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☆第五話 麗しき猛毒☆

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 勇気を振り絞って加勢に来た少女は震えているし、なにやらハァハァしている美少女も隙だらけ。
「…まあ、二人とも 俺たちと遊ぼうか?」
 大柄で喧嘩上等らしい男たちにとって、目の前の美少女たちは、劣情をそそられるオモチャにしか見えないのだろう。
 リーダーらしい大男が、麗に覆い被さるかの如く、上から見下ろす。
 街灯の光で顔が影になって迫力が増す事も、計算に入れての立ち位置だ。
 そんな男に対して、麗は不快さを隠さず、綺麗な眉根を曇らせる美顔。
「そのような、面立ちも息も体臭もタバコ臭い男性に言い寄られても、まともな女性でしたら嫌悪と嘔吐しか 感じられませんですわ」
 言葉尻は美しくも、嘲笑的な笑顔な麗だ。
(ひいぃ…っ!)
 この状況でするべき事は、警察に通報するとか大声で助けを求めるとかであって、間違っても挑発ではないと、均実の背筋が凍り付く。
「…ーぁあ…?」
 脅しに対して全く怯えない美少女に、僅かに戸惑いながら、男は更に強面を歪ませる。
「まあ、これは失礼を致しましたわ。このような静かな住宅街で、知性のカケラも感じさせない下品で獣のような笑い声を上げ、自らの無知性ぶりをご自身たちで吹聴している事実に恥も感じないあなた方には…理性的なご忠告など、無意味でしたわね♪」
 挑発の後の美しい笑顔は、この上ない美少女だからこそ、男たちには屈辱だろう。
「このアマぁっ、調子に乗んじゃねぇぞぉっ!」
 怒れる血管を浮き立たせるリーダー男が、筋肉の腕を伸ばしてきた瞬間。
「まるでゴリラのようですわ」
 と麗は涼しく評しながら、肩へと伸ばされた腕を両腕で掴んで、男の勢いも利用して引き倒す。
 ――ッズンっ!
「ぶぇ…っ!」
 小柄な麗よりも質量にして六倍以上もありそうな大男が、足下のアスファルトへと、背中から打ち付けられていた。
 転がされて背中のダメージに苦しむ男へ、麗は美しい挑発の笑顔。
「ふふ…♪」
「ってっ、てめぇっ――ぁふ…っ!」
 怒りの任せて起き上がろうとする男の鳩尾へと、華奢な踵が垂直にズシっと踏み落とされて骨をヘシ折られるると、大男は白目を向いて、涎を垂らしながら気を失った。
「「「「っ!」」」」
 リーダーが軽く倒された事実に、男たちの認識がついて行けない。
(う、麗さん…凄い…っ!)
 一度とはいえ麗の強さを見ている均実には、当たり前以上の結果だと、あらためて認識出来ていた。
「ってっ、てめぇっ!」
 四人の男たちが、怒りと恐怖で麗を取り囲む。
「あらあら、この男性と同じ恫喝の言葉ですのね。見た目の年齢に比べ、なんと語彙の乏しいお友だちなのでしょうか? まさに 類は友を呼ぶ…の実証ですわね。うふふ…♪」
 大男四人に囲まれても、麗は全く動じておらず、むしろ四人の位置や距離、どのように動こうとしているかなど、敵対者全員の行動予測までしていた。
「っこのクソガキぃっ!」
 と、血気も猛る金髪ショートヘッドが背後から飛びかかると、麗が視線を送る。
 タイミングを会わせた訳では無いけれど、僅かに遅れて、視線から外れた三人も襲い掛かって来た。
「押さえろぉっ!」
 男たちが四方から迫り、小柄とはいえ少女の逃げ場が失われてゆく。
(――っ!)
 いくら麗が強くても、視界外も含めた周囲からの取り囲みでは、どうしようもない。
 と均実が焦り、震える脚で背後を見せる男を殴ってやろうと、走り出した瞬間。
「皆さんの距離と位置は、丸わかりですのよ♪」
 襲い掛かられる美少女が優しく微笑んだと思ったら、僅か身を屈め、華奢に見える肢体を華麗に素早く、旋回をさせた。
「ふふっ♪」
 呼気と微笑みから奏でられる、僅かな天使の吐息で、麗は男たちそれぞれとの距離に合わせ、顔面や顎の下へと強烈な蹴りを見舞う。
 その間、僅か一秒も無し。
 ――っどどどどっ!
「が「ぶ「げ「どぅええぇっ!」」」」
 顔面を蹴られた男二人は、鼻の骨や前歯を折られて激痛に転げ、顎の下を蹴られた男二人は、まるで糸が切れた操り人形のように、その場へガクりと膝を突いて転倒。
 アスファルトへ倒れた男たちに共通しているのは、色の濃いズボンでも一目でわかる程の、盛大な失禁であった。
「…ぅぐぐぅ…っ!」
「ぁへ…」
 五人の大男を一瞬で蹴散らしたツインテールの美少女は、艶めく頭髪に街灯の明かりを反射させて、まるで武闘天使そのものに見える。
「…ふふ…?」
 息一つ乱れていない勝利に、まだ余裕で蹴り脚を上げたままの天然っぷりは、凝視する均実が両眼を見開いてしまう程、純白のショーツが覗けていた。
「う…麗さん…やっぱり、すごぃ…?」
 強さも毒舌もだけど、生まれて初めて拝見をした美少女の純白ショーツにも感動している均実であった。
 アっという間に戦いを終えた麗が、優しく眩い微笑みと優雅な足取りで、均実へと近づいてくる。
「均実さん、お怪我は…?」
 頭から足下までを見て、更に美しい愛顔を目の前数センチにまで急接近をさせて、心配をしてくれている。
「はっはいっ――っ! わわた私はっ、全く大丈夫でした…っ!」
 視界いっぱいに美しい天使フェイスで迫られて、心臓がドキっと跳ねて、思考が停止して思わず抱き締めそうになってしまっていた。
「それは安心いたしましたわ。それにしても、均実さん…」
 なにか失敗をしてしまったのだろうか。
 と慌てる均実に、麗は愛らしい上目遣いと赤い頬で、小さく告げてきた。
 未だ震える、手の中の折れた木刀をニギる掌へと、細い指を添えながら。
「私を助けようと…あぁ…私、嬉しくて…とてもドキドキしてしまいました…?」
「……は……」
 はい私もです私の嫁の為ならば命なんていくらでもなので今すぐ結婚しましょう。
 とか、無意識にも心が口から出そうだった。
「い、いぇ、その…私なんて、その…なんの役にもたてなくて…す、すいません…」
 麗の指は白くて細くて、とても温かく優しい。
 触れられただけで、恐怖の震えが静まって止まる程だ。
「………」
「………?」
 均実と麗が思わず見つめ合っていると、アゴを蹴られた二人が、痛みを堪えて立ち上がる。
「も、もう許さねぇぞぉ…っ!」
「ひぃ…っ!」
 口内プチ裂傷と鼻血で流血をする醜く怖い顔面に、均実が怯えた。
 そして麗は、案の定な余裕の笑み。
 かと思ったら、怒りの美顔で睨み上げる。
「あなたたち…私のお友達を、怯えさせましたね…? 私たちの尊い時間を、そのような醜いお顔で邪魔をするなんて…」
 優しい天使の微笑みとはうって変わって、悪意ある人間に天罰を下す怒りの戦天使が如くな、凛々しくも冷たい睨み顔だ。
 相手が小柄で華奢な少女とはいえ、一応に喧嘩慣れをしている大男たちは、その圧に危機感を覚えた様子。
「っぅ――こっ、このアマ…っ!」
 しかし、プライドが許さないのだろう。
 小柄な美少女に負けたと認めたくないようで、男二人はまた無意識に、少女の左右から挟み撃ちにするつもりで位置を取った。
「もう、おしおきですわ…っ!」
「しゃらくせぇっ!」
 男たちが殴りかかるのを待って、麗は一瞬で反撃を開始。
 超速な踏み込みで一人の右腕のヒジへ拳を打ち込み、そのまま素早く反転で、もう一人の男の肩へと蹴り込む。
 ――ボキゴキリっ!
「「ッギィヤアアアッ!」」
 殴りかかる勢いも利用されての打撃を受けた男たちの、関節の骨がおかしな方へと曲がっていた。
 余りの激痛に、男たちがまた転げ回る。
 麗はいつもの美麗な微笑みではなく、呆れかえった冷たい美顔で、二人の大男を見下ろしている。
 男たちは、立ち上がれない程の痛みに涙しながら、しかしまた、少女への逆恨みの視線を向けてきた。
「ううぅ…」
 気絶させられていた男たちも気がついて、自分たちを気絶させた美少女を、屈辱に睨み付ける。
「…まだ、おわかりになりませんか?」
 男たちが気絶から覚めた事に、均実は怯えながら、しかし推察をする。
(あ、あの人たちが、気がついたけど…)
 麗は、全く慌てていない。
(手加減して、あげてた…のかな…?)
 だとすれば、今度こそ五人は病院送りになるのかも。
 麗が優雅に身構えたら、背後から女性たちの声が聞こえた。
「あっ、ねえ見てっ!」
「何か悲鳴が聞こえたと思ったら!」
「男の人五人が、女の子に絡んでるわよっ!」
「警察よ、警察に通報よっ!」
 どうやらこの付近の主婦たちが、均実の「私も相手だああああっ!」を、悲鳴と受け止めたらしい。
 女性たちはみな、手に手に箒やフライパンや胡椒の瓶などを持ち、武装をしている。
 集団で男たちを取り囲み、中には写真を撮りながら警察へ通報している女性もいた。
 不逞な男たちは、女性の集団というだけでなく、更に写真も撮られて警察へ通報されているという事実で、完全に戦意が喪失。
「うぐぐ…」
「最近、このあたりで夜中に大声だして五月蠅いの、あんたたちでしょ!」
「あっ、見て! タバコを捨てた空き缶まで! やっぱりあんたたちだったのねっ!」
「いつもいつも後片付けしないでっ、掃除するの、大変なんだからねっ!」
 普段の迷惑行為に怒りを覚えていた様子の主婦たちが、みんなで五人を責め立てる。
「ひっ――ひいいいっ!」
 主婦たちの勢いに圧倒されて、男たちは痛む全身にムチ打つように、車やバイクで逃走していった。
「あっ、逃げたわよっ!」
「空き缶くらい片付けていきなさいよ~っ!」
 そんな追撃の声からも逃げる男たちは、もう二度と、このベッドタウンには来られないだろう。
 武闘美少女だけでなく、なによりも団結をした主婦たちが怖くて。
 男たちの姿が見えなくなって、主婦のみんなが麗へと声をかける。
「麗ちゃん、大丈夫?」
「まーいくら強いからって、あんな漢たちを相手にしちゃダメよ」
「はい、ありがとうございます。ご心配をお掛けいたしました♪」
 主婦たちとも和気藹々で、麗はこの街で、なかなか知られた存在らしかった。

                        ~第五話 終わり~
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