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第一部・一幕・イニツィオ(始まり)の出会い
5・眠れない夜
しおりを挟む夕飯はバイキング形式だった。七時を過ぎた辺りに込み始めるというのは、始めの時間に全ての品がそろっている訳ではなく、品数が一番多くなる時間帯が七時で、それを狙ってやって来る人で込んでしまうらしい。
込み合う前に食堂を後にし、一度部屋に帰ってから直ぐにシャワーを浴びに行った。大きな湯船は魅力的だったけれど、疲れていたのであまり長くは浸からなかった。なので、今度またじっくりと入るつもりである。
その後はどこにも寄り道をせず部屋に帰ると、明日の入学式に備えて今日は早々に就寝しようという事になった。
お腹も膨れ、お風呂で温まったリデイラの体は、次に睡眠を欲していた。慣れない初めての土地で疲れはピークだったのだ。
だから、早目ではあるものの、ぐっすりと眠れると思っていたのだけれど、現実はこうだった。
「(……眠れない……)」
体は疲れている筈なのに、どうしてだか眠る事が出来なかった。
どうにか眠れないかと、目を閉じ、寝やすい姿勢を探してごろごろと何度も寝返りを打ってみたけれど、効果は無かった。
このままでは眠れそうにない。目を閉じているだけでもある程度体は休まると聞いた事があるけれど、やはり短くても良いからきちんと眠りたい。
煮詰まってきたリデイラは、気分転換に散歩でもすれば眠れるようになるかも知れない。そう思って、起き上がった。
隣のベッドでは羨ましい事に、ソフィアが既に眠っているので起こさない様に静かに歩を進める。カチリ。と音が最小限になるようにそっと扉を閉めた。
そうして出てきた廊下は、まだ一応消灯時間にはなっていないけれど、シンと静まり返っていた。
学校の特色故に、ほぼ全ての部屋が防音室になっているせいもあるだろうけれど、それだけでは人の発する生気は隠せない。
この辺りの部屋は殆んどが新入生だ。だから、明日の為に早く就寝しているのだろう。
それを羨ましく思いながら、リデイラは寮を出た。
散歩と言っても、初めての場所でしかも夜に無計画に歩く程、リデイラは愚かではない。予定としては、外壁の内側に沿って歩き、外壁が途絶えた所で引き返そうと思っていた。
外壁は男子寮とは反対側。女子寮のすぐ隣に立っているし、ポツリポツリとではあるけれど、外灯もあるので迷う事はないだろう。
そう思いながら寮の建物から出ると、その途端に様々な音がリデイラの耳に飛び込んできた。
木々の騒めきに虫の声。まだどこかで練習をしているのか、様々な楽器の音が風に乗って運ばれてくる。
それから、妖精達の声も。何が楽しいのか、クスクスキャラキャラと笑う声がそこかしこから聞こえてくる。
数時間前にはその声をずっと聞いていたにも関わらず、凄く久し振りに聞いた様に思え、リデイラは首を傾げた後、納得したように一人ごちた。
この敷地内にある建物の殆どに、妖精避けの呪いが施されている。妖精の悪戯で練習を妨げないようにする為と、静かな環境で眠れるようにする為だ。その為、寮も妖精避けの呪いが施されている。
その説明を聞いた時は『なるほど。確かに、静かに練習したいときも、寝たい時もあるよね』と納得した。
その時はまだ案内の人やソフィアも居たので特に気にならなかったのだけれど、こうして誰もいなくなると音の無さが顕著になるらしい。
時には騒がしく思う音が帰ってきた事に、リデイラは安堵したかのようにホッと息を吐いた事に気付き、苦笑した。騒がしい方が落ち着くなんて、と。
静か過ぎるから眠れなかったのかも知れないという可能性を考えたけれど、それは今日にどうこう出来る問題ではない。
なので諦めて、散歩の続きを再開する事にした。
外壁は文字通りすぐ近くにあるので、予測通り簡単に着く事が出来た。たどり着いた後、リデイラは少し悩んだ後、左手沿いに進んで行く事にした。
目的は眠る事が出来るようになる為の気分転換なので、歩く速度はゆっくりだ。
(こんなにぼんやりと何も考えない時間は、すごく久し振りだなあ)
特に最近はこの学園に来るための準備で忙しく、練習時間を削る事は出来ないので睡眠時間を減らす事に成程に余裕がなかった。
だからだろうか。常よりも殊更ぼんやりとしながらリデイラが歩いていると、一つの旋律が耳に飛び込んできた。
寮を出た時から楽器の音は聞こえてきていたけれど、何も考えないようにして歩き始めてからは他の雑音と同じようにしか聞こえていなかった中、聞こえてきた音。
(これは、ヴァイオリンの音だ)
一度その音に耳を傾けると、足は自然と音源を目指し始めていた。
(綺麗な音。でも、知らない曲だ)
音源に近付いて行くほど、鮮明に聴こえてくるその音は、名門校にいる者なだけはあって、今までに聞いた事がある中でも美しいものだった。
知らない曲だという事も、リデイラの興味を惹いた
惹かれるがままに歩みを進めていたリデイラだけれど、ふと、自分の周囲にいる妖精達も同じ方向へ進んでいる事に気が付いた。
地元に居た頃は演奏を目当てにリデイラを目指してやって来ていたけれど、ここでそれはあり得ない。
あり得ないとは分かっていても、自分を通り過ぎて行く妖精達を見ながら不思議な心地になった。
けれどもそれは、この音に比べると些細な事だった。
後から後からリデイラを追い越していく妖精達は余程この音が好きらしい。
こんなにも妖精達を魅了する演奏は近くで聴いたらどんなものなのか。ますます興味を引かれたリデイラの足取りは次第に速くなっていく。
そして、ようやくたどり着いたそこは湖だった。
(綺麗なところ……)
陽が落ちているものの、月明かりと光る妖精達のお陰で夜にしては明瞭な視界にも関わらず、対岸の縁が朧気にしか見えない程に広い湖だった。
その湖の浅瀬の一部に光が集中していた。どうやら桟橋の先に東屋があり、そこが、音源のようだった。
音源まで後数十メートルといったところまで来ていたけれど、もっと近くで聴きたいという思いは止まらなかった。
なので、演奏の邪魔をしないように、リデイラは慎重に近付いて行く。
妖精達は湖の上を飛んで行けるけれど、リデイラはそれが出来ない為、湖の岸に沿って進む。
そうして桟橋が掛けられている所へたどり着いた。
岸からはここが一番近い。流石に桟橋を渡れば気付かれてしまう可能性が増えてしまうため、諦めたリデイラは近くにあった岩へ腰掛け、そっと目を閉じた。
目を閉じると、より鮮明に音が聴こえてくる。
軽やかなテンポだと思えば、上品で艶のあるものに変わり、時にはまるで哀哭するかのように悲痛な音さえも奏で出す。
目まぐるしく変わる旋律だけれど、共通して言えるのは“まるで誰かに乞い願っているかの様だ”という点だ。
“聴いて欲しい!”という思いが岸の方にまで伝わってくるそれは、有象無象に向けられたものではなく、特定の誰かへのメッセージの様だ。でも、だからこそ聴いている者の魂を揺さぶるのだろう。
なるほど。妖精達は美しい旋律もそうだけれど、特に魂揺さぶるものが大好きだ。なので、こんなにも情熱的なら妖精達が好むのも無理はないとリデイラは頷いた。
どれほどそうして聴いていただろうか。曲が終わったのか、余韻を残す様にして引かれた弓を最後に音が止んでしまった。
もっと聴いていたかったけれど、終わってしまったのなら仕方がない。良い気分転換にもなったし、今なら眠れるかもしれない。
そう思ったリデイラは目を開けた。途端、視界の殆んどが光で埋め尽くされていたので、驚いて思わず仰け反ってしまう。
「え、な、なに?」
演奏を聞き始めた時には、リデイラの側にこれ程多数の妖精は居なかった筈だ。
驚き、思いかけない妖精の数と明るさに目を白黒させているリデイラに、追い打ちをかけるかの様に妖精達がリデイラの髪や服等を強く引っ張り始めた。
引っ張られる事も、地元に居た頃ならば馴染みの妖精にされた事はあるので驚きはない。けれど、こんなにも多数の妖精された事はないので、その集団の力強さには驚いた。
「いたっ。何?どこに連れて行きたいの?行くからもう少し押さえて、静かに」
一匹一匹では弱い力も、これだけの数になると人一人を動かせる様になるらしい。
引っ張られて痛む髪を押さえながら、リデイラは小声で抗議する。演奏はなにも、演奏中だけが全てではない。だから、あまりに大きな声を出して奏者の邪魔をしたくはなかった。
けれど、リデイラの努力虚しく、気付かれていたらしい。
東屋の方を見やれば、演奏中背を向けていた筈が、明らかにリデイラの方を見ていた。
妖精達だけでもピーチクパーチクと煩かったのだから仕方もない。
気付かれてしまっていたのなら仕方がない。それに、どうやら妖精達はあそこへ連れて行きたいらしい。
リデイラは抵抗する事を諦めて、引っ張られるがままに足を進めた。
選択肢
そのまま頑張って寝る
⇒気分転換に散歩に行く
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