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第一部・一幕・イニツィオ(始まり)の出会い
6・貴公子との夜、望まぬ再会
しおりを挟む妖精達に引っ張られ桟橋を渡り、東屋へと足を踏み入れる。
いくら妖精達のお陰で明るいとは言え、足を踏み外して湖に落ちてしまわないかと、下ばかり見ていたリデイラはそこでようやく顔を上げた。
(──なんて綺麗な人なんだろう)
リデイラは思わず、ホゥと感嘆を漏らしていた。
宵闇の中、月下で妖精達の灯りに囲まれながら演奏している姿も神秘的で美しかったけれど、こうして間近で見ても神秘的な美しさが損なわれる事は無かった。
月下の中でも分かる程、美しい髪はまるで金糸の様で、瞳は澄んだサファイアの様だった。
こんなにも美しい人は初めて見た。本当に人間かどうか疑ってしまったけれど、ヒト型を取れる精霊は例外を除いて基本にはいない為、それはないと首を振る。
「私の演奏はどうだったかな?」
美しい人は声までも美しいらしい。穏やかでどこか甘やげでもあるのに爽やかさも欠かせない不思議な声だった。
「え、あ、その……」
リデイラ以外に誰も居ないのに、声を掛けられているのが自分だと気付けずに、変な声を出してしまった。
けれど、青年はリデイラの失態を気に止めた様子もなく、答えを待っている様だった。
急かされる訳でもなく、只々始終穏やかな様子にリデイラも次第に落ち着きを取り戻し、息を吐いた。
「……知らない曲でしたけど、凄く、美しい曲でした」
ようやく出た感想はあまりにもチープだったけれど、それ以外の言葉は出て来なかった。どんなに言葉を尽くしたとしても、全てを言い表せるとは思えなかったからだ。
そんな拙いリデイラの感想にも青年は「ありがとう。嬉しいよ」と微笑みを返した。
「あの、特にこの部分が──」
そう言い、リデイラがその部分を軽く口ずさんだ時、それは起こった。
先ず始めに起こった異変は湖が割れた事だった。
正確に言うならば、湖の中心へ向かう道のような物が競り上がってきた。
「な、何なの!?」
「大丈夫落ち着いて。この東屋が壊れる事は無いから。それよりも、転んでしまうかも知れないからしっかり掴まって」
道だけでなく、その先でも湖から何かが競り上がってくる。その衝撃でリデイラ達の居る東屋が激しく揺れる。
地面が揺れるという事を初めて経験するリデイラは恐怖で足がすくんだけれど、青年は至って冷静で、リデイラを抱き寄せ支えながら前を見据えている。その口元には僅に笑みが浮かんでいる程だった。
自分の事で精一杯のリデイラは青年が笑みを浮かべている事も、妖精達が嬉しそうに歌い踊っている事にも気付かない。
「──漸く、漸くだ。ついに僕は君に逢えるんだね」
青年は込み上げてくる何かを懸命に抑え込むかのように、少し震える声で、小さく小さく呟いた。
「……何か言いましたか?」
「いや?空耳じゃないかな」
それは、すぐ側にいるリデイラでさえまともに聞き取れない程に小さな声だった。
青年が微笑みを向けながら否定するので、リデイラも今はそんな些細な事を気にしている余裕は無かった為、特に深追いする事なくその話題を終了させた。
チラッと青年を見上げた目は、すぐに再び湖へと向けられる。
段々と姿を表すそれを只呆然と見ている事しか出来なかった。
やがて、全て浮上し終えたのか、揺れが段々と治まり、水面が静かになった。
地面が揺れなくなった事で少し落ち着きを取り戻したリデイラは、浮上してきたソレを観察した。
白亜の色彩に沢山のステンドグラス。全体としては、教会を小さく纏めたような印象を受ける。尖った屋根の上には、精霊院を示すシンボルがあり、精霊楽器が納められている建物だと言うことが分かった。
この学園の存在理由を鑑みれば、敷地内にこの建物があっても可笑しくはない。けれど、とリデイラは首を傾げた。
(少し大げさじゃない?)
普通に納めているだけでは駄目だったのだろうか。
こんなにも大掛かりな仕掛けを施す必要性が分からなかった。
精霊の好み、とも考えられたけれど、精霊は基本的に人間のすぐ側に居る事を好むので、会うまでに時間の掛かりそうな仕掛けを自らが望んで施すとは思いにくい。
リデイラがそんな事を考えていると、キイィと音を立てながら扉がゆっくりと開きはじめた。
普通に考えると、精霊院から出て来るのは精霊以外には居ない。だとすれば何の楽器に宿っていて、どんな姿をしている精霊だろうか。精霊は動物型を取っている者が多いから、猫科だろうか?それとも犬科だろうか?それともマイナーな動物?こんなに盛大な仕掛けが施されている程の精霊院に居る精霊なのだから、きっと力の強い、見た事もない姿をしているのかも知れない。
来て早々にフリーの精霊に会えるかもしれないと、リデイラは興奮していた。扉が開ききっても、外よりも暗い室内の様子はよく見えない。それがより一層期待を膨らませる。
そして、暗闇の中で何かが動く。ついに出て来るのかと期待の眼差しで入り口を見ていたリデイラだけれど、直後、その表情は凍り付く。
一番最初に見えたのは、入り口の柱に触れる指先だ。その指先から少しずつ姿が見えて行く。それは、明らかにヒトの手をしていた。
(――そんな、嘘でしょう!?)
出て来るのが人である事を排除していたリデイラはそれが人型を取っている精霊だと考え、該当する者がヒトリ、脳裏に過り青褪めた。
けれど、知らないだけで他にも人型の精霊も居るかも知れないという可能性に賭け、全身を表すのを固唾を飲んで待った。しかしそれは簡単に裏切られる事となる。
見えてきた腕は黒い布に覆われていて、徐々に見えてきた物から全身黒いローブを身に纏っている事が窺えた。
他の精霊である可能性が少なくなっていくのと、現在と過去の映像が重なり合いリデイラの心はどんどん削られていくように感じられた。
そしてついに、その全貌が明らかになった時、リデイラは無意識の内に一歩、後退っていた。
黒髪に全身を覆う黒いローブのせいで、一見そのまま闇夜に溶けてしまいそうだけれど、露出している肌は白く、何より、暗闇であるにも拘らず夜空に浮かぶ月光の様に青白く輝く双眸がそれを許さない。
その男の姿にリデイラは嫌と言うほど見覚えがあった。忘れたくとも忘れられない。否、今まで忘れようと思った事がない相手。ここに居る事は知っていたけれど、遭遇してしまうのはもっと後になると思っていた相手。
「“キャロ・ディ・ルーノ”」
リデイラはその名を口にした青年を振り返り、その時ようやく青年が自分に向けていたものとは違う笑みを浮かべている事に気付いた。
どうして名を知っているのかという問いは愚問だろう。音響士を目指す者なら奴の名を一度は耳にした事がある筈だ。
それに、隠し切れない程の熱い眼差しを送っている事から、信者か、契約を望んでいる者に違いないと確信していた。
「逢いたかったよ、キャロ・ディ・ルーノ。ここで君に音楽を捧げて幾年月。この時をどれほど待ち望んだか。でも、出て来てくれたという事は、僕と契約を交わしてくれる気になったという事だよね?」
どうやら後者だったらしい。熱に浮かされた様に朗々と言葉を重ねる青年に、面倒な事にならないと良いのだけれどと、リデイラは眉間に皺を寄せた。
只の信者ならば、崇めるだけで一部を除けば特に害はないのだ。けれど、契約を望んでいる者の場合は違う。聖善なる心を持っている事が大前提の職業柄、嫌がらせ等はあまりない。精霊の心のままにと身を引く者が大半で、どちらが契約主に相応しいか勝負を挑んでくる者も少数いる。そんな中、“どうして選ばれない”と病む者、強硬手段を取る者もいない訳ではない。
この青年が大半の者であってくれる事、もしくはキャロ・ディ・ルーノの気が変わってくれている事を願いながら、リデイラは手袋に覆われている右手の甲を撫でた。
けれど、戻した視線の先で落胆する。キャロ・ディ・ルーノは青年の方を一切見ておらず、一心に自分を見ている視線と目が合ったからだ。
「――ああ、そうだな。確かにどれ程待った事だろうな」
“リディ”
美しい唇が宵闇に相応しい低い声を辺りに響かせる。その中で、確かに自分の名前が紡ぎ出されるのを聞いてしまったリデイラは――。
選択肢
「こっちは待ってないわよ!」と叫んで走り去る
「知るかバカア!」と言い逃げる
「……」無言で走り去る
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