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第6章 エンディングに向けて
第70話 銀髪
しおりを挟む「あ、帰ってきた!」
討伐訓練に参加した生徒たちが、首都の門を通り抜けるところだった。
先頭にいるのは馬に乗ったルーカスで、そこから少し後ろにヴィクトルもいる。
ヴィクトルの姿を拝むと、アリナはこっそりと歓声を上げた。
(馬に乗るヴィクトル様も素敵……!)
しばらく遠くにいてまともに姿を拝めなかった分、いつもよりも輝いて見える。
耳にかかるぐらいの灰色の髪に、純粋な金色の瞳。その瞳を眺めているだけでご飯三杯は食べられる。三杯どころではない、もっと食べられる気がする。
(それにしても、いつもよりも瞳の色が良く見えるようなぁ……)
ハッと気づいた。
ヴィクトルがこっちを見ている。まさかアリナのことを見ているなんてことはないけれど、どうしてだろう。彼はじっとこちらを見ていたかと思うと、首を傾げたあと周囲を見渡す。誰かを探しているその様子に、アリナは思い出した。
「そういえば、リシェリア遅いなぁ……」
きっとヴィクトルはアリナの近くに居るオゼリエ家の騎士の姿を見つけて、リシェリアの姿を探していたのだろう。
(私のことなんて、見てるわけないよね)
ヴィクトルを拝むように夢中になっていたからか、周囲が騒がしいことに遅れて気づいた。
オゼリエ家の騎士と、どこから現れたのか黒いフードを被った人物たちが慌ただしく行きかっている。
その焦った様子に、アリナはとたん不安になった。
「リシェリア?」
もしかしてリシェリアの身に何かあったのだろうか。
声を掛けたいけれど、とてもそんな雰囲気ではない。
その時、馬の蹄の音が近づいてきた。
「ねえ、リシェリアは?」
そこには馬に乗ったルーカスと、険しい顔をしているヴィクトルがいた。
リシェリアがいなくなった。
それを聞かされたのはほどなくしてだった。
リシェリアを連れて行った騎士が眠った状態で発見されたそうだ。すぐに起こして事情を聴くと、どうやら操られていたようだった。
「誰かに声を掛けられたと思ったら……ああ、そういえば桃色の髪でした。その男に話しかけられた後の記憶がないのですが、お嬢様を呼び出してほしいと言われたような」
洗脳された後、男はリシェリアとともに姿を消したらしい。
(操られていたということは、ダミアン先生に?)
リシェリアからは、ダミアンがいなくなったから気を付けてと言われていた。
だけど、まさかリシェリアが攫われるとは……。
いや、アリナの記憶が確かなら、ダミアンはリシェリアに熱い視線を向けていた。
元から狙っていたのはリシェリアだったのかもしれない。
「……リシェリア。いま、行くから」
ルーカスが呟いている。いまいち感情がわからない冷たい瞳に、熱が灯っているような気がした。
そこからの展開は早かった。
いくらダミアンでも、一度に多くの人を洗脳することはできないみたいだ。オゼリエ家の中でも比較的若く、洗脳のかかりやすい騎士だけ洗脳して、後は気配を消す魔法などを使って欺いた。
しかもリシェリアはいざという時のために、自分の居場所を知らせる魔法の道具を持っているみたいで、居場所を見つけるのは簡単だった。
トントン拍子にリシェリアの居場所は絞り込まれ、ルーカスとオゼリエ家の騎士たちがそこに向かう。ついでにアリナもこっそりついて行った。途中でヴィクトルに見つかってしまったけれど。
リシェリアがいるらしい町はずれの屋敷に到着すると、そこで思わぬ相手と合流して――。
そして、光輝く剣で壁を破壊したルーカスが屋敷の中に入っていくのを、アリナは固唾を飲んで見守っていた。
◇◆◇
ウルミール王国の王家は、代々光の剣が継承される。
光剣と呼ばれるそれは、王族の光の魔力を吸い込んだ強力な武器だった。
眩しく輝く光剣は、鉄や鋼でも切り裂くことができて、刃こぼれひとつしない。
その光剣の眩しい輝きに、ダミアンがまぶしそうに目を細めるが、リシェリアは不思議と眩しくなかった。その光に惹かれてすらいる。
壁を壊して屋敷の中に入ってきたルーカスは、リシェリアの姿を見つけると、駆け足で近づいてくる。持っていた剣を地面に落とし、抱き着いてきた。
「リシェリア!」
「っ、ルーカス様!」
いきなりの抱擁に胸が高鳴るが、前みたいに気絶したりはしなかった。
どうにか呼吸を落ち着けようとするが、すぐ傍で温かい吐息を感じると、全身が熱を持ってしまう。
「……どうして、邪魔をするのですか?」
ダミアンが不満そうな声を出しているが、気にしている余裕はない。
ルーカスから遅れてやってきたらしい騎士の足音が聞こえてくる。「捕獲ー」という声が聞こえたということは、あっさりとダミアンは捕まったようだ。
「……やはりだめですね。こんな世界は早く終わらせて、新しいルートに……」
ダミアンがブツブツそんなことを呟いている。
(ここはゲームの世界ではなくって、現実なのに)
ゲームに対する執着はわからなくもない。だけど転生したからには、この世界はもう現実なのだ。
そんなことを考えながらも、リシェリアの意識はすぐ傍にある吐息に引き戻される。
「あの、ルーカス様。私は、もう大丈夫ですので」
「……君が、また消えたのかと思って……心配で」
リシェリアの声に落ちついたのか、ルーカスがそっと離れていく。遠くなるその温もりに名残惜しさを感じながらも、リシェリアはエメラルドの瞳を見た。
「助けに来てくれて、ありがとうございます」
「当然のことを、したまでだ」
体は話されたけれど、ルーカスはまだすぐ傍でリシェリアのことを見ている。その距離にドギマギしていると、聞き覚えのある声が振ってきた。
「なんだ。俺の出番はなかったようだな」
壊された壁の向こうから長身の男が覗いている。鳥の尾羽を思わせる赤と緑のツートンカラーの髪をした男――ケツァールだ。
ケツァールはダミアンを見ると、不愉快そうに眉を顰めた。――後から聞いた話なのだけれど、ケツァールはどうやらダミアンのことを追っていたみたいで、この屋敷に突入しようとした時に、ルーカスたちと合流したらしい。
「ったく、手間かけさせやがって」
「ダミアン先生、捕まったようだね」
ケツァールの後ろからヴィクトルが顔を覗かせた。ルーカスと向かい合うリシェリアを見ると、驚いたように金色の目を見開く。
その脇からアリナが顔を出す。「アリナ」と呼びかけようとしたが、それよりも早く彼女は黄色い歓声を上げた。
(どうしたのかしら?)
「リシェリア」
ルーカスに呼ばれて、再びエメラルドの瞳と対面する。
すると、彼が徐に手を伸ばしてきた。
肩にかかるさらさらとしたリシェリアの髪に触れたルーカスが、そっと呟いた。
「銀髪も綺麗だね」
その時になって、やっと思い出したのだ。自分が、いまウィッグを取った状態だということに。
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