9 / 14
8
しおりを挟む右へ左へ、入り込んだ小道を、あたかも目的地へと真っ直ぐ向かっているように見せ掛ける為に、迷い無い足取りで進んで行く。
足音も出来る限り消してみてはいるけれど、背後から聞こえてくる足音が消える事は無い。
同じ道を通ると不審に思われるかも知れないので、なるべく違う道を通るようにしていた。
時間がかかり過ぎているのもそうだけれど、それにより、フェロニカの体力も消耗している事の方が深刻だった。
普段、料理や宿屋の手伝い等、それなりに体力を使う仕事をしているとは言え、こんなにも長く歩いた事はない為、次第に呼吸が荒くなってきている。
このままだと、無事に撒けるのが先か、自分の体力が無くなるのが先か分からなくなってきた。
けれど、この様子では、体力が無くなる方が先かも知れない。
そんな焦りが、フェロニカの判断を誤らせたのだろう。
「(しまっ)」
目の前にそびえ立つのは、どこかの建物の壁だった。つまり、行き止まりだ。
こうなってしまえば、来た道を少し戻って他の道へ行くしかない。
後をつけて来ている者と鉢合わせしてしまう危険性はあるけれど、このまま相手が来るのを待っているよりも逃げられる可能性は高い。
そんな僅かな可能性に賭ける事にしたフェロニカは、撒く事よりも先ずは逃げる事を優先しようと踵を返した。
「よう、お嬢ちゃん。そんなに慌ててどこに行くんだ?夜道の一人歩きは感心しないぜ?」
けれど、直ぐ後ろまで既に来ていた様で、長い影がフェロニカの足元まで伸びている。
行く手を塞いだ男の言葉は軽いし、態度も軽い。
身形はどこでもよく見る格好をしている、けれど。
逆光で見えにくいけれど、男の顔はお世辞にも美しいとは言えないものだった。
かといって、別段、酷く不細工という訳でも無い。
この国の人間ばかりを見慣れてしまったフェロニカからすれば、平均よりも下の下の下のだった。
つまり、この国の人間ではないのだろうとフェロニカは思った。
と言うことは、性格も余り良いものではないのだろう。と。
今ここにいる時点で、それは予測出来ていた事だったけれど。
「ちょうど今、帰宅途中なんです。けど、ちょっとぼんやりしていて道を間違えてしまったみたいです。でも、もう目が覚めたので大丈夫です。心配して頂いてありがとうございます」
あんたはお呼びでないから、そこを退いて。
フェロニカはにっこりと微笑みながらも、内心では目の前の男を睨んだ。
「そうは言うがなあ、心配だから家まで送ってやるよ」
「いえ、この辺りは特に治安も良いですし、直ぐ近くなので大丈夫です」
偶然にしてはフェロニカの前に現れたタイミングがピンポイント過ぎるし、少し下品な言動は、怪しんで下さいと言わんばかりだ。
けれど、この男の顔に見覚えはないので、一体何の目的があって後をつけて来たのか、検討もつかない。
少なくとも、思慕が募ってという線だけは無さそうだけれど。
「そうか、直ぐ近くなら、そんなに手間でもないしな。ほら、早くしろよ」
遠回しではなく、割りと直接的に断りを入れたけれど、引こうとはしない男にフェロニカは苛立つ。
しかしまあ、後をつけて来ていた位なのだから、こんなに簡単に引くとは最初から思ってもいなかったけれど。
「本当に結構ですから」
逃げ道は男の後ろにしか無い。
なので、どうにかして男を抜き去らなければならない。
不意を突くしか無いだろうと、フェロニカは男から距離を取る為に後退った。
「チッ。イイから、コッチが下手に出てる内に早くしろ!」
少しばかり短気過ぎやしないだろうか。
一向に頷かないフェロニカに痺れを切らせた男がフェロニカに向かって手を伸ばす。
「(今だ!)」
男が近付いて来るタイミングに合わせて、フェロニカは男の方から目を反らしながら魔法を発動させた。
「何だ!?目が!?」
途端、閃光が辺りを占め、光源を直視してしまった男は両目を押さえ悲鳴を上げた。
フェロニカは保有する魔力の量は少ないけれど、無い訳ではない。
だから、こうして小さい規模の魔法は使う事が出来る。
そうして、突然視界を奪われた事で出来た隙を、逃す手はない。
悶絶している男の側を駆け抜ける。
難なくすり抜けられた事に安堵しつつも、回復した男にまた絡まれては堪らないので、そのまま大通りまで走り続ける。
陽が落ちた事で辺りは暗い為いつもと違って見えるけれど、よく見れば知っている建物ばかりだ。
これならと、大通りまでの最短ルートを選ぶ。
そうすれば間も無く、明るい通りが見えてきた。
ここまで来ればもう大丈夫だろう。
そう思い、フェロニカは走る速度を緩めた時だ。
「おっと、そこまでだぜ嬢ちゃん」
「!?」
背後から腕が伸びてきたと思えば、その手はフェロニカの口を塞ぎ、片腕も捕まれてしまう。
反射的に振りほどこうともがいたけれど、男の腕はビクともしなかった。
大通りは目の前だ。人々の声がはっきりと聞こえてくるので、助けを呼べば誰かに気付いて貰える距離だ。
空いている片手で、口を塞いでいる手を退けようとするけど、やはりビクともしない。
「大人しくしろって。アイツ、一人で十分だとか偉そうな事言ったクセに娘っ子一人捕まえられねぇとか、ザマァねぇな」
そう笑う男の口ぶりからして、顔は見えないけれど、先程とは違う男のようだ。
一人を相手にする事も大変なのに、二人同時に相手をするのは無理だ。
下手をすると、二人よりも人数は多いのかも知れないし。
逃げられるとしたら今しかないだろう。
そう思ったフェロニカは今までよりも更に強く抵抗を始めた。
口を塞いでいる手に爪を立てて、足の爪先めがけて踵を踏み下ろした。
前世にどこかで聞きかじった痴漢撃退法だ。
前は使う機会が無かった為、初めて使ったけれど、案外上手く決まった事にフェロニカは驚いた。
「いってー!このクソアマ何しやがる!」
けれど、驚いてばかりいる暇は無い。
踏まれた方の足を抱え、ピョンピョン跳び跳ねる姿は滑稽だけれど、所詮は足止め程度の威力しかない為、直ぐに復活する事は目に見えていた。
「待ちやがれ!」と怒鳴る男を後目にフェロニカは大通りを目指して走った。
もう少しで、この暗い路地も明るい大通りから見える所まで行く事が出来る。
日中歩き回り、今も全力で走っている為、フェロニカの体力は限界に近い。
それでも足を止める訳にはいかないと叱咤し、走る。
「おっと、追い駆けっこはそこまでだぜ?」
けれど、再び背後から伸びてきた腕に片手を捕まれたかと思えば、口を塞がれ拘束されてしまう。
咄嗟に、先程と同じように爪を立て、足先を踏もうとしたけれど、捕まれている腕を捻り上げられた痛みで失敗してしまう。
「んなの、俺には通用しねぇっての。それにしても、お前ら二人とも、マジで情けねぇぞ。こんな楽勝な仕事にいつまでも手こずってんじゃねぇよ」
フェロニカの動きを読んでいたらしい男は、捻り上げる力を更に強くする。
余りの痛さに声を上げるけれど、口を塞がれている為、くぐもった声は闇に消える。
「るせーよ。ちょっと手加減し過ぎただけだっての」
「誰か呼ばれても困るから、オンビンにやろうとしたんだよオレは」
フェロニカの想定していた悪い方が当たってしまったようだ。
今フェロニカを拘束している男の背後から、二人の男の声が増えた。
「んで、どうするんだ?ここで始末すんのか?」
「バカ言え。始末するなら始めの人気のないとこでやってるっての」
「んじゃあどうすんだよ」
「このまま、路地裏通って戻るだけだ」
「ここから戻るのか?始末した方が楽じゃねぇか」
「追加報酬がいらねぇんなら、お前らはもう帰れば良いじゃねえか」
「あぁ、そういえば、そんな事も言ってたな。どうせ始末すんなら、貢物の足しにとか何とか」
「貢物なぁ。どっかの金持ちが若い女集めてるって噂、ヤツらの事かもな」
「若い女ばっか集めて何すんだか」
「何ってナニに決まってんじゃねぇか」
「イイねえ。オレもあやかりたいもんだ。この国じゃあ、そいつがチンチクリンに見える位別嬪が多いからな」
フェロニカからは見えないけれど、ゲラゲラと声を上げている男二人が下品な笑みを浮かべているのは想像に容易かった。
その会話から、今すぐには殺されないだろうという事が分かったけれど、この後どうなってしまうのか、考えないようにしていた事を聞かされたフェロニカは目の前が真っ暗になりそうだった。
その時、どこからか熱波を感じたかと思えば、自分を拘束していた手が離れている事に気付く。
「あ?」
拘束している筈のフェロニカが何故離れたのか、男は首を傾げたけれど、次の瞬間、己の肘から先の腕が無くなっている事に気付き絶叫する。
男が上げた絶叫に、フェロニカは反射的に振り返ってしまう。
「、っ!?」
フェロニカが見たのは、切り離されてしまった腕の根元を押さえ踞る男の姿だった。
前世でも今世でも争い事とは無縁の生活を送っていたフェロニカにとって、あまりにも恐ろしい光景に悲鳴を上げる事すら出来なかった。
「(誰がこんな事を!?)」
込み上げてくる物を耐えるように口元を手で押さえ、目を反らした。
その先に、一つの影が映り込む。
「その話、詳しく聞かせて貰おうか」
0
あなたにおすすめの小説
ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように
柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」
笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。
夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。
幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。
王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
二年間の花嫁
柴田はつみ
恋愛
名門公爵家との政略結婚――それは、彼にとっても、私にとっても期間限定の約束だった。
公爵アランにはすでに将来を誓い合った女性がいる。私はただ、その日までの“仮の妻”でしかない。
二年後、契約が終われば彼の元を去らなければならないと分かっていた。
それでも構わなかった。
たとえ短い時間でも、ずっと想い続けてきた彼のそばにいられるなら――。
けれど、私の知らないところで、アランは密かに策略を巡らせていた。
この結婚は、ただの義務でも慈悲でもない。
彼にとっても、私を手放すつもりなど初めからなかったのだ。
やがて二人の距離は少しずつ近づき、契約という鎖が、甘く熱い絆へと変わっていく。
期限が迫る中、真実の愛がすべてを覆す。
――これは、嘘から始まった恋が、永遠へと変わる物語。
【完結】悪役令嬢の反撃の日々
ほーみ
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。
「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。
お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。
「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる