47 / 64
46.「変なロマンス小説の読みすぎ」
しおりを挟む
「アイシャ!」
ノアの声に、はっと振り返る。
パーティー会場からこちらに向かって走ってくる彼の姿を見つけてから、男が消えた方向に再度目を戻すけれど……ただ木々が揺れているだけで、背中の影すら見えなかった。
今のは一体、何だったのだろう。
「こんなとこで何してるの」
「お、お庭を見ていました……?」
「何で疑問系なの?」
ノアが呆れたようにため息をついた。
私にもよく分からないのだから仕方がない。むしろあのおじさんそのものが私の見た幻覚なんじゃないかと思ってしまうくらいだ。
もしかして、神様のお告げ? 虹色のユニコーンが? ――今世のラッキーアニマル、とかかな。
違うことを考え始めた私を眺めていたノアが、すっと私の前にしゃがみこんだ。
そして私としっかりと目を合わせて、諭すように言う。
「急にいなくなったら、心配するだろ」
彼の言葉に、ぱちぱちと目を瞬いた。
言われてみれば、私は子どもである。迷子になったらそれは保護者である彼は心配するだろう。
だけれど、呆れたような、困ったような眼差しで見つめられると――何故だか心が落ち着かなくなった。
悪戯を見つかって怒られる子どもの気持ちと言うのは、こういうものだっただろうか。
もう、子どもだった時のことなど覚えていないので判断できなかった。
反応に困って押し黙ってしまう。
けれどノアが黙って私の反応を待っているようだったので、何とか返事を絞り出した。
「大丈夫です、私は分別のある6歳なので」
「分別があるならいなくならないでほしいんだけど」
ノアがため息をついて、立ち上がった。そして、私に向かって手を差し出す。
「ほら、行くよ」
けれど、私はその手を握らなかった。
ノアの赤い瞳を見上げて、言う。
「旦那さま、ここだけの話ですが」
私がそう言うと、ノアは怪訝そうに眉根を寄せて、身をかがめた。
彼にそっと耳打ちをする。
「コブ付きはモテません」
「は?」
「私がいないほうが女性と懇ろになれます」
「はぁ!?」
ノアが素っ頓狂な声を上げて飛びのいた。
彼の声に、近くを歩いていた懇ろな感じのカップルが迷惑そうにこちらを睨む。
それに気づいたノアが、少し声を潜めて私に抗議する。
「君そういうのどこで覚えてくるの!? お父さん? お母さん!?」
「お母様の読んでいたロマンス小説です」
「ちゃんと隠しといてって言っといて!」
そんなことを言われても、娘にそんなことを言われたらお母様はそれこそぶっとんでしまうのでは。
実際のところは前世で同僚に「これで恋のときめきを勉強しなさい」と無理矢理貸された本を読んだ知識なので、今世のお母様は無実である。
ちなみにロマンス小説を読んだ感想が「人間ってすごい」だったので友達には「あなた人間向いてないわよ」と一蹴された。
今思うと相当ひどいことを言われている気がしてきた。向いていない割には頑張っていた方だと思う。
こちらを睨んでいたノアが、私の手を取った。そしてパーティー会場の方へと歩いていく。
引っ張られている形にはなるけれど、彼の歩調はとてもゆっくりで、私に合わせてくれていることが分かった。
「あのね。僕は君と結婚してるの。他の女性と懇ろになっちゃダメなんだよ」
言い聞かせるように話すノアの言葉に、首を捻る。
「ですが、誰かのものにこそ燃え上がる女性もいるとかいないとか」
「変なロマンス小説の読みすぎ」
ロマンス小説で得た数少ない知識を披露したところ、一蹴された。
次にノアがお母様と会った時、お母様に濡れ衣を着せたことがバレないといいな。
「旦那さまは女性と懇ろになりたくないんですか?」
「君ね、……はぁ。僕は興味ないよ」
歩きながら、ノアに問いかける。
彼は何か言いかけたが、ため息をついた後でばっさりと切り捨てた。
さっきもお嬢さんたちから大人気だったし、興味がないというのは何とももったいない話のように感じるのだけれど。
「先生以外はペンペン草にしか見えない」
「ペンペン草」
もはや植物扱いだった。
ペンペン草から人気でもそりゃあ嬉しくないかもしれない。
色とりどりのペンペン草に取り囲まれるノアを想像してちょっと納得してしまった。
「いい子だから勝手に動かないで」
「分かりました!」
ノアの言葉に頷いた。
何だかんだ言っても面倒見の良いノアだ。私だってペンペン草の一角のはずなのに、よくしてくれていると思う。
お嬢さんたちのこともまだよく知らないからペンペン草に見えているだけで、仲良くなったら違う物に見えるかもしれない。
植物かもしれないし、動物かもしれないし――人間かもしれない。
ぎゅっと繋いだノアの手を握りしめた。
「じゃあ私が旦那さまの良いところを皆さんに紹介します!」
「やめて」
「お任せください!」
「お願いだからじっとしてて」
渋るノアを今度は私が引っ張りながら、ずんずんと力強く地面を踏みしめて、パーティー会場に戻った。
ノアの声に、はっと振り返る。
パーティー会場からこちらに向かって走ってくる彼の姿を見つけてから、男が消えた方向に再度目を戻すけれど……ただ木々が揺れているだけで、背中の影すら見えなかった。
今のは一体、何だったのだろう。
「こんなとこで何してるの」
「お、お庭を見ていました……?」
「何で疑問系なの?」
ノアが呆れたようにため息をついた。
私にもよく分からないのだから仕方がない。むしろあのおじさんそのものが私の見た幻覚なんじゃないかと思ってしまうくらいだ。
もしかして、神様のお告げ? 虹色のユニコーンが? ――今世のラッキーアニマル、とかかな。
違うことを考え始めた私を眺めていたノアが、すっと私の前にしゃがみこんだ。
そして私としっかりと目を合わせて、諭すように言う。
「急にいなくなったら、心配するだろ」
彼の言葉に、ぱちぱちと目を瞬いた。
言われてみれば、私は子どもである。迷子になったらそれは保護者である彼は心配するだろう。
だけれど、呆れたような、困ったような眼差しで見つめられると――何故だか心が落ち着かなくなった。
悪戯を見つかって怒られる子どもの気持ちと言うのは、こういうものだっただろうか。
もう、子どもだった時のことなど覚えていないので判断できなかった。
反応に困って押し黙ってしまう。
けれどノアが黙って私の反応を待っているようだったので、何とか返事を絞り出した。
「大丈夫です、私は分別のある6歳なので」
「分別があるならいなくならないでほしいんだけど」
ノアがため息をついて、立ち上がった。そして、私に向かって手を差し出す。
「ほら、行くよ」
けれど、私はその手を握らなかった。
ノアの赤い瞳を見上げて、言う。
「旦那さま、ここだけの話ですが」
私がそう言うと、ノアは怪訝そうに眉根を寄せて、身をかがめた。
彼にそっと耳打ちをする。
「コブ付きはモテません」
「は?」
「私がいないほうが女性と懇ろになれます」
「はぁ!?」
ノアが素っ頓狂な声を上げて飛びのいた。
彼の声に、近くを歩いていた懇ろな感じのカップルが迷惑そうにこちらを睨む。
それに気づいたノアが、少し声を潜めて私に抗議する。
「君そういうのどこで覚えてくるの!? お父さん? お母さん!?」
「お母様の読んでいたロマンス小説です」
「ちゃんと隠しといてって言っといて!」
そんなことを言われても、娘にそんなことを言われたらお母様はそれこそぶっとんでしまうのでは。
実際のところは前世で同僚に「これで恋のときめきを勉強しなさい」と無理矢理貸された本を読んだ知識なので、今世のお母様は無実である。
ちなみにロマンス小説を読んだ感想が「人間ってすごい」だったので友達には「あなた人間向いてないわよ」と一蹴された。
今思うと相当ひどいことを言われている気がしてきた。向いていない割には頑張っていた方だと思う。
こちらを睨んでいたノアが、私の手を取った。そしてパーティー会場の方へと歩いていく。
引っ張られている形にはなるけれど、彼の歩調はとてもゆっくりで、私に合わせてくれていることが分かった。
「あのね。僕は君と結婚してるの。他の女性と懇ろになっちゃダメなんだよ」
言い聞かせるように話すノアの言葉に、首を捻る。
「ですが、誰かのものにこそ燃え上がる女性もいるとかいないとか」
「変なロマンス小説の読みすぎ」
ロマンス小説で得た数少ない知識を披露したところ、一蹴された。
次にノアがお母様と会った時、お母様に濡れ衣を着せたことがバレないといいな。
「旦那さまは女性と懇ろになりたくないんですか?」
「君ね、……はぁ。僕は興味ないよ」
歩きながら、ノアに問いかける。
彼は何か言いかけたが、ため息をついた後でばっさりと切り捨てた。
さっきもお嬢さんたちから大人気だったし、興味がないというのは何とももったいない話のように感じるのだけれど。
「先生以外はペンペン草にしか見えない」
「ペンペン草」
もはや植物扱いだった。
ペンペン草から人気でもそりゃあ嬉しくないかもしれない。
色とりどりのペンペン草に取り囲まれるノアを想像してちょっと納得してしまった。
「いい子だから勝手に動かないで」
「分かりました!」
ノアの言葉に頷いた。
何だかんだ言っても面倒見の良いノアだ。私だってペンペン草の一角のはずなのに、よくしてくれていると思う。
お嬢さんたちのこともまだよく知らないからペンペン草に見えているだけで、仲良くなったら違う物に見えるかもしれない。
植物かもしれないし、動物かもしれないし――人間かもしれない。
ぎゅっと繋いだノアの手を握りしめた。
「じゃあ私が旦那さまの良いところを皆さんに紹介します!」
「やめて」
「お任せください!」
「お願いだからじっとしてて」
渋るノアを今度は私が引っ張りながら、ずんずんと力強く地面を踏みしめて、パーティー会場に戻った。
11
あなたにおすすめの小説
天然だと思ったギルド仲間が、実は策士で独占欲強めでした
星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー本編8話+後日談7話⭐︎
ギルドで働くおっとり回復役リィナは、
自分と似た雰囲気の“天然仲間”カイと出会い、ほっとする。
……が、彼は実は 天然を演じる策士だった!?
「転ばないで」
「可愛いって言うのは僕の役目」
「固定回復役だから。僕の」
優しいのに過保護。
仲間のはずなのに距離が近い。
しかも噂はいつの間にか——「軍師(彼)が恋してる説」に。
鈍感で頑張り屋なリィナと、
策を捨てるほど恋に負けていくカイの、
コメディ強めの甘々ギルド恋愛、開幕!
「遅いままでいい――置いていかないから。」
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
勘違いで嫁ぎましたが、相手が理想の筋肉でした!
エス
恋愛
「男性の魅力は筋肉ですわっ!!」
華奢な男がもてはやされるこの国で、そう豪語する侯爵令嬢テレーゼ。
縁談はことごとく破談し、兄アルベルトも王太子ユリウスも頭を抱えていた。
そんな折、騎士団長ヴォルフがユリウスの元に「若い女性を紹介してほしい」と相談に現れる。
よく見ればこの男──家柄よし、部下からの信頼厚し、そして何より、圧巻の筋肉!!
「この男しかいない!」とユリウスは即断し、テレーゼとの結婚話を進める。
ところがテレーゼが嫁いだ先で、当のヴォルフは、
「俺は……メイドを紹介してほしかったんだが!?」
と何やら焦っていて。
……まあ細かいことはいいでしょう。
なにせ、その腕、その太もも、その背中。
最高の筋肉ですもの! この結婚、全力で続行させていただきますわ!!
女性不慣れな不器用騎士団長 × 筋肉フェチ令嬢。
誤解から始まる、すれ違いだらけの新婚生活、いざスタート!
※他サイトに投稿したものを、改稿しています。
枯れ専モブ令嬢のはずが…どうしてこうなった!
宵森みなと
恋愛
気づけば異世界。しかもモブ美少女な伯爵令嬢に転生していたわたくし。
静かに余生——いえ、学園生活を送る予定でしたのに、魔法暴発事件で隠していた全属性持ちがバレてしまい、なぜか王子に目をつけられ、魔法師団から訓練指導、さらには騎士団長にも出会ってしまうという急展開。
……団長様方、どうしてそんなに推せるお顔をしていらっしゃるのですか?
枯れ専なわたくしの理性がもちません——と思いつつ、学園生活を謳歌しつつ魔法の訓練や騎士団での治療の手助けと
忙しい日々。残念ながらお子様には興味がありませんとヒロイン(自称)の取り巻きへの塩対応に、怒らせると意外に強烈パンチの言葉を話すモブ令嬢(自称)
これは、恋と使命のはざまで悩む“ちんまり美少女令嬢”が、騎士団と王都を巻き込みながら心を育てていく、
――枯れ専ヒロインのほんわか異世界成長ラブファンタジーです。
『階段対策会議(※恋愛)――年上騎士団長の健康管理が過剰です』
星乃和花
恋愛
【完結済:全9話】
経理兼給仕のクラリスは、騎士団で働くただの事務員――のはずだった。
なのに、年上で情緒に欠ける騎士団長グラントにある日突然こう言われる。
「君は転倒する可能性がある。――健康管理対象にする」
階段対策会議、動線の変更、手をつなぐのは転倒防止、ストール支給は防寒対策。
全部合理的、全部正しい。……正しいはずなのに!
「頬が赤い。必要だ」
「君を、大事にしたい」
真顔で“強い言葉”を投下してくる団長に、乙女心を隠すクラリスの心拍数は業務超過。
さらに副団長ローレンは胃薬片手に「恋は会議にするな!!」と絶叫中!?
これは健康管理?それとも恋愛?
――答え合わせの前に、まず“階段(概念)“をご確認ください。
崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜
束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。
家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。
「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。
皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。
今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。
ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……!
心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる