上 下
5 / 7

☆第四話 均実が決意をすべき時☆

しおりを挟む

「ダファファファファッ! だからそーゆーとこやぞって!」
「フェハハハハッ! マジだぜ!」
 五人の男たちは、みな成人している年齢だろう。
 服装や染めた髪やアゴ髭なども、いかにもチャラい。
 歩道の自販機の前に、車を二台とバイクを一台駐めていて、ふかした煙草の灰を、灰皿などではなく側溝へ捨てている。
 大きくて下品な笑い声は、静かな住宅街にとって、まさしく耳障りな響き。
 コーヒーの缶も、地面に直置きしているだけでなく、煙草の吸い殻を何本か、中へと押し込んであった。
(うわぁ…あの人たち、あの空き缶とか…あのまま置いて行っちゃうっぽいなぁ…)
 清潔感も感じられないし怖いし、女子高生としては、当たり前に近づきたくない大人たちである。
「麗さ…ハっ!」
 別の道から行きましょう。
 と、隣の美少女を誘おうとして、凄まじい殺気でビクっとなった。
(こ、この気配は…っ!)
 恐る恐る見ると、麗の優しくて大きな瞳が、怒りで真っ赤に光っている。
(そ、そうだ…っ! 麗さんって、こういう人たちがっ、大嫌い…っ!)
 転入初日の登校時に見た光景を、一週間ぶりに見るこの現場で、思い出した。
「う、麗さん…!」
「あのような…なんとも嫌悪させて戴けてしまえる大人たち…ふふふ」
 少女の目が、罰を与える暗い意志で、ときめいてさえ見える。
 麗が強いのは知っているけれど、流石に五人の成人男性が相手では、敵わないだろう。
「うっ麗さんっ、別の道に行きましょうっ! ああっ、そうですよっ、ぉお、おまわりさんっ――おまわりさんをっ、呼びましょう…っ!」
 とにかく、この人を護らなければ。
 均実は一生懸命に、怒りに猛る友達美少女の両肩へと両掌を置いて、なだめて護ろうとする。
 友達の手へ優しく触れながら、麗は天使の微笑みで、均実に優しく告げた。
「ご心配には 及びませんわ♪ こう見えましても私…相手の技量くらいは 正確に推し量れますもの♪ 均実さんは、お怪我をなさいませんよう、隠れていて下さいな♪」
「ぃや、あの…っ!」
 余程に自信があるのだろうけれど、男性五人へ、たった一人で向かって行く華奢な後ろ姿を、黙って見過ごすなんて出来ない。
 麗の言う通り壁にでも隠れて警察に通報しようかとも思ったけれど、それでは警察が到着をするまで、麗を一人にしてしまうのではないか。
(そ、そんなこと…っ!)
 でも、大柄な男たち五人へ立ち向かうなんて、怖すぎて出来ない。
(私っ――どうすれば…っ!)
 頭の中の全均実が、脳内会議どころではなくパニックに陥っていた。
 そんな間にも、均実が最も畏れていた瞬間が、やって来てしまう。
「ぁあ? なんだネーチャン?」
 麗が苦情を言い始めたのだ。
(ひいぃぃぃっ――うっ、麗さん…っ!」
 心の声が、無意識に口から出ていた。
 シャキっと背筋の伸びた綺麗な姿勢のまま、男たちへ向かって堂々と、スタスタと歩を進めて接近をする、美しい残酷天使。
 三メートルほどにまで近づいた麗は、一見すると優雅に、しかし隙の無い淡麗な姿勢を魅せながら、男たちへと告げる。
「申し訳ありませんが…この街は静かな住宅街ですの。もう少し、声を静めて戴けませんでしょうか?」
 笑顔も愛らしくて、言葉にも不要なトゲなどない。
「「「「「………っハっ!」」」」」
 小柄で華奢なのに恵まれたボディーラインな美少女の笑顔に、不品行な男たちは見惚れて、しかしすぐに我へと返った。
「な、なんだ逆ナンかぁ? 俺たちがどこでなにしようが、オネーチャンにはかんけーねーだろぉ?」
「俺らと楽しみたいんならよー、乗せてやってもいいぜぇ?」
 と、自分たちの車を親指で指す。
 どう見ても、年下の少女に気後れした自分たちが悔しいらしいのを誤魔化すような、ナンパ等の精神マウント。
 そんな五人の男たちに、麗はまた優しく微笑んで。
「まあ♪ 大きくて迷惑なお声に対する注意がナンパに聞こえましたのでしたら、ぜひ耳鼻科へ通う事を オススメいたしますわ♪」
 口元に手を当てて微笑むその美顔は、自信と余裕で輝いていた。
「ぁあ? おいネーチャンよぉ、俺らが女子供に手を出さないと思ってんなら、かな~り甘いぜぇ?」
 小馬鹿にされたと感じたリーダー格の大男が、怒りを隠さない笑い顔で、小柄な少女を上から見下ろして凄む。
 後ろで見ている均実は、もう恐怖の想像しかできない。
(うっうっ、麗さんん…っ!)
 少女が強い事は、以前に直接見て知っている。
 けれど、あの時はいかにも半端な不良学生っぽかったし、三人だったし、しかも一人は最初からビビっていた。
 しかし今、麗が対峙しているのは、身長も筋肉もある大男が五人だ。
 誰一人として麗を知らないから、誰一人としてビビってなどいない。
(こっこっこっ――こここれは絶対ぃっ――危険ですってばああっ!)
 今にも、泣きながら走って麗を連れ去りたい気持ちだ。
 そんな親友の心配を知らず、麗は男たちへの忠告を続ける。
「仰る通り…その不潔なタバコ臭い手なんて、子供や女性に近づけて宜しいモノでは、ありませんものね♪」
「…おい」
 煽り返しに煽り返せないからか、怒りに火が点いたらしい男たち五人が、ダルそうに立ち上がった。
「…ちょっと攫って、大人の怖さってヤツを解らせてやろうか…ぁあ?」
(ひいぃ…っ! うう麗さん逃げてえぇぇぇっ!)
 と均実は心で焦りながら、近くのゴミ収集スペースに残されていた、折れて廃棄された木刀が目に留まる。
「あ、あれは…っ!」
 武器になるかも。
(って私っ――なに考えてるのっ!)
 身体が勝手に動いて、刀身が半分近くの木刀を持ってみると。
 意外と軽い。
 これなら。
(ってだからぁっ――私っ、何をしようとしているのぉっ!)
 無意識に深呼吸をして息を飲んだ均実は、思わず走り出して、麗の横へと立ち並び、男たちへ向けて心の声で絶叫していた。
「わぁっ――私も相手だあああああっ!」
 恐ろしい相手だけど、麗一人を放って置いてなどいられなかった均実であった。
「かっかぁっ、かかかかってっ、来いぃひぃぃぃいいいいっ!」
 威勢良く出てきた均実だけど、恐怖と緊張と混乱と親友への思いで、目がグルグルと回っている。
 細い腕も内股な膝も全身も震えていて、全身が冷や汗ビッショリで、構えた木刀もブルンブルンとブレまくっていた。
「まぁ…」
 そんな親友の姿に、麗は頬を上気させて、大きな瞳が潤み、感動の眼差しに小さな両掌が愛らしく組み合わさったり。
 加勢の少女に、大男たちが睨みを利かせる。
「あ…?」
(っひいいぃぃっ!)
 殺されて人生終わり。
 という、言葉ではない認識が、頭を過ぎった。
 凄む男たちに比して、ツインテールの天使は、感激を隠さない。
「なんという、友情に熱い…私もう…感涙が押さえられませんですわ?」

                        ~第四話 終わり~

しおりを挟む

処理中です...