15 / 71
第三章
後悔
しおりを挟む
宮廷舞踏会の翌朝、エレノアは熱を出し寝込んでしまった。
レオンは朝食のときに公爵に尋ねてみた。
「きのう、何があったか聞きましたか?」
「エレノアからは何も聞いてない。」
「そうですか‥」
公爵はしばらく黙り込んでいたが、ポツリと言った。
「レオン、結婚する前エレノアがどんな暮らしをしていたか聞いたことはあるか?」
「‥いいえ」
「そうか‥もっとエレノアと話をするべきだったな」
エレノアとは毎朝、顔を合わせてよく話していた。
だがレオンはすぐに察した。父の言わんとすることは、そうではない。
レオンとエレノアの会話はいつも上辺だけだった。彼女の過去も未来も、何を考え、どうしたいのか、聞いたことがなかった。
三日ほど経って熱は下がったが、エレノアはベッドから出られなかった。ほとんど眠ってばかりで、たまに起きてもボーっとして反応がない。
せめてもの救いは、メイドのアンナとケリーに促されれば、少ないながらも食事をとれることだった。
公爵は、エレノアの寝室を本館に移すよう指示した。
執務の合間にエレノアの様子を見に行っているようだ。レオンにも本館に移りできるだけエレノアのところへ行くように言った。
レオンは執務の合間はもちろん、夜も必ずエレノアの部屋に行って手を握ってやった。
エレノアの寝顔をじっと眺める。ふわりと大きなウェーブを描くプラチナブロンドの髪、顔にかかる一筋を掬って耳の後ろに流してやる。
長くて濃いまつ毛が放射状にきれいに広がっている、その眼はしっかり閉じている。スッと通った鼻筋の先にちいさな鼻、ぽってりとした小さな口。
張りのあるふっくらした頬が、まだ少女のような面影を残していた。彼女はこんな幼い顔だったろうか。
ふいに閉じている眼から、涙が流れた。
父の言葉を思い出す。
「結婚する前エレノアがどんな暮らしをしていたか聞いたことはあるか?」
話には聞いていた。
レオンが幻の女伯爵と結婚すると知った友人たちが、ご親切に教えてくれたからだ。
家族を亡くし一人で領地を守り、若くして伯爵位をついだ。恐れ多くも喪服で王宮に乗りこみ、王と一対一で叙爵を受け式典にも参加せずに立ち去った女伯爵。武勇伝のように語られるそんな話を。
実際のエレノアは、穏やかで気さくで噂の人物像とはあまりにもかけ離れていた。
この曖昧な夫婦関係に何も言わず、いつも自然に接してくれていた。そう、すっとレオンの生活に溶け込んで、当たり前のようにそこにいた。
それをいいことに彼女がどんな思いでいたのか気にも留めなかったし、16歳で家族を亡くした少女の気持ちなど想像すらしなかった。
忘れかけていた罪悪感が甦る。レオンの胸はチクリと痛んだ。傷ついたエレノアのために何をしてあげられるだろう。
レオンの頭に次々と疑問がうかぶ。
神殿の女性がエレノアなら、なぜこんなになってしまったのか。行方不明の大切な人が戻ってきたのではないのか。
何かひどいことを貴族たちに言われたか?
カイルのこと?それとも王女のことか?
そういえば、エレノアはいつから王女のことを知っていたんだろう。
そもそもカイルがいるのに、なぜエレノアは急いで自分と結婚したのだろう。
もう見つからないと諦めたから?
いや、エレノアは結婚してからもよく神殿に行っていた。喪服の女性が彼女なら、間違いなくカイルのために通っていたはずだ。諦めていたはずはない。
いくら考えたところで答えはでない。
舞踏会の夜、エレノアを連れ帰った父の姿が思い浮かぶ。父に聞いたら答えてくれるだろうか。
レオンは朝食のときに公爵に尋ねてみた。
「きのう、何があったか聞きましたか?」
「エレノアからは何も聞いてない。」
「そうですか‥」
公爵はしばらく黙り込んでいたが、ポツリと言った。
「レオン、結婚する前エレノアがどんな暮らしをしていたか聞いたことはあるか?」
「‥いいえ」
「そうか‥もっとエレノアと話をするべきだったな」
エレノアとは毎朝、顔を合わせてよく話していた。
だがレオンはすぐに察した。父の言わんとすることは、そうではない。
レオンとエレノアの会話はいつも上辺だけだった。彼女の過去も未来も、何を考え、どうしたいのか、聞いたことがなかった。
三日ほど経って熱は下がったが、エレノアはベッドから出られなかった。ほとんど眠ってばかりで、たまに起きてもボーっとして反応がない。
せめてもの救いは、メイドのアンナとケリーに促されれば、少ないながらも食事をとれることだった。
公爵は、エレノアの寝室を本館に移すよう指示した。
執務の合間にエレノアの様子を見に行っているようだ。レオンにも本館に移りできるだけエレノアのところへ行くように言った。
レオンは執務の合間はもちろん、夜も必ずエレノアの部屋に行って手を握ってやった。
エレノアの寝顔をじっと眺める。ふわりと大きなウェーブを描くプラチナブロンドの髪、顔にかかる一筋を掬って耳の後ろに流してやる。
長くて濃いまつ毛が放射状にきれいに広がっている、その眼はしっかり閉じている。スッと通った鼻筋の先にちいさな鼻、ぽってりとした小さな口。
張りのあるふっくらした頬が、まだ少女のような面影を残していた。彼女はこんな幼い顔だったろうか。
ふいに閉じている眼から、涙が流れた。
父の言葉を思い出す。
「結婚する前エレノアがどんな暮らしをしていたか聞いたことはあるか?」
話には聞いていた。
レオンが幻の女伯爵と結婚すると知った友人たちが、ご親切に教えてくれたからだ。
家族を亡くし一人で領地を守り、若くして伯爵位をついだ。恐れ多くも喪服で王宮に乗りこみ、王と一対一で叙爵を受け式典にも参加せずに立ち去った女伯爵。武勇伝のように語られるそんな話を。
実際のエレノアは、穏やかで気さくで噂の人物像とはあまりにもかけ離れていた。
この曖昧な夫婦関係に何も言わず、いつも自然に接してくれていた。そう、すっとレオンの生活に溶け込んで、当たり前のようにそこにいた。
それをいいことに彼女がどんな思いでいたのか気にも留めなかったし、16歳で家族を亡くした少女の気持ちなど想像すらしなかった。
忘れかけていた罪悪感が甦る。レオンの胸はチクリと痛んだ。傷ついたエレノアのために何をしてあげられるだろう。
レオンの頭に次々と疑問がうかぶ。
神殿の女性がエレノアなら、なぜこんなになってしまったのか。行方不明の大切な人が戻ってきたのではないのか。
何かひどいことを貴族たちに言われたか?
カイルのこと?それとも王女のことか?
そういえば、エレノアはいつから王女のことを知っていたんだろう。
そもそもカイルがいるのに、なぜエレノアは急いで自分と結婚したのだろう。
もう見つからないと諦めたから?
いや、エレノアは結婚してからもよく神殿に行っていた。喪服の女性が彼女なら、間違いなくカイルのために通っていたはずだ。諦めていたはずはない。
いくら考えたところで答えはでない。
舞踏会の夜、エレノアを連れ帰った父の姿が思い浮かぶ。父に聞いたら答えてくれるだろうか。
21
あなたにおすすめの小説
契約通り婚約破棄いたしましょう。
satomi
恋愛
契約を重んじるナーヴ家の長女、エレンシア。王太子妃教育を受けていましたが、ある日突然に「ちゃんとした恋愛がしたい」といいだした王太子。王太子とは契約をきちんとしておきます。内容は、
『王太子アレクシス=ダイナブの恋愛を認める。ただし、下記の事案が認められた場合には直ちに婚約破棄とする。
・恋愛相手がアレクシス王太子の子を身ごもった場合
・エレンシア=ナーヴを王太子の恋愛相手が侮辱した場合
・エレンシア=ナーヴが王太子の恋愛相手により心、若しくは体が傷つけられた場合
・アレクシス王太子が恋愛相手をエレンシア=ナーヴよりも重用した場合 』
です。王太子殿下はよりにもよってエレンシアのモノをなんでも欲しがる義妹に目をつけられたようです。ご愁傷様。
相手が身内だろうとも契約は契約です。
氷の王妃は跪かない ―褥(しとね)を拒んだ私への、それは復讐ですか?―
柴田はつみ
恋愛
亡国との同盟の証として、大国ターナルの若き王――ギルベルトに嫁いだエルフレイデ。
しかし、結婚初夜に彼女を待っていたのは、氷の刃のように冷たい拒絶だった。
「お前を抱くことはない。この国に、お前の居場所はないと思え」
屈辱に震えながらも、エルフレイデは亡き母の教え――
「己の誇り(たましい)を決して売ってはならない」――を胸に刻み、静かに、しかし凛として言い返す。
「承知いたしました。ならば私も誓いましょう。生涯、あなたと褥を共にすることはございません」
愛なき結婚、冷遇される王妃。
それでも彼女は、逃げも嘆きもせず、王妃としての務めを完璧に果たすことで、己の価値を証明しようとする。
――孤独な戦いが、今、始まろうとしていた。
真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
王妃は涙を流さない〜ただあなたを守りたかっただけでした〜
矢野りと
恋愛
理不尽な理由を掲げて大国に攻め入った母国は、数カ月後には敗戦国となった。
王政を廃するか、それとも王妃を人質として差し出すかと大国は選択を迫ってくる。
『…本当にすまない、ジュンリヤ』
『謝らないで、覚悟はできています』
敗戦後、王位を継いだばかりの夫には私を守るだけの力はなかった。
――たった三年間の別れ…。
三年後に帰国した私を待っていたのは国王である夫の変わらない眼差し。……とその隣で微笑む側妃だった。
『王妃様、シャンナアンナと申します』
もう私の居場所はなくなっていた…。
※設定はゆるいです。
【完結】見えてますよ!
ユユ
恋愛
“何故”
私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。
美少女でもなければ醜くもなく。
優秀でもなければ出来損ないでもなく。
高貴でも無ければ下位貴族でもない。
富豪でなければ貧乏でもない。
中の中。
自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。
唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。
そしてあの言葉が聞こえてくる。
見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。
私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。
ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。
★注意★
・閑話にはR18要素を含みます。
読まなくても大丈夫です。
・作り話です。
・合わない方はご退出願います。
・完結しています。
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
【完結】彼を幸せにする十の方法
玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。
フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。
婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。
しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。
婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。
婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる