異世界スーパーマンなのに夢が叶わない!

八乃前陣(やのまえ じん)

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☆第二十話 二度目の持ち込み☆

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「…よしっ、完成だっ!」
 お昼を過ぎた安宿の自室で、正人はつい大きな声を上げてしまった。
 ずっと悩んでいた持ち込みの小説原稿、二作目が、やっと書き上がったからである。
「今回の物語はっ、僕の妄想だけじゃなくてっ、実体験からのネタだしっ!」
 自分の体験をストーリーとして生かす才能も、小説家には必要だ。
 と、大先生の自伝で読んだ経験がある正人は、今回の小説に自信満々である。
「…っと、まずはっ、ルビジさんにアポを…っ!」
 意識をすると左掌から浮かぶ光の名刺に、連絡を取りたいという念を送ると、すぐに反応があった。
 正人の初持ち込み小説を読んでくれた、出版商会の編集技術士である中年男性のルビジ氏は、前回と同じく温厚で明るい声色である。
『おお、マサトさん。作品の進行具合は、如何ですか?』
「はっ、はいっ! お世話になっておりますっ! マサトですっ!」
 緊張の余り、真っ直ぐに背筋を伸ばした直立姿勢で、見当違いな返答をしてしまったうえ、目の前にいない相手へのエア・お辞儀で、室内に強い風が巻き起こったり。
『ハッハッハ、その様子ですと、新作が完成したようですな?』
「はっはいっ! 本日出来たて書き立ての傑作ですっ!」
『それは楽しみですね。では、ご都合の良い日は…』
 という感じで、アポイントメントは順調に進んで、二日後のお昼過ぎに出版商会へ向かう事となった。
「それではっ、失礼いたしますっ!」
『はい、お待ちしてます』
 連絡を終えると光の名刺が消えて、緊張から解放をされた正人は、力が抜けてベッドへ腰を落とす。
「ふぅ…」
 深く安堵の息を吐いて、カレンダーを見る。
「…二日後…」
 明日の一日という、間が開く。
 持ち込みも、受験の合否判定を待つようで緊張をするけれど、持ち込みまでの時間も、受験生のような焦れったい心持ちである。
 しかも初持ち込みではない正人は、受験生というよりも浪人生に近い心境だろう。
「…明日は、とにかく仕事をしよう…っ!」
 生前世界でも、幾度となく、何年も、賞レースへの投稿や編集部への持ち込みを経験している正人だけど。
「…この緊張する感覚だけは、いつまで経っても慣れないなぁ…」
 小説には自信がある。
 早く結果を知りたい。
 しかし。
『もしダメだったら』
 この、たった一つの可能性だけで、結果を知る日が恐ろしくて堪らなくなってしまうのである。
 この恐怖感は、超人能力とか、全く関係無い。
「………」
 まだ陽が高いというのに、正人は薄い掛け布団の中で、身体を丸めた。

「…どうも」
 一時間後、いつもの廃鉄集積所に、正人の姿。
「あれ? マサトさんじゃないスか! 暫くは休みじゃなかったっスけ?」
 集配者を受け持っている年下の上司が、正人を見て驚いていた。
 実は、出版社への持ち込みの日がいつになるのかルビジ氏に合わせる為にと、正人は数日の仕事の休みを、先に申請していたのである。
 アポの結果は明後日で、今日と明日は完全休暇日だけど。
「そ、そうなんですが…明日いっぱいまで、時間が出来てしまいまして…。その、明日までの休暇は、取り消して戴ければと…」
 勝手な話で申し訳なく、頭を下げる正人に、担当青年は笑顔になった。
「そうだったんスか! いやぁ助かったっス! 実は今日に限って、なんか再生金属の依頼がやたらに増えて! 金属回収の人手が欲しかったんスよ!」
「そ、それは丁度良かったです! では早速、武器屋さんとか防具屋さんを、廻ってきますっ!」
 そう言って、正人は使い慣れた荷車を引き、オドサンの街を駆け回り始める
「仕事があって、良かった…っ!」
 ルビジ氏への持ち込みは明後日。
 それまでの時間は、どうしたって、どこにいたって、落ち着く事なんて出来ない。
 小説の結果は当たり前に解らないのだから、受験の合格発表まで落ち着かないのと全く同じで、ただただ焦れる。
 持ち込み前の数日間は「持ち込みが今日なら良かったのに」とか想いながら「一週間くらい先だと、もうすこし落ち着けるのに」とか、相反することを想ったりする。
 そして、仮に一週間後だとしても、日が近づくにつれて、やはり焦れて、先のような矛盾した思考へと落ちこんでしまう。
 そんな心理を、生前に何度も何年も繰り返した正人だけど。
(…いつまでたっても、全然慣れない…っ!)
 のであった。
 今日と明日の二日間、部屋でジっとしていても、ナゼか悪い事や暗い事ばかりを考えてしまう不思議。
 ならば、せめて力仕事というか、身体を動かす仕事を精一杯にこなして、少しでも気持ちを軽くしたかったのだ。
「鉄材回収です~っ!」
「はいよー」
 馴染みの防具屋さんや武器屋さんに寄って、廃金属の回収をしながら、その瞬間だけは不安から解放される正人。
 無敵の超人といえど、やはり精神は生前のまま、ごく普通の青年なのであった。

 そして迎えた、持ち込み二回目の当日。
「うぅ…」
 生前での経験から、さすがに眠れないという事はなく、むしろ睡眠の大切さも解ってるので昨夜は眠った。
 しかし朝も早い時間に目が覚めて、しかも意識もパッチリと覚醒をしている。
「……緊張…」
 自分でも解った。
 とにかく平静を装いつつ、いつも通りに朝食を摂って、あとはアポの時間まで本を読んだりして、緊張の時間を潰した。
 もちろん、この時に読んでいた本の内容は、全く頭に入っていない。

「………」
 アポの少し前に、正人は「海竜印刷出版商会」のビル前へ、歩いて到着。
 見上げる石造りの建造物は、物理的にも決して高くは無いものの、正人の心情的には百階建てにも等しく感じてられている。
「…行くぞっ!」
 原稿用紙の入った袋を胸に抱いて、正人は緊張に負けそうな気持ちに活を入れつつ、階段を踏みしめて登った。
 三階フロアーへ辿り着くと、緊張感が更に増す。
(き、気持ちで負けちゃっ、ダメだっ!)
 編集局内を見回すものの、書類なども多くて雑多で忙しそうな局内なので、ルビジ氏の姿は見えなかった。
 近くの編集技術士さんに声をかけて、ルビジ氏を呼んで貰おうか。
「こほん…っ!」
(ええと…)
 堂々と声を掛ける自分を想像して、勇気を持って。
「す、すみません…へ、へ、編集技術士の、ルっ、ルビジ様は…」
 腰も直角に折れよとばかりの低姿勢で、正人が青年の編集技術士へ声を掛けたら、すぐに対応をしてくれた。
「あ、はい。ルビジさーん! 面会でーす!」
 と、ドコへともなく大きな声で呼んだら、書類の積まれた机の間から、ルビジ氏の返事が聞こえてきた。
『は~い、いま行きま~す』
 正人の目の高さでは奥が見えない程の書類の山の間から、恰幅の良い中年男性編集技術士であり、正人の担当さんでもあるルビジ氏が、ニコニコしながら迎え出てくれた。
「やあ、マサトさん。お待ちしてました」
「どっ、どうもですっ!」
 ルビジ氏の案内で、正人は編集局の隅にある小さな談話スペースで、テーブルを挟んでの対面座に着く。
「いや~、忙しなくて 申し訳ない。はっはっは♪」
 以前に持ち込みで訪れた時は、こんなに混雑はしてなかったと、記憶している。
「お、お忙しいのでは…?」
「いやぁ、我が社の創立五十周年記念で、全編集局合同で、記念本を出すことになってましてね~。なので 今はうちの会社、どこ行ってもこんな感じですよ。はっはっは♪」
「そ、そうなんですか…」
 アポの日時を指定したのはルビジ氏なので、正人が気にする事ではないけれど、迷惑をかけたくない青年は、やはりそこでも緊張をしていた。
「では、新作を拝見できますか?」
「はっ、はいっ!」
 来た!
 と緊張しつつ、正人が抱いていた原稿を、正位置で手渡す。
「では拝見」
 と言いながら、ルビジ氏は淹れてくれたコーヒーを掌で勧める。
「はいっ! いっ、戴きますっ!」
 そして、担当さんが紙を捲る音だけが静かに流れる、永遠のような時間がスタート。
(…い、今更だけどっ…ルビジさんっ、目の前で原稿…読んでくれるんだよね…っ!)
 漫画と違い、小説は短編でも十数~数十ページが普通である。
 正人から持ち込みをしておいて変な言い方ではあるが、大抵の場合、小説は投稿か賞レースへのエントリーがデフォだ。
 作品を判断をする編集者さんたちにも、時間的な余裕などが当たり前に必要なので、場合によっては小説の投稿から返答が来るまで、一年かかる場合だってある。
 そういう事実を考えると、ルビジ氏のように「とにかく目の前で読んでくれる」という対応は、とても珍しいし有り難いと、正人は感じていた。
(まぁ…この世界の編集方法とか、僕もよく知らないけれど…)
 飲み始めた時は熱々だったコーヒーが冷める頃、ルビジ氏は原稿を読み終える。
「…なるほど」
「っ!」
 いよいよ判決の時。
「今作は、主人公の心情や悩みが、よく表されてますね。正体を明かして人間では無いと恐れられたら…とか、凛々しいヒーローの容姿と相反する要素で、私は楽しめました♪」
 担当さんの笑顔に、正人の心臓が安堵感と強い期待で、ドキっと跳ねる。
「っ! でっ、では…っ!」
「没ですな」

                        ~第二十話 終わり~
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