悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき

文字の大きさ
37 / 72
第4章 芸術祭・本番編

第37話 ゲームの世界

しおりを挟む

 走って走って、たどり着いたのは中庭の奥まったところ。 
 そこに生えている、一本のポプラの木。
 夕闇に染まってさらさらと震える木は、前に見た時よりも威圧感があった。

「あ、あれ?」

 隅々まで目を凝らすが、目当てのものが見つからない。
 黄色い小さな花――ポプラの花がなければ、【時戻り】の魔法は使えないのに。

「まだ、咲いてないのかな」

 ゲームでもポプラの花は入手困難なアイテムだった。課金したら手に入るけれど、前世のアリナは学生であり引きこもりだ。課金なんてほとんどできなかったので、地道にストーリーを進めたり、ミニゲームをコツコツやって手に入れていた。
 咲くタイミングはどの攻略サイトでも解明されていないほど、様々だった。
 一回のプレイで必ず一つは手に入るけれど、エンディングまでそれだけだってこともある。

(それは困る。せめてあと二つはないと……。まだ、どうしてゲームとは違う出来事が起こったのかわからないのに)

 少なくとも、ゲームでのシオンのメンヘラ化は冬の討伐訓練以降にしか起こらなかった。エンディングに向けて、冬のイベントなどで他の攻略対象の好感度がシオンよりも上がっていると、討伐訓練から帰ってきた彼がメンヘラ化することがあるのだ。
 だからいまの時点で起こるのはおかしいことで、ゲームとは違う何かが起こっているはずなのに……。

 その解明のためにも、ポプラの花は必要だった。また、【時戻り】の魔法を使わないといけなくなるかもしれないから。

 空はどんどん暗くなっている。
 すっかり暗くなってしまうと、灯りのないこの一帯は真っ暗になって何も見えなくなるだろう。

「……っ、あった!」

 木の上の方にある枝に、黄色い小さな花を見つけた。
 飛んでみるが、届かない。

「どうしよう」

 木登りは前世でもしたことがない。
 困り果てて見上げていると、アリナの黒髪を弄ぶような強風が吹いた。
 ポプラの葉がさらさらと揺れたかと思うと、黄色い小さな花がアリナの許に落ちてくる。

 掌の上に落ちたそれは、間違いなくポプラの花だった。

(よかった! ……でも、どうして?)

 いまの風は何だったのだろう。周囲を見渡すが、ポプラの木の傍にはアリナしかいなかった。


    ◇◆◇


 講堂での公演の準備を終えたリシェリアは、教室に向かっていた。

(ミュリエル様、大丈夫かしら)

 講堂での準備の途中、ミュリエルが体調不良で保健室に行ったのがなぜか気にかかる。

(もしかして、夢の影響?)

 実は、今朝に変わった夢を見たのだ。
 夢の中では芸術祭が開催されていた。
 内容はよく憶えていないけれど、やけに既視感のある夢だった。

 夢の中でもミュリエルは体調を崩して保健室に行き、その後リシェリアも彼女を追うように保健室に行ったと思う。
 だけどこれ以上のことは思い出せない。何か、大事なことを忘れている気がして、ぐぬぬと唸りたくなる。

「リシェリア!」

 最近、芸術祭の準備で忙しくて会えてなかったアリナが、廊下の向こうから凄い勢いで走ってくる。
 彼女は勢いのままリシェリアの両肩を掴むと、ぜえぜえと荒い呼吸を整える。
 深呼吸を何度か繰り返すと、アリナはリシェリアの顔を見てなぜか安堵の息とともに、涙を流した。

「やっと。会えた。よかった。リシェリアああぁあ」
「アリナ、どうしたの?」

 問いかけるが、泣きつづけるアリナには聞こえていないようだ。
 周囲の視線も気になるし、どうしようか迷いながら、なるべく廊下の隅に移動する。泣き声は大きくないものの、嗚咽を漏らすアリナにギョッとして通り過ぎていく人もいる。

(そういえばここって)

 前まで昼休憩で利用していた準備室が近くにある。
 周囲を見渡して知り合いがいないのを確認すると、リシェリアはその部屋に入った。この一角は芸術祭には関係がなく、授業がないと生徒も寄り付かないところだ。
 ここでなら、ゆっくり彼女の話を聞くことができるだろう。

 まだ泣いているアリナにハンカチを出す。
 彼女はそれで涙を拭うと、勢いよく話し始めた。

「リシェリア、実はね。シオンがなんでかわからないけど暗い表情をしていたと思ったら、メンヘラ化して襲われそうになったから逃げるために時戻りを使ったんだけど、そしたらシオンの目の前に戻ってしまったんだけど、それでポプラの花を取りに行こうとしたら全然なくって、いやあったんだけど高いところにあってとれなくって……そうしたら風が吹いて花が落ちてきて……リシェリアに話そうとしたけどもう夕方で見当たらなかったから、時戻り前にこの時間に会ったことを思い出して、探しにきたの……それでね」

「ちょ、ちょっと待って、アリナ! 落ち着いて話して」

 よっぽど焦っているのか、アリナの話はいまいち要領が得ないところがある。
 シオンから襲われたとか物騒な単語は聞き間違えだろうか。それに【時戻り】を使ったって……。

 深呼吸をして落ち着いたのか、アリナは今度はゆっくりと話し始める。

「えっと……。とりあえず話したほうがいいと思うんだけど、私【時戻り】の魔法を使って一週間後から戻ってきたの。芸術祭の一日目の夕方なんだけど――」

 その日の夕方、シオンの様子がおかしくなったという。それまでクラリッサとの仲が進行していたはずなのに突然メンヘラ化して、私にとって特別な人はアリナだとか私を捨てるのですかとか言い始めたらしい。
 そして腕を掴まれて、身の危険を感じたアリナはシオンから逃げるために、【時戻り】の魔法を使ったそうだ。

「どうしてシオンが豹変したのかはわからないの。少なくとも、一週間前――じゃなくて昨日には、私の護衛を外れてクラリッサ様を迎えに保健室に行くほどには、二人の仲は進展していたはずなのに」

 芸術祭の準備でアリナと会えていなかったうちに、メンヘラ回避ルートを辿っていたらしい。リシェリアはゲームではシオンとはなるべく関わらないようにしていたから詳しくはわからないけれど、あの調子でいけば冬前には晴れてシオンとクラリッサは仲睦まじい婚約者カップルになっていたはずらしい。

「それなのに、何を間違えたんだろう。……少なくとも、あのタイミングでシオンがメンヘラ化するのはおかしいし」
「そうね。シオンのメンヘラ化するきっかけは、ヒロインが別の攻略対象とエンディングを迎えようとしたことだったはずだもの」

 だから早くても冬の討伐訓練以降にしかありえない。
 いまはまだ秋だ。何か、ゲームのストーリーとは関係のない、おかしなことが起こっているのかもしれない。

「ここはゲームの世界のはずなのに、どこでおかしくなったんだろう」
「ゲームの世界……そうね。確かにそうだけれど――」

 リシェリアは困った顔をして、項垂れるアリナに伝える。

「ここは、現実でもあるのよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

困りました。縦ロールにさよならしたら、逆ハーになりそうです。

新 星緒
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢アニエス(悪質ストーカー)に転生したと気づいたけれど、心配ないよね。だってフラグ折りまくってハピエンが定番だもの。 趣味の悪い縦ロールはやめて性格改善して、ストーカーしなければ楽勝楽勝! ……って、あれ? 楽勝ではあるけれど、なんだか思っていたのとは違うような。 想定外の逆ハーレムを解消するため、イケメンモブの大公令息リュシアンと協力関係を結んでみた。だけどリュシアンは、「惚れた」と言ったり「からかっただけ」と言ったり、意地悪ばかり。嫌なヤツ! でも実はリュシアンは訳ありらしく…… (第18回恋愛大賞で奨励賞をいただきました。応援してくださった皆様、ありがとうございました!)

悪役令嬢になったようなので、婚約者の為に身を引きます!!!

夕香里
恋愛
王子に婚約破棄され牢屋行き。 挙句の果てには獄中死になることを思い出した悪役令嬢のアタナシアは、家族と王子のために自分の心に蓋をして身を引くことにした。 だが、アタナシアに甦った記憶と少しずつ違う部分が出始めて……? 酷い結末を迎えるくらいなら自分から身を引こうと決めたアタナシアと王子の話。 ※小説家になろうでも投稿しています

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

【完結】財務大臣が『経済の話だけ』と毎日訪ねてきます。婚約破棄後、前世の経営知識で辺境を改革したら、こんな溺愛が始まりました

チャビューヘ
恋愛
三度目の婚約破棄で、ようやく自由を手に入れた。 王太子から「冷酷で心がない」と糾弾され、大広間で婚約を破棄されたエリナ。しかし彼女は泣かない。なぜなら、これは三度目のループだから。前世は過労死した41歳の経営コンサル。一周目は泣き崩れ、二周目は慌てふためいた。でも三周目の今回は違う。「ありがとうございます、殿下。これで自由になれます」──優雅に微笑み、誰も予想しない行動に出る。 エリナが選んだのは、誰も欲しがらない辺境の荒れ地。人口わずか4500人、干ばつで荒廃した最悪の土地を、金貨100枚で買い取った。貴族たちは嘲笑う。「追放された令嬢が、荒れ地で野垂れ死にするだけだ」と。 だが、彼らは知らない。エリナが前世で培った、経営コンサルタントとしての圧倒的な知識を。三圃式農業、ブランド戦略、人材採用術、物流システム──現代日本の経営ノウハウを、中世ファンタジー世界で全力展開。わずか半年で領地は緑に変わり、住民たちは希望を取り戻す。一年後には人口は倍増、財政は奇跡の黒字化。「辺境の奇跡」として王国中で噂になり始めた。 そして現れたのが、王国一の冷徹さで知られる財務大臣、カイル・ヴェルナー。氷のような視線、容赦ない数字の追及。貴族たちが震え上がる彼が、なぜか月に一度の「定期視察」を提案してくる。そして月一が週一になり、やがて──「経済政策の話がしたいだけです」という言い訳とともに、毎日のように訪ねてくるようになった。 夜遅くまで経済理論を語り合い、気づけば星空の下で二人きり。「あなたは、何者なんだ」と問う彼の瞳には、もはや氷の冷たさはない。部下たちは囁く。「閣下、またフェルゼン領ですか」。本人は「重要案件だ」と言い張るが、その頬は微かに赤い。 一方、エリナを捨てた元婚約者の王太子リオンは、彼女の成功を知って後悔に苛まれる。「俺は…取り返しのつかないことを」。かつてエリナを馬鹿にした貴族たちも掌を返し、継母は「戻ってきて」と懇願する。だがエリナは冷静に微笑むだけ。「もう、過去のことです」。ざまあみろ、ではなく──もっと前を向いている。 知的で戦略的な領地経営。冷徹な財務大臣の不器用な溺愛。そして、自分を捨てた者たちへの圧倒的な「ざまぁ」。三周目だからこそ完璧に描ける、逆転と成功の物語。 経済政策で国を変え、本物の愛を見つける──これは、消去法で選ばれただけの婚約者が、自らの知恵と努力で勝ち取った、最高の人生逆転ストーリー。

処理中です...