謀殿。」
挑発めいた言葉を吐くと、レイモンドは真っ赤に頬を染め、慌ただしく衣を整える。
「黙れ……! あれは……動物愛護の精神に過ぎん。獣を宥めただけだ。」
険しい声で言い放つが、震える吐息と濡れた瞳がその否定を裏切っている。
俺は肩を竦め、あえて煽るように嗤った。
「ふふ……幽霊も逃げ出すくらい情熱的でしたけどね。あれじゃ、俺のほうが命の危機を感じましたよ。」
「黙れ、……っくそ、」
顔を背け、足早に歩みを進める。その背筋は威厳を取り戻そうと必死で、だが張り詰めた背の奥にまだ余韻が残っているのを俺は見逃さなかった。
廃屋の暗がりを進みながら、俺は少し距離を置いて後ろに続く。
けれど眼差しだけは、背越しにちらつく白い首筋や無理に伸ばす肩から逸らせない。
――俺が熱を刻んだ背だ。
あの声で、俺の名を呼んだ唇だ。
昨夜から続く昂ぶりは、冷めるどころかますます色濃く燃え上がっていく。
嗜虐心に宿る愉悦と、初めて芽吹いた独占の熱。
二つの欲が並び立ち、俺の胸を焼き焦がしていた。
──────
弄び玩具としてしか考えてなかった相手への独占欲。
たまんねえなおい。
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