悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき

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第5章 魔塔の魔術師

第59話 時間稼ぎ

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「ねえ、ダミアン。お話があるの」

 呼びかける。その言葉だけで緊張する。
 幼いころから刷り込まれた、洗脳のせいだろう。

 ダミアンの赤い瞳がこちらを向く。

 まるで鏡を見ているかのようにそっくりな顔立ちをしているのに、ダミアンから感じるのは不気味さだった。幼い頃はもう一人の自分という認識だったのに、洗脳され続けた年月のせいでおかしく感じるのかもしれない。

 それとも、ダミアンが幼いころから話している、「原作」の話が関係しているのか。
 洗脳されてからのことはほとんど憶えていないけれど、それでもダミアンはよく陶酔したかのように、「原作」について話していた。きっと洗脳されているミランダになら何を話しても大丈夫だと思われていたのだろう。実際に洗脳されている間は、ダミアンの話をおかしいと思ったことは一度もなかった。

 原作について話すとき、ダミアンは興奮して捲し立てるように語った。その多くは原作で理不尽な死を迎える「キャラ」についてだったけれど、「姫」と口にするときは陶酔するように話していたのを思い出す。
 洗脳が解けたいま、ダミアンがなぜあんなに真剣になって「原作」のことを話していたのかはわからないけれど、彼にとって大切なモノなのだろう。

(姫は、リシェリアちゃんのことよね)

 前にダミアンがポロリとリシェリアの名前を呟いたのを憶えている。名前を呼ぶのは神聖なことなのにとか、意味の分からないことを口にしていた。

(かわいらしい子だったわ)

 黒髪を三つ編みに結って、分厚い眼鏡をかけていたけれど、その眼鏡越しに見た瞳はしっかりとミランダの話を聞いてくれた。
 本来なら疑われてもおかしくない状況なのに、彼女はミランダのことを信じてくれたのだ。

(だからあたしも、できることをしなくちゃね)

 訝しむように向けられたダミアンの瞳。
 その視線を、ミランダは見つめ返す。

 ダミアンは、ミランダがもうすっかり洗脳されていて、自分の思い通りに動くと思っているはずだ。だけど少しでもおかしいところを見せれば、すぐに洗脳魔法をかけ直される。

 だから、それを利用する。

(リシェリアちゃん。さっき言ったこと、憶えていてくれているかしら)

 少しでもダミアンの気を逸らすために、ミランダにできることは限られている。
 たとえ自分の身に何が起きたとしても、あの子――ケツァールのために。それから優しいリシェリアのために。

 ミランダはひっそりと展開していた移動魔法を使い、ダミアンを自分の部屋に移動させた。
 これにより、しばらくダミアンを地下に行かせないように足止めできるだろう。

「なにをしているんだ?」
「……あなたの邪魔をしているのよ。ダミアン、もう馬鹿なことはやめましょう」

 これは心の底からの言葉だった。
 もうすっかり昔とは変わってしまった、自分の片割れ。双子の弟。

 ミランダに彼を改心させることはできない。だって元を辿れば、自分がきっかけなのだから。幼いころ自分の力を確かめるためにダミアンを洗脳しようとした。その時点で、二人の間にはもう取り戻せない溝ができている。

(勝てるといいけど。でも、負けたとしても)

 どちらにしても魔塔は近いうちに終わる。
 たとえ自分の身に何が起きたとしても、なにも問題はない。

「姉さん。いまさら説教をするんだ? 僕よりも弱いのにね」
「……ええ」

 自分の洗脳ではダミアンに勝てない。それはわかっていることだ。
 だからこれはただの抵抗。

 ミランダにできることは、時間稼ぎだけなのだから。


    ◇◆◇


「ここであってるわよね」
「うん。ミランダさんの言っていた部屋だと思うよ」

 ミランダの魔法で地下まで案内されてから、リシェリアはヴィクトルとともに迷路のように入り組んだ廊下を進んだ。一見すると、塔の上の階と同じような廊下に見えるけれど、明かりが薄暗い。地下だからかもしれない。それに少し空気が湿っているような気がする。

「……ミランダさん、大丈夫かな」

 時間稼ぎのために自分がダミアンをおびき寄せると言っていた。
 しかも地下に入ったあとの別れ際、ミランダは不穏なことを口にしていたのだ。

『次にあたしに会ったら、あたしのことは敵だと思ってね』

(あれは、どういう意味なんだろう)

「ミランダさんのことも心配だろうけど、僕たちの役目はアリナさんの救助だよ」

 ヴィクトルの言葉に、リシェリアは気を引き締める。
 まずはアリナを助けるのが先決だ。

 扉には鍵はないけれど結界がある。その結界は魔術師の本人以外や、許可を受けたもの以外が通ろうとするとサイレンの効果があるそうだ。そのサイレンは部屋の持ち主に通報されるらしい。

 この扉を開けて中に入ったら、後は時間との勝負になる。
 ミランダからは移動のための魔法のアイテムも貰っている。一階部分に出るだけのものだけれど、それだけでも使い道がある。

「さあ、行くよ、リシェ」
「うん」
 
 ヴィクトルが扉を開ける。
 サイレンの音が響き渡るかと身構えていたが、特に何もなかった。
 部屋の中は静かだ。

「……ええ、なんで鉄格子?」

 扉を開けてすぐ、部屋の三分の二ほどを妨げる鉄格子があることに気づいたヴィクトルが眉を顰めた。

 鉄格子の向こう側に、アリナがいた。アリナはベッドの上に腰かけて、ぼんやりとした表情で天井を見上げている。
 ゲームのスチルと似ているけれど、少し違うように思えるのはアリナの表情のせいだろうか。
 ゲームだと怯えていたり、逆に決意を込めた眼差しで鉄格子越しに魔術師をにらみつけていたり、シナリオによって様々な顔をしていたけれど、いまのアリナは何かが違う。

「アリナ!」

 呼びかけるが、返事がない。
 まるでリシェリアの存在に気づいていないかのようだ。
 反応がないのは、ダミアンに洗脳されているからなのかもしれない。

「リシェ、この鉄格子、鍵がついてるんだけど」

 鉄格子の出入り口と思われるところに、人がひとり通れる大きさの扉があった。そこには南京錠があり、鍵がないと開きそうもない。

「ミランダさんからは貰ってないわよね?」
「うん。鍵のことは言ってなかった。……ダミアン先生が持っているのかな」
「部屋の中を探しましょう」

 手分けして部屋の中を探すが、鉄格子のこちら側にも鍵が見当たらない。

「あ、ねえ、あれって」

 ヴィクトルが指さすところを見ると、鉄格子の向こう側の壁のフックに、鍵がかかっているのが見えた。
 鉄格子の鍵なのかはわからないけれど、確認した方がいいだろう。

「アリナ! ねえ、聞こえてる!」
「アリナさん!」

 反応がない。でも、どうにかしてあの鍵を取ってもらわないと、彼女を助け出すことはできない。

「剣があれば……。いや、でも僕の力だと、さすがに鉄格子は斬れないかな」

 ヴィクトルが嘆くように呟いたとき、背後から違う声が聞こえてきた。

「なるほど、こういうことでしたか」

 落ち着いた男性の声に振り返ると、桃色の髪に赤い瞳の男性が立っていた。

 その顔を見て、リシェリアはすぐに直感する。
 
(ダミアン先生)

 顔を合わせるのは初めてだけれど、顔立ちはミランダによく似ている。

 ダミアンはリシェリアを見ると一瞬だけ顔を輝かせて、でもすぐに平静を保つようにコホンと咳をした。

「こうしてお会いできるとは思っていませんでした、姫。――いや、オゼリエ嬢」
「……姫?」

 ヴィクトルが眉を顰める。
 そんなヴィクトルの存在に気づいていないかのように、ダミアンはリシェリアに向けていた瞳を、照れくさそうに逸らした。
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