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45.フクロウのカゴに頭を突っ込んで寝ていた
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気になるお菓子を一通り皿に盛ってもらって、会場の隅っこで計画的に食べ進める。
フルーツゼリーから始めて、クッキーやマドレーヌ、クリーム系のお菓子、チョコレートやチーズケーキは後半に。
甘酸っぱいベリータルトで口直しをして、さて次はマロングラッセでも。
皿の上が空っぽになったところで、胃袋の内容量が限界に近いことに気づく。
でもまだ、マカロンもフロランタンも食べていない。
並んだお菓子たちを見渡すと、おいしそう、食べたいと思う一方で、身体がもうお腹いっぱいだと語り掛けてくる。
あんなにたくさんあるのに。目は食べたいのに。
お酒を楽しめないのだから、食べ物くらい好きなだけ食べたいのに。
ふとバルコニーから庭園を見下ろすと――アイシャの実家に負けず劣らずの見事な庭園だ――何組か散歩しているカップルの姿を見つけた。
きちんとランプが灯されていて、パーティー会場の喧騒から少し離れて庭木や花を楽しめるようになっているようだ。
そうだ。私も散歩をしてお腹をこなれさせよう、と思い立つ。
結構広そうだし、一回りする頃にはマカロンくらい入るようになっているはず。
会場を出て、庭園を眺めながら歩く。
あ。あれは古文書に疲労回復効果があると書いてあったから煎じてみたらただただ苦かっただけの草だ。
「疲労回復」という単語が気つけの意味で使われていたのかもしれないと知り合いの言語学者に話したら「食べたの?」と聞かれたのを思い出した。
別に生でむしゃむしゃ食べてない。ちゃんと火は通した。
ぷらぷらと歩道を歩いていると、近くの庭木が揺れた。
風で揺れたのではなく、何かもっと……動物とか。そういうものが動いたような音だった。
屋敷で飼われている犬か猫あたりだろうかと、庭木の奥を覗き込む。
――瞬間、庭木をかき分けて、男が飛び出してきた。
「!?」
驚きに声も出ず、ただ数歩後ずさった。
どこかぼんやりとした目つきの男が、ゆらりと立ちながら、私を見下ろす。
葉っぱやら芝生がついて、髪がぼさぼさな以外は、いたって普通のパーティー出席者といった見た目の、礼服の男だ。
けれど、何となく体がふらついている、ような。
「そ、んなところで、何を?」
恐る恐る問いかけた。
男はしばらく私の顔をじぃっと見つめていたが、やがてへらりと笑って言った。
「虹色のユニコーンがね、いるんだよ」
「にじいろ」
何それ、見たい。
反射的にそう思ったけれど、ユニコーンは清らかな乙女の前以外には滅多に姿を現さない。
このおじさんが見つけたということは、もしかしてそれ、バイコーンなんじゃ?
でもバイコーンであれば体色は黒のはず。虹色というのは、どういうことだろう。
そう思って男の顔を見上げると、へらへらと酩酊したかのように笑っていた。
何だ、ただの酔っぱらいか。気づいてみればちょっと酒臭い気がする。
酔っているなら何かとユニコーンを見間違えるくらいはありそうだ。
「僕は、僕は追われていて、だけどほら、花が綺麗だから」
支離滅裂なことを言いながら、男がふらついた足取りでこちらに近づいてきた。
酒臭いような――甘いような、ツンと鼻につくような妙な匂いがする。
この匂い、何だろう。昔、どこかで。
「だ、ダメなんだ、物陰から見られて、今も」
こちらに手を伸ばしていた男が、はっと後ろを振り返った。
振り返った先に目を凝らしても、何も見つけられない。暗闇だからというわけではない、と思う。
けれど、男は何かに怯えたようにガタガタと震えだした。
「大きな男が来る、大きな、」
「え、」
突如、男は悲鳴と歓声の中間くらいの声を上げながら走り出し、がさがさと庭木の中に分け入っていった。
何だろう。酒に酔っただけにしては様子がおかしかった気がするけれど――私も酔って朝起きたらフクロウのカゴに頭を突っ込んで寝ていたことがあるし、あまり人のことは言えない気がする。
フルーツゼリーから始めて、クッキーやマドレーヌ、クリーム系のお菓子、チョコレートやチーズケーキは後半に。
甘酸っぱいベリータルトで口直しをして、さて次はマロングラッセでも。
皿の上が空っぽになったところで、胃袋の内容量が限界に近いことに気づく。
でもまだ、マカロンもフロランタンも食べていない。
並んだお菓子たちを見渡すと、おいしそう、食べたいと思う一方で、身体がもうお腹いっぱいだと語り掛けてくる。
あんなにたくさんあるのに。目は食べたいのに。
お酒を楽しめないのだから、食べ物くらい好きなだけ食べたいのに。
ふとバルコニーから庭園を見下ろすと――アイシャの実家に負けず劣らずの見事な庭園だ――何組か散歩しているカップルの姿を見つけた。
きちんとランプが灯されていて、パーティー会場の喧騒から少し離れて庭木や花を楽しめるようになっているようだ。
そうだ。私も散歩をしてお腹をこなれさせよう、と思い立つ。
結構広そうだし、一回りする頃にはマカロンくらい入るようになっているはず。
会場を出て、庭園を眺めながら歩く。
あ。あれは古文書に疲労回復効果があると書いてあったから煎じてみたらただただ苦かっただけの草だ。
「疲労回復」という単語が気つけの意味で使われていたのかもしれないと知り合いの言語学者に話したら「食べたの?」と聞かれたのを思い出した。
別に生でむしゃむしゃ食べてない。ちゃんと火は通した。
ぷらぷらと歩道を歩いていると、近くの庭木が揺れた。
風で揺れたのではなく、何かもっと……動物とか。そういうものが動いたような音だった。
屋敷で飼われている犬か猫あたりだろうかと、庭木の奥を覗き込む。
――瞬間、庭木をかき分けて、男が飛び出してきた。
「!?」
驚きに声も出ず、ただ数歩後ずさった。
どこかぼんやりとした目つきの男が、ゆらりと立ちながら、私を見下ろす。
葉っぱやら芝生がついて、髪がぼさぼさな以外は、いたって普通のパーティー出席者といった見た目の、礼服の男だ。
けれど、何となく体がふらついている、ような。
「そ、んなところで、何を?」
恐る恐る問いかけた。
男はしばらく私の顔をじぃっと見つめていたが、やがてへらりと笑って言った。
「虹色のユニコーンがね、いるんだよ」
「にじいろ」
何それ、見たい。
反射的にそう思ったけれど、ユニコーンは清らかな乙女の前以外には滅多に姿を現さない。
このおじさんが見つけたということは、もしかしてそれ、バイコーンなんじゃ?
でもバイコーンであれば体色は黒のはず。虹色というのは、どういうことだろう。
そう思って男の顔を見上げると、へらへらと酩酊したかのように笑っていた。
何だ、ただの酔っぱらいか。気づいてみればちょっと酒臭い気がする。
酔っているなら何かとユニコーンを見間違えるくらいはありそうだ。
「僕は、僕は追われていて、だけどほら、花が綺麗だから」
支離滅裂なことを言いながら、男がふらついた足取りでこちらに近づいてきた。
酒臭いような――甘いような、ツンと鼻につくような妙な匂いがする。
この匂い、何だろう。昔、どこかで。
「だ、ダメなんだ、物陰から見られて、今も」
こちらに手を伸ばしていた男が、はっと後ろを振り返った。
振り返った先に目を凝らしても、何も見つけられない。暗闇だからというわけではない、と思う。
けれど、男は何かに怯えたようにガタガタと震えだした。
「大きな男が来る、大きな、」
「え、」
突如、男は悲鳴と歓声の中間くらいの声を上げながら走り出し、がさがさと庭木の中に分け入っていった。
何だろう。酒に酔っただけにしては様子がおかしかった気がするけれど――私も酔って朝起きたらフクロウのカゴに頭を突っ込んで寝ていたことがあるし、あまり人のことは言えない気がする。
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